断罪する慈悲の刃⑩

 聖剣に思ったよりも手間取ったせいで体勢を整えられた。今は優秀な兵士が号令も何もなく俺を囲んでくれたおかげで飛び道具を抑えることが出来た。


 まず前提として、この状況で王族を殺すことはない。

 荒事になったことに気がついた前列の衆人は逃げようとして下り、それに気がついていない後列の人は前に出て見ようとしていることで押し合いになって混乱が生まれている。


 軍の狙いはあくまでも「公開」処刑だ。


 取れる選択肢としては、ナルがやってくるのを待つか手早く人を減らしていくか。

 これぐらいの雑兵なら何人に囲まれようとも壁と大差ない。待つことは容易だし、もう少し場が混乱するのを見計らう……と考えていたところで俺の背後にいた兵士が突然吹き飛ぶ。


「は……?」


 と、俺が反応するのと同時に手がこちらへと伸びる。反射的にその手へと刀を振るうが、その指先に刀身を摘まれて刃が通らずに止められる。


「っ! めちゃくちゃだ!」

「よお、ナマクラぁ! よく裏切ってくれたな! これでようやくお前と戦える!」

「俺は戦いたくねえよ……。爪牙だったか。ほら、いいものやるから帰れ、聖剣の嬢ちゃんの靴下やるから……!」

「いらねえよ!」


【爪牙】の剣聖……魔法どころか剣すら使わず素手で戦う剣聖だ。もはや剣聖じゃないだろうと思うが、そもそも剣聖というのは戦争においての役割の名称というのがメインなので剣かどうかはあまり関係ない。


 それに俺の得物も剣ではなく模造刀だが……だとしても素手はおかしいだろ、素手は。


 摘み止められた模造刀を離し、聖剣と暴れたときの破片を掴んで振るうが、爪牙の皮膚を浅く斬る程度で止まる。


「っ……! 名剣ですら傷つかない俺の皮膚をそんな木材の切れ端で……!」

「っ……! 鉄を真っ二つにする勢いで斬ったってのに……!」


 一周回って「木材の切れ端で皮膚がちょっと斬れた」というなんか普通な結果になる。

 近くにいた兵士から剣を二本ぶんどって兵士達を剣の腹で叩いて吹き飛ばしながらその場を離れる。


「って……逃げんのはええな!?」


 相手していられるか。

 必要なのは公開処刑を無茶苦茶にすることとシアとナルを連れて脱出することだ。


 もう少し暴れたらさっさと退却……と考えていると視界の端に飛んでくる矢が見えてそれを剣で弾く。


「っ……こんな密集した状況で狙えるのか」


 考慮することが増えた。俺やナルならまだ大丈夫だが、シアを狙われたらまずい。

 シアは現状、被害者のひとりとしか思われていないので問題ないが合流する前に弓矢使いは仕留める必要がある。


 剣聖やら賢者で手一杯だというのに、無名の強者までいるのか。

 矢が飛んできた方に目を向けるが視界に入る距離にはいない。よほど遠くか、あるいは撃った瞬間に移動したか……。


 殺さない程度に兵士を蹴散らしながら場所を移動していく。生きている兵士がいれば魔法や矢は飛んで来ないはずだ。

 なんか平気で俺を狙ってくる矢があるが、この混沌の中で撃ってくるのは技量も精神性もどちらもどこかおかしいので外れ値だ。気にするな。


 飛んで跳ねて斬って叩いて、暴れ、暴れ、暴れる。近寄るやつは邪魔なので斬る、遠くにいるやつは魔法使いなので叩く、隠れているやつも怪しいので投擲で対応し、逃げるやつはもちろん優先して追いかける。


 息が切れるが顔を下げることはせずに飛んできた矢を掴んで止めて、しつこく追いかけてくる爪牙に目を向ける。


「やっと止まったか」

「……剣聖は後回しにしたかったんだがな。というか、なんでこんなことをやってるとか聞かないんだな」

「聞く意味はないだろ。こんな世界、誰も彼もが不満を持っている。暴れる理由なんか、それこそいくらでもある。けどそうしないのは弱いからだ。どいつもこいつも……俺も含めて雑魚ばかりで、国には勝てねえって従ってるだけだ」

「…………」

「お前が戦う理由はひとつだ。お前は強い」


 ……褒められている気はしない。シアのために命をかけて戦っているつもりだったが、この男には俺が「勝てるから戦っている」というように見えているらしい。


「……お前は、負けると思って戦っているのか」

「当たり前だろ。彼我の実力差ぐらい分かる。お前は強いし、俺は弱い。だから面白そうだって思ってな。格上相手の戦いなんて何年振りだ」


 爪牙はグルグルと肩を回し、拳を構える。

 ……格上……ね。俺の斬撃がほとんど通らなかったことを考えると正直かなりきついが……まぁやりようはあるか。


「……あとで落ち着いてから相手してやるからって言ったら」

「これでも仕事中だからな。じゃあそれでとは言えねえな」


 軽く舌打ちをしてから無拍子で顔を狙って剣を突き出したが、爪牙の歯に剣が止められる。


 まずいと思った瞬間、爪牙の顎が剣の刃を噛みちぎってプッと俺に飛ばす。

 それを弾きつつ前に飛び出し、深く腰を落とすようにしながら思いっきり剣を振り下ろす。


「我流【屍潰し】!」

「ッ……ウオ……!?」


 城壁ぐらいなら叩き壊せるはずの威力の剣技のはずなのに爪牙の頭がかち割れることはない。


 純粋に人体が固いという異常な強さに眉を顰めながら、頭部に弾かれて浮き上がった剣をもう一度振り下ろすと剣の根本からバキリと折れる。


 無茶苦茶だと思いながらも飛んできた矢を掴んでそのまま男の肩に突き刺し、一瞬痛みで揺らめいた瞬間に足をかけて、男の身体を浮き上がらせた。


 トン、と剣の柄を足が地面から離れている爪牙の腹に当てる。


「我流【鎧穿】」


 剣の柄によって行う、斬撃でも突きでもなく「押す」という攻撃。カハッ、と息を吐き出したのを見計らい、肩に刺さった矢を引き抜く。


 だらだらと肩から血が流れていくのを見て、息を吐き出す。


「……治療しなければ失血死だ」


 それだけ言って踵を返す。殺しきるのは難しいが、治療しなければ止まらない程度の怪我はなんとかなる。


 これでしばらくは追ってこれないはずだ。追ってきても逃げ続ければ相手が先に倒れるだろう。

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