最低最悪のプロポーズ③

 用途に合った良い剣だなと見惚れていると、シアはこてりと首を傾げて俺を見つめる。


「アルカディアさんは、なんで僕に懸想してるんですか?」

「好きじゃないが」

「ツンデレはいいですから。何故僕に思慕の念を抱いているのでしょうか? 聖女さんと違っておっぱいとお尻がバイーンって感じじゃないですけど……」

「何故、俺をおっぱい星人みたいに思ってるんだ……」

「えっ。あっ、そうですよね。靴下の方が好きですよね」

「シアは俺をなんだと思ってるんだ。……靴下は好きじゃない。人並みだ」


 剣を鞘に戻して返すと、シアは重そうに抱えながら首を傾げる。


「じゃあ、なんでですか? 靴下でもおっぱいでもないとしたら……ははーん、性格……ですね?」

「人の部屋にずかずか上がり込んだり、話したくない聖女のことや過去の戦いについて無遠慮に聞いたり、挙句の果てには秘めていた恋慕を公開するような……そんなやつの性格がいいと?」

「……そう聞くとめちゃくちゃ性格悪いですね。なんというか、図々しくて鬱陶しいタイプです」

「理解してくれたようで良かった」


 シアは「反省してます」と口にしてから胸の前で腕を組む。


「なら、尚更不思議です。性格が好きなわけでもなければ容姿というわけでもないとなると……僕の何が好きなんですか?」

「……太刀筋が綺麗だった」

「…………へ?」

「だから、素振りしていた時の太刀筋が綺麗だったから、目が惹かれた」

「え、ええ……」


 シアは目をパチパチと瞬かせて、それから困惑したように頬を掻く。


「それは……その、すごい性癖をしてます」

「性癖じゃないが」

「……あれ? でも、さっき剣を見るのより靴下を見る方を優先してましたよね」

「やめろ。変な疑惑をかけるな。そもそもなんで俺に靴下フェチ疑惑がかかってるんだ」

「えっと、僕と話すときそっちの方ばかり見てるので……」

「目を見て話せないだけだ! ……もういい。ほら、用事も済んだんだから帰れ帰れ」

「またそんなこと言って……用事とかないですし、いいじゃないですか。ほら、ちゃんとしたケーキは無理ですけど、明日パンケーキを焼いてあげますから」


 なんかシアの中の俺がケーキ好きだったり靴下フェチだったりと、かなり歪なイメージを持たれている気がする。

 俺は人並み程度にしか靴下に興味はないというのに。


「……シアの父親に少し頼まれていて、ジグのやつに話を聞こうと思っている」

「ん、んぅ……なんて頼まれたんですか?」

「守ってくれという内容だ」


 監獄を……というよりもシアをという意味だったが、そこは言う必要がないと思って伏せておく。

 多分期待されているのは直接的な戦力としてのことだろうが……まぁ、暇なのでやれることはやろうと思っている。


 もっとも……わざわざ今ジグに話を聞きにいこうとしているのはシアから逃げるためだが。


 シアはまだ話し足りないようで少し不満そうにしながらも、けれどどこか嬉しそうに笑う。


「よかったです。部屋で一人で傷ついているのより、動いていた方が気も紛れるので」

「……俺の気持ちについてじゃなくて、戦力が味方になったことを喜べよ」

「んぅ……その喜びはお父さんに任せることとします。役割分担です。僕はアルカディアさんの健康面で喜ぶ担当です」

「なんだそりゃ……。もういくぞ」


 変なことばかり言うシアを置いて部屋を出てジグの元に向かう。前の騒動から時間が経っていないこともあり非常に厳重な警戒をされているものだと思っていたが、案外前とあまり変わらない。


「随分と人手不足らしいな」などと思いながら、ジグの牢の前に立つとジグは俺の方を見て一瞬機嫌良さそうな表情を浮かべたあと、微妙な表情に変わって、それから再び機嫌良さそうな表情に戻る。


「……なんだよ。コロコロ表情を変えて」

「いや、綺麗な姉ちゃんが来たかと思ったら男でガッカリしたけど、普通に会いたい奴ではあったと思ってな。んで、アルカディア、何のようだ? 部屋の内見か?」

「お前との相部屋は勘弁してくれ。……多少、調べはしたが色々とジグの有利な方向に話が行きすぎている」

「お、クーデターの話か? それとも独立運動が成功した? あ、北からの侵略? ああ、もしかして教会の──」


 次から次へと国の大事を軽口とともに吐き出すジグを見てため息を吐く。


「お前が企んでばかりなのは理解した」

「おいおい、やめてくれよ。俺は混乱に乗じようってだけで主犯じゃない」

「火事場泥棒が自分は悪くないって言っても「はいそうですか」とはならないだろ」


 既に監獄を襲うなんてことをしておいて何言ってんだよと思いながら、牢屋の前でジグを見下ろす。


「はは、んで、何の話だ?」

「クーデターについて教えろ」

「えー、それは嫌だ。俺としてはどっちが勝とうが荒れた方が面白いし、司法取引とかもなぁ。脱獄する身としては魅力を感じない」

「コイツ……さっさと首斬った方がいいだろ」


 いや、でもシアの手を汚すことになったりしたら嫌だしな……。多分別の奴が担当することになるだろうが、可能性は減らしておきたい。


「まぁ、交渉しないって話じゃない。魅力的な提案をすればいい」

「……明日、シアノークにパンケーキってお菓子を作ってもらうんだけど、一口あげようか?」

「せめて一枚寄越せよ。いや、いらないけどな? ……そうだな、俺に手を貸せよ。お前のお気に入りの嬢ちゃんも一緒でいい」

「それこそ交渉になってないだろ。こっちの立場に立ってるから情報がほしいわけで、立場を変えるなら情報の意味がない」


 どうにも誤魔化されているというか、こちらを都合の良いように動かそうとしているように感じる。他に交渉材料になるようなものは……たいていの情報ならジグの方が詳しいだろうしな……。


