断罪する慈悲の刃③
「……すみません。はしゃいで」
「いや、いいんですよ。…………ご結婚、おめでとうございます」
シアがそう言うとナルは萎縮するような表情をする。珍しいナルの姿に少し驚いていると、シアは首を横に振る。
「えっと、喜んでいいと思います。その……アルカディアさんは、その……とてもいい人です。少し心配性なところはありますけど、それはとても優しいからで……」
「……私が憎くは、ありませんか」
「まさかです。……アルカディアさんから話を少しだけ聞いていて、素敵な人なんだと思ってました」
シアはそう言ってから誘うように笑いかける。
「会ってみて、やっぱり、笑顔がかわいい素敵な人でした」
「……ごめんなさい。恥知らずです。私は」
「僕は、そうは思いません。……えへへ、僕もアルカディアさんの無罪のために頑張りますね」
ふんすっ、と笑みを浮かべるシアを見て、ナルはホッと息を吐く。
「……えっと、それで……。と、あれ、そちらの方はお知り合いですか?」
「ん? …………は?」
ナルの言葉に振り返ると、胡乱な雰囲気の男が胡散臭い笑みを浮かべて「よっこいしょ」と俺達の近くの席に腰掛ける。
「……ジグ? いや、なんでここに」
「んー、まあ、ほら、ケーキ食いたいしな。あ、店員さーん、チョコレートケーキと紅茶お願いします」
いや……聞きたいのはどうやって脱出してきたって話だが……。
ジグは分かっているのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「いやぁ、アル。綺麗な嬢ちゃんを二人も侍らして羨ましいねえ。……と、よく見たら処刑人の嬢ちゃんか。また冤罪で捕らわれたら溜まったもんじゃねえから、ちゃんと言っとくか。脱獄じゃねえよ。ちゃんと正規の手順で冤罪が晴れて出てきたんだ」
目を見開くシアにジグはそう言い、処刑剣に手を構えたシアを軽く手で押さえる。
「……シア、おそらく脱獄ではないのは事実だ。俺たちが出てきてからそう時間は経っていない。騒ぎにもなっていないようだし、まぁ正規の手順かは分からないが、許可を得て穏当に出てきたのは確かだろう」
「……冤罪って」
「おー、そうそう。捕まって酷い目に遭った。冤罪フレンズのアルと話をしにきたんだ」
グッと歯噛みして何かを言い返そうとしたシアを軽く押さえる。
「……冤罪なのはおそらく事実だろう」
「えっ、あ、アルカディアさんまで」
「……手段というか、作戦が失敗しても逃げられる算段はつけておくものだ。……監獄に入り込むのに、罪を犯さずともわざと罪を被ればいい。まぁ、おそらくは監獄の職員側や衛兵にも手のものがいるんだろう」
「そそ。冤罪なのはマジでマジよ」
「っ……監獄を襲ったでしょう!」
「んー、いや、アレは俺がやったわけじゃねえし? むしろ攫われかけた被害者なわけで……」
シアが何かを言おうとしたが、俺はそれを遮ってジグを見る。
「……本題はそこじゃない。冤罪だろうとなかろうと、ジグと看守側のお互いがそれに同意しなければもみ消せる内容だろう。特に襲撃の首謀者ということにするのは簡単だ」
「お、やっぱりアルはなかなか切れるね」
「剣聖だからな」
「はは、まぁ、知りたがってるようだから教えるけどな。クーデターの決行日って今日なんだよ」
俺たち三人の空気が固まり、ジグは運ばれてきた黒いケーキに「うっひょー」と喜ぶ。
「ん? あ、何言ってるかよく分からなかったか? 簡単に言うと、今日、この国は終わる。まぁ、軍はマトモな政治も出来ないだろうから結構な数の役人は据え置きで、領地持ちの貴族の反感を買うと辛いからそっちはまんま放置でって具合でさ、実態はほとんど変わらないだろうけどな。国名と上の頭が変わるだけだ」
「……いやだとしても、それは」
シアはどうなる。役人はそのままと言ったが、領地を持っていない貴族に関しては何も言っていない。シアはどちらと判断されている。
