断罪する慈悲の刃⑨

 ああ、なるほど。これは最高の特等席だ。

 断頭台の上から、今か今かと待ち侘びるように俺を見つめる人々を見る。


 ……ああ、無粋な奴らだ。

 人が死ぬところを楽しむことを咎めるようなつもりはサラサラないが、俺とシアの逢瀬を覗き見るのはやめてほしい。


 ジグの指示か俺の手を縛っている縄は緩く結んである上に、手には小さな刃物も握らせてもらっている。


 いつでも脱出は簡単で今すぐにでも暴れてめちゃくちゃにすることが出来るだろう。

 けれども俺がそうしないのは……作戦でもなんでもなく、この空気をもう少し味わっていたいからだ。


 死のうと思っていた頃から俺は何か変わったのだろうか。まだ死にたいと思っているか。

 本気で生きたいと思っているか。

 そんなことを自分に問いかけるにはいい場所だ。


 ……結論として、やはり希死念慮は依然として残っている。けれども、死ぬには心配事が多すぎる。


 シアに恩を返さないといけないし、ナルに罪を償わなければならない。

 ……それに、ちゃんとナルのことを好きになれそうなんだ。


 だから……この光景とは、決別しなければならない。

 自殺願望から離れて状況を確認していく。


 一番目立つ場所にいるのは俺の後釜として入った【聖剣】の剣聖だが、彼女からはあまりビリビリとした強者の感覚がない。


 ここから見える範囲だと、処刑の直前だというのに眠りこけていたり、酒を飲んでる奴というろくでなしと、王族に混じって俺が囚われていることに気がついてひらひらとこちらに手を振ってくるやつ……。


 俺が言えた義理もないが不真面目さが極まっていて、実力では一番劣っている聖剣のお嬢さんを一番目立つ場所に配置したのも分かる話だ。


 続けて、さして鍛えていない身体のわりに強者の雰囲気を纏っているのは見覚えはないが賢者かそれに類するやつだろう。


 まぁ、お得意の大魔法は準備に時間がかかることや周りに被害を出すことからこんな状況ではロクに使えないだろうから本領は発揮出来ないだろう。


 この場で厄介なのは剣聖達、次いでおそらく隠れている帝国の竜騎士、賢者達……雑兵というところか。


 まあ、これぐらいならどうにでもなる。

 ナルが脱出経路を見繕う時間を作るためにギリギリまで大人しくしておく。


 最後に見るのは……いつもの処刑人の服で表情を消してジッと立っているシアだ。

 しれっと王族に混じって死刑待ちをしている俺の存在に気がついていないのは、シアがこちらを見ないようにしているからだろう。


 気丈に振る舞おうと、いかに高潔な精神を持とうと……いや、高潔で気丈だからこそ……それが出来ないのだろう。


 式典とも言える公開処刑は進み、メインディッシュを前に前菜扱いの俺の首が先に斬られるようだ。


 ……そろそろ動くか。

 そう考えていると、シアの足が動く。幼さが残る背の低い少女は、この場において異物のように思えた。


 厳かにゆっくりと歩く姿は……ただ歩いているだけだというのに、思わず見惚れてしまうような美しさがあった。


 幼さという異物感はシアノークという少女の美しさを衣にして、その高潔さゆえの危うさを妖しく纏っていた。


 本来なら「浮いている」と思わせるはずのそれはシアノークにより「際立っている」と思わせた。


 そしてそれは……俺だけのものではないのだろう。

 指し示したわけでもないのに、喧騒が止む。


 何百人もいる人々が、一人の少女の歩みに圧倒されて見惚れた。


「…………シアノーク・エクセラ。あなたの命を断つ「悪意」です。目を閉じて五秒、あなたの御心は神の元に」

「それも悪くないけど、またケーキでも食いに行きたいかな」


 静まり返った空気の中、シアの「えっ」という声が響く。

 まるで天使が降りてきたような神々しさが霧散して、ただの優しくて変わり者の少女が姿を現す。


 青い目がぱちぱちと瞬きを繰り返して、それから神秘性の剥がれた笑みで俺を見る。


「……ばかだぁ」

「牢屋から出たらお茶を飲みに行こうって約束を忘れてたからな。次の休みはいつだ?」

「……もう、これから毎日がお休みですよ」

「約束は守ってもらうぞ」


 手に忍ばせていたナイフで自分を縛っていた縄を斬り、立ち上がるよりも先に群衆の方から飛んできた俺の愛刀である模造刀【蟻脚落とし・レプリカ】を掴みとる。


「……っ!? お、おい! た、立ち上がったぞ!? どうなっている!?」


 ざわめき出す群衆を背にしながら、俺の前に歩いてくる【聖剣】の剣聖と目が合う。


「……初めまして。先輩」

「おう、俺の後釜だったな。品の良さそうなお嬢様」

「胸をお借りします」

「また後でな」


 聖剣が振るった剣を半身で躱しながら彼女の足場を斬り崩し、崩れる足場の中で数回打ち合い、腕力差で体勢を崩したところで彼女の脚を掴む。


「っ!? はや……!?」

「マトモに一人ずつ相手してられないからな。また今度な」


 掴んだ脚を持って振り回し、もう一つの脚でガンガン蹴られながらもぐるぐると回して群衆の方にぶん投げる。


「ふう……っと……。ん、あれ」


 どうやら聖剣の少女は掴んでいた衣服……靴下を脱ぐことで俺の掴みから脱出しようとしていたらしく、そのせいで掴んでいた聖剣の靴と靴下が手に残ってしまった。


 どうしようこれ、と考えるような時間はないので何も考えずにポケットに靴下を突っ込むと背後でシアが「た、戦いの最中に靴下を……」とまるで恐れをなしたかのような声を出したが、誤解である。


 俺は靴下フェチではないし、わざと靴下を狙ったわけでもない。


 などと考えている間に多くの兵に囲まれてしまう。……思ったよりも聖剣が強かったせいで時間を食ってしまったな。


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