「どうしたんだ?」

「……俺に出せるようなものは、パンケーキ一口ぐらいしかないな」

「あるだろ。少なくとも一枚まるまる渡すとか出来るだろ。何自分の分はちゃんと確保してんだよ」

「いや……せっかく作ってくれるならちゃんと食べたいし……分かった半分こでどうだ?」

「仲良しか。……お前がなんか人生楽しんでいるのは分かった。交渉は出来ないようだし、俺が仕切っていいか?」


 まぁ構わないが……と思っていると、ジグは指を立ててその指先から炎を灯すように出す。


「魔法使いだったのか」

「本当に最低限度だけな。んで、だいぶ話はズレるが魔法とは何か分かるか?」


 そりゃ……分からないはずはないだろう。学がない俺でも当然の常識として知っていることだ。


「神様から力を借りてなんかするんだろ?」

「まぁその認識であってる。じゃあ神ってのはなんだ?」

「なんかすごい力を持ってるやつ」

「その力はどこからきた?」

「……質問ばっかりだな。全然違う話になっているし」


 俺が不満を漏らすと、ジグはベッドの下に手を突っ込んで銀貨を取り出して表と裏を両方見せる。


「正解は人の心からだ。人の信仰心やら諸々によって神が生まれて、その神の力を借りるのが魔法。それでここからが本題だ」


 俺が眉を顰めるとジグは指でコインを持って俺に尋ねる。


「例えば……コインを投げて絶対に表が出るという魔法があると思うか?」

「聞いたことがないな。七大神にそんな権能があると聞いたこともないが」

「正解はある」


 ジグはコインを弾き、地面に落ちたコインを見ると表だった。それから何度かコインを弾き直し、何度やってもコインは表を出し続ける。


 ジグは俺に落ちたコインを拾わせ、確かめさせるように俺に見せる。


「……イカサマはなさそうだな」

「剣聖様の目を誤魔化すのはどんな手品師でも無理だ。正真正銘、魔法によるものだ」

「……胡散臭いな」

「そう言うなよ。この魔法のために契約しているのは【天命に紛う月夜の調マガツキ】という硬貨の神でな。面白い力を持っていて「契約すると運が良くなる魔法」がもらえるんだ」

「……そんな曖昧な魔法があるのか」

「まぁ、力自体は強くない。実感出来るか出来ないかすら微妙な上に、魔力を常に吸われるから他の魔法がほとんど使えなくなるって欠点まである。オンオフも出来ないし、コイントスで表を出す魔法を何回か使ったらガス欠になる」


 はあ……まぁギャンブラーとかなら欲しがりそうな魔法だな。……いや、オンオフ出来ない? つまりそれは……。


「魔法使いとしての知識がなくても契約さえしたら使えるってことか?」

「そう、その通り。魔法使いとかならほとんど損ばかりの魔法だが、魔法使い以外なら貰い得なんだよ。ついでに、契約者が同じ組織に所属していたら運が合わさっていい方向に向かいやすい」

「……だから、俺も来いってことか? いや、普通に俺に邪魔されて撃退されてただろ」

「まぁそりゃ、ちょっと運が良くなる程度で覆せる差じゃないって話でさ。それに案外悪くないぞ「俺には勝利の女神がついてる」と思えるのは」

「気休めだろ」

「気休めがあれば前向きになれるだろ?」


 何かと胡散臭いが……言いたいことは分からないでもない。おおよそ運が悪い人生を歩んできた俺からすると、その気休めは十分俺の気を引くことは出来ている。


「……けど、まぁ……ジグの誘い方が胡散臭いから仲間になる気にはなれない。居場所とか運とか、なんかふわふわしているんだよな。欲しいのは否定しないが」


 ジグは断られるのは分かっていたのか、気にした様子もなくヘラヘラと笑う。


「だよな。まぁ、ダメ元なのと、色々と説明しといた方が後々お互いに楽かと思ってな」

「……まるで俺がお前に協力するのが決まってるみたいな言い方だな」


 俺が眉を顰めながら話すと、ジグは座り方を崩しながらへらりと首を傾げる。


「いや、俺のとこ来るだろ?」

「なんでそんな協力して当然みたいな態度なんだよ……」

「そりゃ……あの処刑人の女の子、貴族なんだから現状維持だと絶対に結婚出来ないだろ」


 ぴちょん……と、どこかで水滴が落ちる音が聞こえる。

 天気の関係ない監獄の中、けれどもどこか気分を沈ませるように雨が降りはじめる。

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