老竜に望む⑪

 馬車の中で火を使わない簡単な朝食を用意していると、シアは深くため息を吐く。


「一応、竜が襲ってきたという現場はあるのである程度信用はされるでしょうけど……。肝心の証拠がないとなると、無罪は難しいかもです」

「さっきまでメイドの話をしていたやつとは思えない真面目さだな」

「街に帰ったらメイド服を着てオムライス作ってくださいね」

「メイドで真面目な話をサンドイッチするな。オムライスなら作ってやってもいいけど、メイド服は着ない」


 シアは「むう……」と唸って馬車の中で膝を丸める。

 俺はシアと御者台にいるガガヤに簡単なサンドイッチを手渡し、自分もサンドイッチに齧り付く。

 シアを庇ったときの傷が少し痛むが、シア達には気づかれていないようなので問題ない。


「……シア、そろそろ手を引いた方がいいぞ」


 こてりと首を傾げた少女に向かって少し話す。


「あの竜騎士、かなり堂々と侵入してきていただろ。相当規模がデカいだろうし、厄介だぞ」

「……アルカディアさんの無実を勝ち取りたいです」


 拗ねたようにシアは言い、俺は馬車の外に目を向けて息を吐く。


「……何度も言ったように、俺は死んでもいいんだ。そんな奴のために身を危険に晒して……シアの身に何かあれば悲しむ奴もいるだろう」

「それは……」

「……だいたい。俺が自由の身になっても自殺して終わりだぞ。傭兵も軍人も、もう勘弁だ。他のことも出来ないしな」

「……ケーキ屋さん」

「……アイツとは、もう会えないんだ。別にケーキなんか食ったことないしな。どうだっていい。……シアも……俺の居場所にはなってくれないだろ」


 馬車は馬が落ち着いていないためか行きよりも嫌に揺れて、カタカタと音を鳴らす。外は薄曇り、湿気た空気のせいかどこか息苦しい。


「……居場所」

「……ただの八つ当たりだ。気にするな」

「僕が貴方の居場所になれば、生きたいと思えるんですか?」


 俺はシアの方に向くことが出来ない。過ぎていく景色を見続けて、少女の方から目を逸らす。

 真っ直ぐに、真っ直ぐに俺を見る綺麗な宝石のような瞳が怖かった。


「居場所というのは、よく分からないです。けど、なりますよ。それが貴方に必要なら、なります」

「…………なんで俺なんだよ。そんな、親身になる理由なんかないだろ。大量にいる囚人のひとりで、首を斬っておしまいの関係だろ」


 口から出るのは言い訳のような言葉ばかり。

 情けなくみっともない。分かっている、俺は弱いのだ、この少女よりもよほど。

 ……剣技がではなく、腕力がではなく。その視線がぶつかれば一瞬で負けてしまう。


「理由が必要ですか?」

「……どうせ、誰にでも似たようなことを言うんだろ」


 自分が特別に思われる人間ではないことは知っている。

 シアは単純に誰でも助けたいと思っているだけだ。俺は彼女にとって特別ではなく、助けなければならない一人にすぎない。


「な、なんだかアルカディアさんが面倒くさい彼女みたいなことを……」

「俺は面倒くさい彼女ではない」

「もう。何か要望があるならハッキリ言ってくれないと分かりませんよ」

「……もう俺に構わないでくれ」


 俺がそう口にすると、シアはぽすぽすと俺の頭を叩く。


「もう、何を拗ねてるんですか。そんなに萌え萌えメイドになるのが嫌ですか」

「嫌に決まってんだろ……」

「もちろんただでとは言いません。アルカディアさんがしてくれるなら……。ほっぺにちゅーをしてあげようかと考えてあげます」

「…………馬鹿か?」




 ◇◆◇◆◇◆◇




 俺は【鈍刀】の剣聖アルカディア。

 先の戦乱の時代に生まれ、傭兵で武功を立てて剣聖となり、数多くの「英雄」を斬り捨ててきた豪傑。


 敵はおろか味方にまで恐れられ、ロクな補給も受けることが出来ず戦場に落ちていた錆びた剣を振るい続けてきたことで着いた二つ名が【鈍刀】。


 この国の最高戦力の一つであり、敵からすれば恐怖の象徴。


「──ふ、ふわっ……か、か、かわっ、かわっ……!?」


 シアノークは俺を目の前にして、手をパタパタと動かして目をパチパチと瞬きさせて輝かせる。


「かわいいっ! かわいいです! 世界一かわいいですよっ! アルカディアさん」

「……やめろ」

「モジモジしてるところがまたかわいいです。顔も赤らんでいて……かわいい……」

「くっ……殺せっ! 殺せよ。俺を……!」

「やっぱり似合いますっ! メイド服!」


 ……俺はいったい何をしているのか。

 ヒラヒラとして空気が肌に触れる感覚に気持ち悪さを覚えてスカートの裾を抑えると、それを見たシアはまたパタパタと動いてテンションを上げる。


 あまりにも恥ずかしく、恨みがましくシアを見るとシアはそれもまた喜ぶ。


「やっぱり、お顔が綺麗なのはもちろんですけど。体格も男の人にしては小さくて華奢なので似合います。かわいいです」

「かわいいはやめてくれ……」

「えーっ……僕、好きですよ」

「……好き?」

「はい!」


 好き……か。……まぁ、わざわざ俺に着せるために服を買うぐらいだし、よほどメイドのコスプレが好きなのだろう。

 だけど「好き」か……。


「もう、着替えていいか……」

「えっ、オムライス……」

「着替えてから作るから。ほら、さっさと出ていってくれ」


 こんな格好で何か行動なんてしていられるかと思いさっさと着替えて、袋にまとめてシアに押し付ける。


「ほら、返す」

「あ、あげますよ。僕からのプレゼントです!」

「いらな……いや、まぁ……売れば……いいか」


 服の入った袋を馬車の端に置く。

 もう絶対着ないと思うが……シアが俺に好きと言ってくれたということは少し忘れられそうにない。

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