最低最悪のプロポーズ④
「クーデター成功とか他国に攻め落とされるとかで貴族の席を追われるか、内乱のドサクサで俺が貴族に成り代わってお前を養子にするか……。まぁ、なんにせよあの子と結ばれたいなら、現状を変更しようとする勢力に着くしかない。それで、今、一番お前を買っているのは俺だろ?」
雨を見ることも出来ないが、音や雰囲気から雨脚が強まっていき土砂降りになりはじめていることが分かる。
シアは……家に帰れるのだろうか。家に帰れずにこの監獄に泊まるなら、もしかしたら夜に話をしたりすることも出来るかもしれない。
「っ……俺は……もうこの人生どうでもいいんだよ。だから協力するつもりはない」
「それは人生が辛いからだろ? これからいいことばっかなら、死ぬ必要はないだろ?」
ジグは雨の音が強くなっても気にした様子もなく笑う。遠くでは雷まで鳴り始める。
「惚れた女と結婚して、毎日一緒に寝て、甘いパンケーキでも食う。たまに街をぶらつくのもいいだろう。……な? 死ぬのはもったいない」
「……お前は俺を戦場に出したいんだろ」
「それは勘違いだ。一番は敵対したくない、他のところに協力されるぐらいなら、手元で働かずにゴロゴロしていてもらう方が遥かにいい。助けてくれるならそちらの方がありがたいのは確かだけどな」
……つまり、ジグは「何もしないでいてくれるなら、シアと二人で暮らすことを手助けしてくれる」と言っているのか。
シアと二人で暮らす。……監獄では、一日に十数分程度しか話せない。
二人で暮らせたなら、何分でも話して、あの笑顔を独り占めに出来て……。
心が揺れるのを感じる。絶対に無理だと思っていたシアと結ばれるという希望に、腹の奥がぞくぞくと熱くなっているのを感じる。
「……っ、シアが、俺と一緒になりたいと思っていないなら、意味ないだろ」
「貴族のお嬢様なんだ。政略婚と大して変わらないだろうから逃げたりはしないって」
「それは……」
言い淀む俺を見て、ジグは首を横に振る。
「俺はお前を困らせたいわけじゃない。これでも味方のつもりだ。アルカディア、お前は掛け値なしに英雄だ。報酬どころか牢獄にぶち込まれるような扱いを受けていていい奴じゃあない。これまでの苦労や痛み、不幸の対価をもらっていい立場だろう」
「…………だが」
「何もハーレムを築いて酒池肉林をしたいってわけじゃないんだろ? 惚れた女ひとりと質素に暮らしたい、それぐらいの人並みの幸せ、叶えてもいいんじゃないか?」
そうなのだろうか。
確かに……シアの父に協力したら、シアと結ばれることはないだろう。せいぜい茶飲み友達が限度で……手を繋ぐことも出来ないのだろう。
ジグの提案に乗ればシアと一緒になれる。
シアとたくさん話が出来る。手を繋げる。油断したところを見たりも出来るかもしれない。
シアの笑顔を思い出してしまっていると、ジグは俺に笑いかける。
「クーデターについて知っていることは看守に話しておこう」
「……なんでだ」
「考えることがたくさんあると集中出来ないだろうから、仕事を減らしてやろうと思ってな。 アルカディアにはじっくり自分の幸せについて考えて欲しいからな。ああ、対価のパンケーキは必要ないから気にするなよ」
自分の幸せについて……などと言われても、思い浮かぶのはシアのことばかりだ。
クーデターについて聞き出すという仕事が唐突に終わり、ジグは「向き合え」とばかりに笑顔を向けてくる。
……コイツに協力するというのは、つまりはシアの地位を貶めるということだろう。俺の都合がいいように、シアの心を無視して手元に奪い去るという意味だろう。
分かっている。
……けれど……聖女は、メリアは俺を利用しているだけだった。本当に俺を見て、損得なしに助けてくれようとしたのはシアだけだ。
俺には……シアだけなんだ。
ジグとそれから何を話したのか、うすらぼんやりとしか覚えていない。多分、クーデターに関して知っていることをちゃんと看守に話すように言ったような気がする。
新しい部屋……牢屋ではなく、使われていない職員の休憩室。監獄から出てはいけないと言われているが、俺を繫ぐための檻も鎖もない。
少しだけ埃っぽいベッドに身を沈めて息を吐く。……鉄格子の部屋の方が、よほど息がしやすい。
しばらく雨の音で気を紛らわせていると扉がトントンと叩かれる。
「アルカディアさん、入りますよー」
無遠慮に扉が開かれて、シアはいつもの笑みを俺に見せる。
「もう帰る時間だったんですけど、外、雨がすごくて帰れそうにないんですよ」
「……それで」
「せっかくなんで、もっと剣の話とかをしようと思いまして」
毒気も何もなく、気の知れた友人かのようにシアは笑う。楽しそうな姿はやはり可愛らしく、少しばかり厚着な処刑人の服も、その袖から覗く細くてほっそりとした指も、仕事が終わったからかラフなものに変わっている髪型も……そのどれもが俺の目を奪う。
俺は惚れているのだろう。たぶん、周囲にも、シア本人にもバレバレなぐらい好意が表に出てしまっているのだろう。
だから、だからこそ、目を逸らしてベッドに寝転がる。
「シア、これから国はもっと荒れるぞ」
「そんなに……天気悪くなるんですか……?」
「…………」
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