最低最悪のプロポーズ①
失った男としてのプライド。今も感じる違和感と恥……けれども、失ったものだけではなく手に入れたものもある。
シアの方を見て、今か今かと待ちわびる。
……なかなか来ないな。
「シア、まだか?」
「ん、まだまだ着かないですよ? まぁ街中なので何かあればすぐに止まって……」
「そうじゃなくて……その、約束しただろ? ほら、頬にキスを……」
俺がそう言うと、シアは不思議そうに首をこてりと傾げる。
「あれはメイド服でご奉仕するという話で、メイド服を着ただけだとダメですよ」
「なっ……!? えっ……あっ……」
そ、そんな……お、俺はあんなにも恥をかいたのに……。
「お嬢、あんまりアルで遊んじゃダメだぞー?」
「い、いえ、ここまで落ち込まれると思ってなかったので……。というか、そもそも考えると言っただけで……」
「もういい。死ぬ」
「どれだけほっぺにちゅーしてほしかったんですかっ! いっつも興味なさそうな顔してるのにムッツリっ!」
俺はムッツリではない。
馬車の隅で不貞腐れていると、シアの手が俺の頭に触れてヨシヨシと撫でる。
「これで勘弁してください。その……ちゅーはちょっと……僕も嫁入り前の娘なので」
「…………なら交渉に使うなよ」
「ぐうの音も出ません。いや、軽口のつもりで……」
「軽口のつもりなら……! 買うなよ! 仕立て済みの服を買うの、店を探すところからだったぞ……!?」
「それは……そうなんですが……」
「軽く二時間は撤回する機会があったろ……!」
「それは……そうなんですが……」
シアはゆっくりと頷き、俺の肩をポンと叩き、俺はすぐさまそれを払う。
「欲に……負けました」
「最悪だコイツ……」
「だって、監獄って男の人ばかりじゃないですか? そこにアルカディアさんのようなかわいい女の子が入ってきたら、ねえ?」
「男だが……とりあえず、シアは信用ならないということは分かった」
シアは困ったような表情を浮かべて首を横に振る。
「確かに僕は……アルカディアさんを騙しました。欲に駆られて、アルカディアさんを傷つけました。……でも、それはそれとして……信用してください」
「面の皮が厚い」
「いや、でも……言い訳なんですけど、そこまでアルカディアさんが僕のことを好きだとは思っていなくてですね」
「は? 好きじゃないが?」
「面の皮厚いですね……。むぅ……アルカディアさんのお部屋を変更するのでそれで勘弁していただけませんか? 物置になってる職員用の休憩室を掃除するので。あと、欲しいものなんでも買ってあげます。どうです」
「価値が釣り合っていない」
「僕のちゅーに価値を見出しすぎです……」
価値を見出してなどいないが……と思っていると御者台にいたガガヤは気楽そうに言う。
「それぐらい減るもんじゃねえんだからしてやったらどうです。お嬢」
「あの……僕、一応は貴族のお嬢様なんですけど。貞淑なお嬢様なんですけど」
貞淑なお嬢様は首を断ち切る技を磨いたりしない……と考えたところで、シアの剣に目を向ける。
「明日でいいから、その剣をしっかり見せてくれないか?」
「剣ですか? そんなのでいいんですか?」
「ああ……まぁ、よくはないけど興味はある」
「……やっぱり、好きな女の子の私物に興味を持つ感じなんですか?」
「好きじゃないが」
そんな話をしているうちに監獄に着き、シアは「報告と新しい部屋の掃除をしてきますね」と去っていき、ガガヤも馬車をしまうと「今日はそのまま帰宅する」と帰っていったので仕方なく一人で牢屋に戻ることにする。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、いつものようにシアに揺さぶられて目が覚める。
「アルカディアさん。おはようございます」
「……おはよう」
「朝食を持ってきたので食べながらでいいから聞いてほしいんですけど、父が話をしたいそうで」
「……シアの父親が?」
……どうしよう、絶妙に会いたくない相手である。
無理矢理腹に飯を詰め込んでから、シアに連れられて監獄の中を歩き少しだけ豪華な作りをしている部屋の前にくる。
「あ、じゃあ僕はアルカディアさんのお部屋の引っ越し作業をするので……」
「え、席を外すのか?」
「僕がいない方がいいみたい……というか、わざわざ人払いをしていたので」
何の話をするつもりだよ……と思いながら扉を開けるとシアはそそくさと去っていく。