嫌な汗が首から背中に垂れていく。
「……まぁ、クーデターは成功するわけだけどな。それでも、お前が怖い」
ジグはケーキにフォークを刺しながら、ゆっくりと口を開く。
「軍もお前を恐れている。クーデターが終わるまで。その最後の最後まで、お前が怖い」
ジグは口にケーキを運ぼうとして、けれどもまるでまったく食欲が湧かないように皿へと戻す。
「あるいは、クーデターが終わった後からですら、簡単に全てをひっくり返されかねない。軍の中だと、お前対策に寿命で死ぬ五十年後とかにしないかって話まで挙がるぐらいだ」
紅茶のカップに手をかけたジグはそれを動かすこともせずに俺を見る。
「頼むから、何もしないでくれ。それだけで……報酬はいくらでも払う」
「…………」
金は……正直なところ、ほしい。
俺だけならどうにでもなるし、どうにもならなくなってもいいが、ナルのことがあるので頷いてしまいたくはある。
「……何が不満だ。軍は元の居場所で、今まで従ってきたんだろう。利益にもなる。義にも反していない。なら」
「……シアが、俺の恩人が、政治で捻じ曲げられた罪で首を斬ることになりそうだ」
「その配慮を約束しよう。……俺と軍の間にある程度の繋がりがあるのは分かってるだろ。それぐらいなら一存で可能だ」
しがらみが……多い。シアとナルと、それからジグと俺。全員が違う思惑や考えがあり……望みが違う。
…………俺が優先すべきは、ナルだろう。
ナルの方を見て、それからジグに向かって口を開こうとした瞬間、ナルの左手が机に置かれる。
「それは嘘ですね」
一番、状況を把握していないはずのナルが、俺の返答を遮るようにそう口にした。
「……君は」
「ナマクラの剣聖アルカディアの右腕……いや、もう右腕はないんですけど。赤錆のナイエルです。……クーデターがどうというのは事実でしょうし、成功してほしいというのも、金銭の支払いもおそらく事実なのでしょう」
「……じゃあ、全部事実だろ?」
「軍との繋がりがあるというのは嘘ですね。…………アルカディアさんを戦場から逃すために動いていた時期があります。薄ら暗い繋がりも知っています。……あなたが言っているほどの繋がりがあるのだとしたら、私が知らないはずがありません」
「…………へえ。ああ、そう。でもさ、それを口にすることは彼にとってのことになると思う? 安寧を約束するのは事実だし、不満を抱きながら折れようとしてくれたんだぞ、アルは」
「……覗き見をしていましたね」
ナルは不愉快そうな表情を浮かべて呟く。
「私を人質にすれば、思うようにアルカディアさんを動かせると、そう考えましたか」
「……敵対せずにいれるという程度になら。……つっても、特別悪いって話でもないだろ? 冤罪かけて捕まえたやつとか、軍でこえーから使い潰そうとしたやつとかに比べて、俺は善良で話が通じるだろ?」
ナルは眉を顰めながらもジグの話に反論はしない。
俺はショートケーキに目をやって、それからシアとナルの二人を見る。
「…………【天命に紛う月夜の調べ】だったか。お前も契約している神」
「ん、ああ」
「俺に冤罪をかけたメリアと共謀しているらしい竜騎士も、同じく聞いたことのない神と契約しているようだった。……隣国は、神を創造する術を手に入れて、それはお前の手にも渡っている。……お前、隣国や教会と繋がっているな」
「…………」
「何が「冤罪をかけて捕まえたやつ」と、シアを見ながら言っている。それこそシアに冤罪を被せているだろうが」
「……多少、関わりがあるやつの悪行を全部俺のせいにはするなよ」
「どうだか。……俺を一番買っているのはお前なんだろう。冤罪をかけて価値を落とさせて安い値で買おうとするぐらいありそうな話だ」
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