最低最悪のプロポーズ②
「それで、何が聞きたい?」
「……率直にどうなると思う?」
「そんなもの俺が知りたい……。あー、もう知っていると思うが、俺が知ってるところで言うと、軍の中にも貴族の出のお偉いさんと、長い戦乱での叩き上げのお偉いさんでハッキリとした派閥がある。それで、クーデターを起こすとしたら……」
「庶民出身の将か」
「いや、貴族出の方だと思う。なんか、雰囲気」
「雰囲気……」
俺にそれ以上のものを求めないでほしい。俺はだいたい雰囲気と空気とノリでしか判断出来ないのだ。
シアの父親はそれでも斬って捨てることはなく、俺の言葉の続きを促すように続ける。
「この国の戦力と言えば、一番強いのが有力な貴族の私兵、次に王家との関わりが深い国軍で、続いて傭兵、教会の僧兵……は、考慮しなくていいか。真っ当に戦えば練度でも人数でも貴族の方が強いけど、基本は領地か戦地にいるから何かあっても首都の方を守るのは遅くなるだろうな」
「……つまり、戦力で劣りはすれども成功すると」
「剣聖や賢者は軍属だからな。まさか城で大量の兵同士で戦うことはないし、数百人程度なら蹴散らされて終わりだ。まぁ、時間さえ稼げば有力な貴族から剣聖並みの戦力が派遣される可能性もなくはないが……クーデターを抑える意味が貴族側にない」
シアの父は「やはりそう思うか」とばかりに頭を抱える。
「エクセラ家のような宮廷貴族なら話は別だが、領地と兵がいる貴族なら王家の力が弱い方が都合がいい場合も多いだろう。もちろん王家の力が強い方がいいところもあるだろうが、自領も反乱の可能性があるような時期に戦力を派遣するほどかって言えば微妙なところだろ」
ゆっくりと息を吐く。
「総じて、今の王家には求心力がない。王家が潰れても頭がすげ変わるだけならほとんどの人が困らない。頼みの綱である軍に裏切られるならどうしようもないだろ」
だが……宮廷貴族、土地を持たず王家に直接仕えるエクセラ家にしてみれば「どうしようもない」で切って捨てることは出来ない状況だろう。
共倒れになるのそれとも新しい王に仕えることとなり、本当に王の首を落とすこととなるのか。
「厄介な立場だな」
「……まぁ、私は仕方ない。だが……」
「シアノークのことか。……まぁ、もしも監獄にまで来るようなら守ってもいいが……恨まれるようなことをしたのか?」
「お前を始めとして少なくない数の軍属の人間を捕らえている」
「ああ、なるほど。俺を冤罪から助けに来る可能性があるんだな」
……改めて考えると、冤罪で捕まっている俺が冤罪で捕まえているここに協力して、助けに来たやつから守るというのは意味不明だな。
色々と逆だろ、普通は。
……惚れた弱みにもほどがある。深くため息を吐いてからシアの父に言う。
「まぁ、諸々了解した。けど、心情的にあんまり軍の奴とは争いたくないから多分シアノークを連れて逃げるぐらいが限度だぞ?」
「ああ、構わない」
「あと、あり得ないとは思うがもしも剣聖とかそこら辺の連中と戦うことになったら素手じゃ心許ない。捕まる時に回収された俺の武器を返してくれ」
「……武器?」
「ほら、刀だよ。刀」
シアの父は妙な表情を浮かべ、何かを思い出したように話す。
「もしかして、あの置物のことか?」
「置物…………。一応、俺の愛刀なんだが」
「いや……もっとちゃんとした物を渡そうか? 看守用の物なら余っているが」
「あれよりも手に馴染む刀はない」
だがしかし……と迷った末にシアの父は立ち上がって部屋から出ていきすぐに刀を持って戻ってくる。
その表情は「本当にこれでいいのか?」という不安げな物だが、俺にはこれが一番だ。
刀を受け取ったあと「何かあったらまた」とだけ言ってから廊下に出る。
シアがいるはずの職員用の休憩室に足を運ぶと、バサバサと箒が動く音が聞こえてくる。
「シア」
「あ、もうお話終わったんですね。お掃除するのでもう少し待っていてください」
