断罪する慈悲の刃⑪
あの人が……すごく、すごく、すごく強いことはよく知っているつもりだった。
けれども、一国の精鋭達を相手取れるほどとは……瞬きをするたびに人が減っていくほどとは思っていなかった。
強いはずの剣士達が、負けないはずの剣聖達が、国の要のはずの賢者達が……呆気なく倒れていく。
けれどもその瞳は倒したことへの感慨もなく、剣を振るう感覚が嫌いなように表情を強張らせていた。
アルカディアさんは…………僕がいない方が幸せだと思う。
ナルさんは素敵な人で、とても可愛らしい。きっとアルカディアさんもすぐに惹かれるだろうし、なんだかんだと問題はあってもきっと素敵な家庭になるだろうと思う。
……そこに僕は必要ない。好きになってしまっているからこそ、僕はいない方がいい。
そちらの方が上手く纏まるし、僕がいたところで何も出来やしない。
……それは、きっと家業でもそうだ。本来なら処刑人になんてなるべきではなく、どこかに嫁ぐのが普通だろう。
そんな毎日毎日何人もの首を落とすわけではないのだから、処刑人なんて父と跡継ぎの兄がいれば十分で、僕は余計なことばかりせずに他のことをすべきだ。
そんなことは分かっていた。だけど……僕は処刑剣を握った。
ガサツで我が強く、理想ばかりをキャンキャンと吠える僕は女性の社会には馴染めず、居場所がなかったから。
けれども、処刑人としても居場所はない。父はちゃんとした仕事をさせてくれないし、兄は無関心で、看守や職員の人も遠巻きだ。
アルカディアさんの隣にも……ナルさんという素敵な人がいるからやっぱり居場所がない。
ふらふら、ふらふら、みっともなく歩いている。それを自覚していた。
アルカディアさんとの恋には貴族の令嬢としての義務を言い訳にして、貴族の令嬢としての義務である政略婚などは仕事を理由に逃げて、仕事はアルカディアさんを助けることを言い訳にして半端なことしか出来ていない。
外面を取り繕うばかりの……つまらない人間が僕なのだ。
だかは、僕なんて救う価値はなく、こんな戦い……悪戯に国を混乱させるだけだ。
ふらふらと歩いてから、ぺたりと膝をつく。
立っていられないのは……安心感があるからだ。人を殺すのも、自分が死ぬのも怖くて怖くて仕方なかった。
だけど……僕は、アルカディアさんに助けてもらって安心している自分が嫌いだ。
「……もう、いいんです。いいんです。アルカディアさん」
聞こえるわけがない言葉を口にする。
居場所がないと嘆いていたアルカディアさんを見て、励ましながら心のどこかで喜んでいた。
この人なら……僕と一緒にいてくれるんじゃないかと、そう思って……しまったんだ。
「っ……あなたは、
喧騒の中、聞こえるはずのない叫びを吐き出して大好きな人に恨み言を言う。
「……自分ばっかり、自分ばっかりじゃないですか。僕は、僕の気持ちはほったらかしで……一緒にいてくれるわけでもないのに」
誰にも聞こえないような泣き声……誰にも伝えるつもりはなかった気持ち。
「アルカディアさんなんて……だいっきらいです」
そんな言葉を口にした瞬間、僕の頭に手が置かれた。
「俺もそうだ。シアのことが好きで、嫌いで、遠ざけたくて近寄りたくて」
「……既婚者が、こんなことしていいんですか」
「えっ、浮気ってテロよりも罪重いのか?」
とぼけたことを言うアルカディアさんを見て、こんな状況なのに思わず笑みをこぼしてしまう。
「……当たり前です。死罪です」
「マジかよ……」
「……なんできたんですか。僕は納得して、こうしていたんです。家もアルカディアさんも大切で……だから、死にたくて。……こんな多くの人を巻き込んで」
「逃げながら話すぞ。退路はナルが作ってくれている」
アルカディアさんは僕の手を引っ張り、僕はその手を振り払う。
「……僕を選んでくれなかったじゃないですかっ!」
「…………」