扉を潜ると、シアの父親……処刑人の長であり、この監獄でも特別な立ち位置の権力者がそこに座って仕事をしていた。
「……何の用だ?」
もしかして、しつこくシアに頬へのキスを要求していることがバレたのか……? と内心冷や汗をかいていると、シアの父親は手を止めて俺に目を向ける。
おそらくは恒常的な寝不足による跡の深い隈、シアと似た白い髪は、まるで血を吸ったかのようにほんの少しだけ赤みがかっている。多少の鍛錬はしているのか歳の割に精悍な顔立ち。
それに……どこか敬虔な神父のような深い知性の色を瞳に映している。
隙のない壮年の男という印象の彼は低い声を出す。
「話を聞きたい。……この国では国にとって有利になる情報を話すと減刑されるという決まりがある。悪い話じゃないはずだ」
「……シアノークから聞いていないのか?」
「冤罪という話か。疑いはしていない。娘がその証明をしようとしていることは知っていて協力もしている」
「いや、そうじゃなく。別に死罪でいいんだよ。出ようと思えば出られるのは分かっているだろ。それでも脱獄しないのは、冤罪を晴らそうなんて殊勝な心掛けがあるからじゃなくて、単に死んでもいいからだ」
シアの父親は俺の言葉を聞き、持っていたペンを机に置く。
「……まいったな。何か欲しいものはあるか?」
「ない。……というか、別に交渉材料なんかなくても話ぐらいするぞ」
「ああ……いや、話が話だけにな」
どうせ先日の紅炎竜のことだろうと思っていると、シアの父は思いもよらぬことを話し始める。
「軍に所属していたんだったな。妙な話を聞いたりしなかったか?」
「……軍? この前の廃洋館の話ではなく。何故軍の……。妙な話と言っても……基本剣聖の任務なんて単独行動の特殊なものが多いから、妙な話しかないぞ」
「ああ……ハッキリと言った方がいいか。軍によるクーデター、武力によって主権の制圧をするという噂がある」
「はぁ……クーデター。……クーデター!? ま、待て、それ、俺が聞いて大丈夫な話か!? というか、俺は多分まだ軍属だぞ」
シアの父親は「分かっている」とばかりに頷く。
いや……どう考えても話したらまずいだろう。俺のことを信頼しているとかそういう話ではない。
……俺が軍に対して忠誠心や思い入れがないことを祈ってのことなら馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「……戦い傷ついた戦士にロクな報酬も与えなかった国と、仲間がいる軍だぞ。比較になると思っているのか? ……いや、違うな。藁に縋っているんだ。そこまで悪い状況なのか」
シアの父は答えない。
……めちゃくちゃだ。この国は、あまりにも酷い状況だ。
ただでさえ戦争に負けて国土を奪われ、長い戦争で民は飢えて疲弊し、目に見えて人がいなくなった。
それに加えて……ヴァルハラ計画、神の再誕計画、クーデター。内乱に内戦にスパイの暗躍と宗教による大暴れと……何もかもがぐちゃぐちゃだ。
俺は頭を抱えて息を吐く。シアの父に協力する理由はほとんどない。むしろ今から軍に戻ったら歓迎されそうだなと思うぐらいだ。だが……俺はゆっくりと口を開いた。
「……冤罪だったそうだな」
俺の言葉にシアの父は怪訝そうに眉を顰め、俺は言葉を続ける。
「俺の前にシアノークが担当した囚人も。……たまたま二回連続で冤罪の死刑囚だった……なんてこと普通起きないだろ。わざとそういう仕事を割り振らなければ」
「……何が言いたい」
「バカ親め。……先に言っておくが、俺は傭兵上がりで強さを買われて剣聖になっただけだ。大した話は知らないし、クーデターというのも初耳だ」
「……協力してくれるのか?」
「シアノークの身に危険が迫るんだろ。……と言っても……あまり期待するなよ」
シアの父親は驚いたように俺を見る。
「……娘といい仲なのか」
「違う。ワガママだし、身勝手だし、それに何より嘘を吐くし、ロクでもない。嘘を吐くなと言っといてくれ」
「何か約束を破られたのか? 私に用意出来るものなら私から渡すが」
「それはいやだ……」
「そう言わずに」
「やだ……」
おっさんにキスなんかされたくない……。いや、まぁシアの父親もそういうつもりで言ったわけではないだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます