断罪する慈悲の刃⑫

「っ──やぁあああ!!」


 振り下ろした処刑剣が男の人が持っていた盾を容易に斬り裂き、勢い余って地面まで深く突き刺さる。


 僕を完全に舐めていたらしい二人は驚いたように目を開くけれど……一撃で戦闘不能に持ち込めなかったというのは、非常にまずい。


 僕の剣は、動く相手に振るったことがない。

 斬鉄が容易なほど鋭いことは分かっていたので、それこそ、剣を防ごうとした盾ごと手を軽く切って戦闘不能にする……という方法で勝つつもりだった。


 防御ならいくらでも打ち破れるけれど、回避はどうしようもない。


「……っ」


 けれども、相手の男の人も斬鉄が出来るほどの剣士と僕を認識したのか軽快な表情を滲ませて動きを見ていた。


 お互いに、相手が自分よりも格上と認識していることによる膠着。


 ……以前、アルカディアさんが口にしていた「剣技ではない」という言葉が思い出される。


 その通りだ、コレは罪を斬り落とすための技であり、戦うためのものではない。


「……僕は、あの人を愛しています」

「へー、あんなドブネズミを」

「あなたは最低な人です。けれども、嘘でも、偽りでも、あの人の心を救いました」


 だから……と、息を吐き出す。


「だから、もう一度、嘘を吐いてください。本当は大切に思っていたと、あの人は、きっとそれを信じて許してくれます。……私も、それなら貴方を許せます」

「きしょくわる」


 斬って捨てる言葉。

 私は振り上げていた剣を下ろして、ゆっくりと聖女とそれを守る男の人に言う。


「……分かりました。では、斬ります」


 私の剣は弱い。

 誰よりも鋭く速い振り下ろしではあるが、それだけだ。


 マトモな武人に当たるものではない。


「は、やってしまいなさい、そんな小娘!」

「……ああ」


 そんなやりとりをする二人をしっかりと見据えて、口を開く。


「……アルカディアさんには、ナルさんがいます。僕がいる意味はありません」

「……?」


 理解出来ないという表情で見られる。


「うすらと気がついていると思いますが、僕の剣は振り下ろししか出来ず、動く相手に当てられる技量もありません」

「……何を」


 聖女を守る男の人は「何故そんな弱みを自分に……」とばかりに、怪訝な表情を見せる。


「もう一度言います。斬ります」

「……斬れないと言ったばかりだろう」

「斬ります。あなたの剣が僕の体を刺し貫き、確実に振り下ろしが当たる状況になった瞬間に、振り下ろします」

「……は?」

「剣士ではないので、剣が当てられる状況が分かりません。ですが、あなたの剣が当たる状況は、僕の剣もあなたに当たるということでしょう」


 僕の言葉の意味が男の人には分かったのだろう。もう一度口にする


「あなたの剣が僕に触れた瞬間に、僕の剣があなたを両断します。僕の剣の威力は見たでしょう。痛みもなく、あなたの命を断ちます」


 剣を振り上げて、一歩、また一歩と近づく。

 男の人は状況を完全に理解したのか後ずさりをするも、僕の歩く速さの方が速かった。


 素人の僕でも分かる。男の人の剣は、充分に僕の命を断てる距離にある。けれどもそれが振られていないのは……死の恐怖からだろう。


「っ! 何やってるの! その小娘を……!」

「っ……こんな気狂いと差し違えて俺に死ねってのか!」


 ついに耐えきれなくなったように男の人は吠えて、聖女を押し退けて逃げ出す。


「えっ……あ、な、何逃げて……! さ、最低っ!」


 護衛の男の人がいなくなり、露骨に聖女の様子が変わる。誰かを頼ろうと逃げ回り、私はそれを歩いて追いかける。


「だ、誰か、誰かあの殺人鬼をとめてっー! あ、あなたでいいから」

「っ! やめろ!」


 縋り付いた兵士に手で払われ、地面に転がる。


「っぁ……やだ! やだ! 誰か! 誰か、ねえ!? 助けてよ!?」

「……誰も助けはしませんよ。助けても侮辱されて裏切られると分かっているんですから」

「……な、そ、そんなこと」

「それを繰り返してきたんです。人を傷つけて、傷つけて、傷つけて……それを繰り返して、繰り返して……。報いはあります」

「わ、わた、私は聖女だ! 斬れば神の怒りが──」

「誰も、貴方を聖女だなんて思っていませんよ。混乱する世の中、だからこそ、人を大切にすべきでした。……大丈夫です、一緒に地獄に落ちましょう」

「っ! やだぁあああ!?」


 僕がそのみっともない姿を晒す聖女に剣を振り下ろそうとしたその瞬間、大きな腕が僕の腰を引っ張って持ち上げる。


「……へ? あ、アルカディア?」


 聖女がすっとんきょうな声を上げて、僕を持ち上げている人を見る。


「……シアはメリアと地獄じゃなくて、俺と来てくれるんだろ。浮気するなよ」

「ふ、二股してるくせに」


 僕がそういうと、アルカディアさんは「ナルが退路を確保した」と言って僕を抱えたまま走り出す。


「……いいんですか?」


 地面に転がってる人たち、この国でも有数な戦士だったような……と思いながら尋ねると、アルカディアさんはメリアさんの方に振り返ることもせずに走り続ける。


「……あー、なんか、その……思ったよりもシアに惚れてるらしくて、全然気にならなかったな、久しぶりに会うと」

「……こんな戦場で、変なことを言わないでください」


 まぁ、アルカディアさんがそういうのならそれでいいのだろう。……おそらく、もうこの動乱の中では長生きは出来ない人だ。


 安定した平和な中ならまだ良かったのだろうけれど、人を裏切って傷つけた人が……いくらでも復讐の機会が回ってくる乱世において平穏に暮らせるはずがない。


 アルカディアさんは屋根から屋根へと飛び移り逃げていくと、空から巨大な竜が突如として強襲し……竜の爪がアルカディアさんの刀に触れた瞬間、竜が体勢を崩して建物を破壊しながら地面を転がっていく。


「……へ? い、今のは」

「投げた。相手の力を利用して相手の体勢を崩して投げる技だ」

「え、ええ……」


 アルカディアさんはそのまま屋根伝いに走り続けて、ナルさんの姿が見えた。


 ……気のせいかもしれないけれど……背後で、聖女さんの悲鳴が聞こえたような気がした。

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