断罪する慈悲の刃⑧
「まず、決めるべきは侵入経路と脱出経路ですね。これはおそらく軍が普段使っている処刑場を利用すると思います。あちらも準備する時間が短いので、勝手が分かっている場所を利用するのはほぼ確実です」
「……下見は無理だよな? 行ったことないんだよな。軍事裁判にはかけられたことないし」
「はい。でも、公開はされるので近くに行くことだけなら簡単です」
「そんなにザルなのか?」
「いえ、多分たくさん軍人が配備されますし、顔が割れているアルさんや私が近寄れば止められるでしょうね」
「……どうするんだ」
「簡単です。変装をするんです!」
自信満々にナルは言うが……変装をしても顔を隠したら不審がられるのではないだろうか、と思っているとナルは深く頷く。
「アルさんが考えている通り、顔を隠せば確かに見つかります。けど、アルさんはアレじゃないですか」
「……アレ?」
「とてもかわいいので、女の子の格好をしたらバレません!」
「…………他に方法はないのか?」
「ないです! 私の服を貸すのでそれでいきましょう!」
「………サイズ合わないだろ」
けど、わざわざそのために服を仕立てるのもな……。そもそも、今からだと他の準備も考えると間に合うかも……。
と考えてから荷物に目を向ける。
「…………そういや、サイズぴったりの女性ものの服持ってるな」
「えっ、なんで?」
「……いや、うん。まあなんでもいいだろ」
「いや……何でそんなに荷物が少ないのに女性ものの服を持ってるんです……?」
「気にするな。メイド服だから……まぁ、いてもおかしくないよな」
「なんでサイズぴったりのメイド服を持ってるんですか?」
ナルの問いをスルーしつつ、荷物からメイド服を取り出す。……まさか役に立つタイミングがくると思っていなかった。人生というのは分からないものである。
「ふむ……とりあえず問題はなさそうですね。…………あの、やっぱり女の子の格好をするの好きなんですか?」
「違うが」
「似合うと思いますし、別に私は大丈夫ですよ?」
「違うが。……とにかく、基本的には変装して公開処刑を見に行き、無茶苦茶にすることで新国王の求心力を下げるってことか。……余計に国が荒れそうだな」
…………少し、ジグのことを思い出す。
約束を破ることになったことには申し訳なさを覚えるがアイツの目的は国が荒れることで、俺を止めたのはクーデターを止められたら困るということなので問題はないか。
アイツの考えはよく分からない。ケーキ屋で語った言葉や態度が全て本当だとはとてもではないが思えないし……。
「まぁ、なんでもいいか。ナル、今はどれぐらい戦える」
「……剣をマトモに振ることも難しいです。アルさんを除いた剣聖相手なら、足止めが精一杯。あっ、アルさんの後釜の【聖剣】さんならなんとかという具合です」
「……ほとんど揃い踏みだろうしな。ナルを戦力として数えるのは厳しいか」
「です。基本的に脱出経路の確保をしようと思います」
戦時中の特殊な任務でもナル頼りだったことを思い出す。機転が効き、単独で生き延びられる戦闘力を持つナルはこういう場では非常に優秀だ。
「けど、あまり期待はしないでください。相当厳重でしょうし、準備や調査にかけられる時間はほとんどありません。……いっそ、シアさんを攫う方が楽だと思いますけど」
「……シアは納得しないことを決してしない。だからこそ、俺は今生きている。まぁ、シアの理想は絶対に叶わないと思うけどな。陰謀や政治的な判断、党派性やらそういうのが全くなく、淡々とルール通りに処罰を下すなんてどう考えても無理だろう」
誰よりも処刑人に向いているが、誰よりも処刑人に向いていない。
真面目すぎてマトモに折り合いをつけることも出来ないのだから……最初からそんなものを志さなければよかったのに。
「……まぁ、何にせよ……出たとこ勝負だな。他の剣聖を複数人相手したり、魔法使いやら賢者やらもと考えると真っ向から勝てるとも限らないしな」
「はい。……とりあえず、やれることをやっていきましょう。……まずは、当日予想される混雑の中どうやって処刑場に入り込むかですが……」
「それに関してはアテがある」
不思議そうに首を傾げるナルの頭を撫でる。……コトが終われば、もっと優しくしてやらないとな。
◇◆◇◆◇◆◇
まさかまた着ることになるとは思わなかったメイド服……戦闘に入った瞬間中脱げるように中に服を着込んでいるが、それでもフワフワとした女性ものの服を纏っているとどこか落ち着かない感覚になる。
俺の愛刀は服の中に隠して立ち上がる。
「……男ってバレないか?」
「普段から女の子にしか見えないので平気ですよ」
「…………うん」
まぁ、変装としては充分ということらしいので人目から逃げるように歩きながら公開処刑の場に行く。
まだまだ時間はあり、ナルは周りを見回してから俺から離れていく。
戦争や重税による不満から多くの国民が集まって、まるで面白い祭りでもあるかのように盛り上がっていた。
公開処刑を肴に酒を煽っている男達の間をすり抜けて、割高な屋台の行列を回り込んで中心に向けて歩く。
そんなにも人が死ぬところが見たいのか、あるいはよほど王族が恨まれていたのか、屋根の上に座っている人の姿も多く見られる。
「…………悪趣味だな」
まぁ、実際に戦場にいた俺が言えることでもないが。
人が死ぬところなんて面白いものでもないのに……と思いながら進むと、公開処刑場のすぐ近くには人集りが出来ていて人がすし詰めになっていた。
通るのは……無理じゃないが目立ちそうだな。と思っていると、背後から声がかけられる。
「……やっぱりくるのな。お前は」
「ジグか。悪いな……って謝ろうと思ったけど、これ、お前の手のひらの上か」
「…………何の話だ?」
「……別に貴族になり変わるのなら、監獄にいく必要はなかったよなって。聖女や教会とか軍とか他国との繋がりもあるんだから、戦争のドサクサに紛れてっての方が簡単そうだ」
「へー、そう思うのか。それで?」
「そもそも、多少ことがスムーズに運べる程度の理由で監獄に囚われるのはリスクが高いだろ。……ナルは「公開処刑をするにしても本人じゃなくて代役を立てたらいい」と言っていた。重要なのは「王族は全員死んだ」という共通認識だと」
全員から死んだと思われていて王族と証明出来るものがなければ、いくら自分が王族だと主張しようとも王族を騙る狂人と思われるだけだ。
逆に「王族」として人々の前で処刑されかけていたら……それは全くの無関係の人間であろうと、王族ということになる。
「王族の身代わりとして断頭台に立って、その断頭台を崩すことで処刑を有耶無耶にして貴族ではなく王族になり変わる……いや、他の王族を全部殺した上で軍も潰して、国王になるってところか。……どうせ、近くに竜騎士が控えているんだろ」
「…………いや、すごいね。全部お見通しだ」
ジグは驚いたような表情で俺を見て、軽く手を叩く。
「それで、どうするんだ? 俺を今ここで倒すか?」
「国の行く末なんて興味ねえよ。お前みたいな奸雄が王になって売国しようが、どうでもいい。……ここからだと断頭台が遠い。特等席を用意してくれ」
「了解だ。剣聖」
「上手いことやれよ。王様」
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