こんな言い合いをしている場合じゃないし、ナルさんを選ぶように言ったのも、アルカディアさんと結ばれることはないと言ったのも僕だ。
「だから、僕のことなんてほうっておいて……」
「じゃあ、シアとも結婚するから……!」
「は、はあ!? ど、堂々と二股宣言ですか!?」
「あー、もう! 仕方ないだろ!?」
「し、仕方なくないです! 全然!」
「ほら、行くぞ!」
もう一度僕の手を取った彼は走り出して、今度は振り払えないように強く握っていた。
ああ、この人のことが好きだな、と、理解してしまって油断していたその一瞬……視界の端に、聖女の姿が見えた。
彼女は清楚を装っていた顔を歪めて、隣の太った偉そうな人に胸を押し付けながら僕達を指差す。
あの太った人の格好……教会の……と気がついたところでアルカディアさんの前に僧兵が立ち塞がる。
「っ……こんな奴らまで出張ってきやがって! メリアの差し金か!」
遠くで聖女さんがケラケラと笑っているのが見える。既に連戦に次ぐ連戦でボロボロになっているアルカディアさんは表情を固くする。
ボロボロになった剣を構えたアルカディアさんを見ながら、僕はその手を離して背中に背負った処刑剣を握る。
「シアが戦えるような相手じゃ……!」
「……分かっています。でも、向き合いたいんです」
笑う聖女さんの方に目を向けて、剣を引き抜く。
アルカディアさんに守られていることを自覚しながら進み、彼女の近くにいくと護衛らしき人が彼女の前に出る。
兵士や戦士は減ったけど、民の混乱は続いたままだ。喧騒の中、ジッと彼女を見つめる。
綺麗な人だと思う。僕よりもいくらか歳上そうで、背も高くて発育もよく、育ちが良いのか髪も綺麗な金髪だ。
けれど……表情の作り方が変な癖になっているのか、顔の微細な皺が嫌な笑い方で出来たものであることが分かった。
「……なんで、アルカディアさんを傷つけたんですか」
「……何の話?」
「……なんで、大切にしてあげなかったんですか。あの人は、ずっと貴女のために頑張っていたのに」
彼女は僕の言葉を聞いて、意地悪そうにニヤァと笑みを作る。
「ああ、そっか。君……ソレのことが好きなんだ。ははっ、おもしろー。それでそんなに怒ってるんだ」
「…………。隣の人、ずいぶん親しそうですけど、婚約者がいるのでは」
「必死になって、バッカみたい。頼りになる人を頼って何が悪いの? 君はただ女として生きられないからそんな剣を持ってるだけで、偉そうにしてさ」
「…………。否定はしません。僕には貴女のような生き方は出来ないでしょう」
「結局、困ったら男に助けてもらってるのは一緒でしょ? そのくせ、上から目線で説教してくる君の方がおかしいんじゃない?」
「……愛はなかったんですか?」
「愛? あるわけないでしょ? こんな気持ち悪いやつ。道端に転がってたなんか汚いのが着飾って、声を震わせながら手を握ってこようとするんだよ? 気持ち悪くって仕方ない」
「……」
「鳥肌が立つのを我慢して汚い孤児の相手をしてあげてたのに、庶民の汚い店に連れて行かれたり、露店の安い指輪を嵌めようとしてきたり、うわあって感じだよ、本当に気持ち悪い。そのくせ、こうやって恩を仇で返されてる」
まるで自分が被害者であるかのように彼女は言い、醜悪に顔を歪めた。
「……そのお店は、アルカディアさんには手が届かないものでした。死にそうな思いをして、心も体も傷ついて、それでもあなたのために楽しんでもらおうと連れていったのでしょう」
「うわ、気持ちわる」
「その指輪を渡す時、一世一代の気持ちだったでしょう。全てをあなたに捧げるつもりで。……その感想が「気持ち悪い」ですか」
……怒っている。怒っている。とても、とても、怒っている。
言語化出来ないほど頭に血が昇っているのを感じる。
ああ、この人、だいっきらいだ。
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