「いや、俺もする。というか、シアは普通の仕事しとけよ……」
「働いていないみたいなこと言わないでくださいよ。あれ、武器なんて持ってどうしたんですか?」
「返してもらった。俺の愛刀だ」
俺は刀を部屋の隅に置きシアと共に部屋の掃除をする。
俺は別に牢屋のままでもよかったのだが、おそらくは看守に「アルカディアは囚人として扱うな」という意思表示のために廊下ではない場所で形だけの軟禁をするということなのだろう。
掃除を終えるとシアは「うー、埃っぽくなっちゃいました」と嫌そうにしたあと、仕方なさそうにソファに座る。
「あ、そう言えば剣を見せるという話でしたよね。僕もアルカディアさんの愛刀に興味があるので見せてもらっていいですか?」
「ああ、勝手に見ろ」
シアは少し恐る恐ると刀に手を伸ばして、重さを確かめたあとに首を傾げながら鞘から引き抜き、一瞬だけ感嘆の声をあげたあと首を傾げる。
「あの……この刀、刃が付いてないです。というか、持った感じも少し変というか……これ、もしかして模造刀ですか?」
「ああ、模造刀【蟻脚落とし・レプリカ】。大昔の名刀、刃の上を歩いた蟻の脚が斬れて落ちるほどの切れ味の刀……を模した模造刀だ」
「……つまり、ただの置物では……?」
「ただの置物じゃない。変わり者の好事家が本気で作らせた模造刀だ。武器として使うものではないが諸々の質はよく、特に素材はかなりいい物を使っている。刃を付ける予定が元々ないことから刃を付けるための柔らかさやしなりがなくめっちゃ硬い」
「つまり……ただの棒では?」
「とても丈夫で、刀の形をしていて持ちやすい棒だ。他にここまでいいものはないぞ」
シアは「それは……そうでしょう。質のいい棒を作る人なんてそうそういませんよ」と言って俺に返す。
まぁシアの反応は正しいものではあるのだろう。だが俺の技量があれば刃がなくとも斬ることは可能だし、それならば脆い刃などない方が強度があっていいし、何より元々名刀を模っているもののためバランスがよく持ちやすい。
模造刀【蟻脚落とし・レプリカ】は俺にとってはこれ以上なくあっている名刀であると確信を持って言える。まぁ……他の人からすれば武器ですらないのも事実だろうが。
「シアのも約束通り見せてくれよ」
「いいですけど……なんで剣なんですか? 女の子の持ち物に興味がある感じだとしても、もっとこう……靴下とか」
「じゃあ靴下でもいいが……」
「靴下はダメですけど。はい、両刃なんで気をつけてくださいね」
シアの剣を受け取り、鞘から引き抜いてじっくりと見る。振り下ろすという動きのみを追求しているためか、非常に大きく重い。
教会の紋章が黒い大剣の剣身に描かれていて、何よりも特徴的なのが本来なら絶対に必要な切先がなく、剣の先が丸い。
「……俺のも武器じゃないが、これも武器とは言えないな」
「いい剣でしょう?」
自慢げにシアは笑うが……シアの父はその剣を振らせたくないようだったことを思い出す。
……どうなのだろうか。当然、シア自身「人を殺してえぜ!」という理由で剣を握ったわけでなく、家業や父の背中に誇りに思って選んだのだろう。
俺がどうというべきことでもないか、と思いながらもどうしても口をついて出てしまう。
「……シアはなんで処刑人になろうとしてるんだ。人なんて殺したくないだろう」
「人を殺すのは嫌です。でも、下手な人に首を切られて、死に切れずに苦しむ人が出るのは嫌です」
「……そんなによくあることなのか?」
「なかなか、即死させることは難しいです」
「まぁ、人に限らず生き物って結構ザクッと言ってもしばらく生きてるけど。……まぁ、そうか。そうだよな。シアには信念があるんだな。……なら、俺もサクッと頼む」
「はい! ……いや、思わず返事しましたけど斬りませんよ? 斬りませんからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます