断罪する慈悲の刃④

 返答はない。

 …………待てども、言い訳はない。


「……けど、俺に冤罪をかけたとか、どうでもいいんだ。回復魔法を持ってるだろ」

「…………なるほど」

「ナルに使わせろ」


 その言葉に反応したのはナルだった。パッと立ち上がったナルは俺に何かを言おうと口を開き、けれど何も言えないようにゆっくりと座り直す。


「……回復魔法を使ってるところを見たのか。まったくアイツは……いや、瞬殺されずに逃げきったことを褒めるべきか。あー、んー、いや、難しいな」

「そこの権限がないとは言わないだろ」

「まぁ、神の力ってのは結構ほいほい配れるものなんだけど、肝心の回復能力はかなり一時的なもんでな。多分、お前が切ったやつはもう死んでるぞ」


 ……真実を探ろうと目を向けるが、黒い瞳孔の内側に色が見えない。


「……疑うなよ。魔法で出したものって全部そんなもんだろ。水も火も土も消える。回復させた部位も。まぁ、止血とかには使えるし、将来的にはちょっとずつ生身と置き換えることで時間をかけての再生とかを考えてはいるらしいが……現段階では厳しい」

「……ナルの腕と目は」

「まぁ、良くて数年後ってところだな。けど、可能性はあるし、安全が保証出来るまでいけば必ず」


 …………シアの方は見ない。見れない。

 息を吐き出して、それからゆっくりと口を開く。


「……分かった。従おう」


 ジグは安堵したような、あるいは疲れ切ったような表情を浮かべて、背を深く椅子にもたれさせる。


 それから立ち上がって俺に笑みを向ける。


「よし、じゃあまた追って連絡する。あ、これは前金な。俺の私費だから契約とは無関係だから気にせず受け取ってくれ」


 ジャラジャラと金貨を俺の前に数えもせずに置き、どこか逃げるかのように去っていく。


 …………あんなに困っていた金の問題が……こんなにアッサリと。

 けれどもその金に手を伸ばすことも出来ずに俯いてしまう。


 顔を上げて、マトモにシアの顔を見ることもできない。


 …………俺は、今、シアを裏切った。今日、二度の裏切りをした。

 一度目は好意を抱いているのにナルに求婚をして、二度目は……今、こうして金を受け取った。


 ナルのためという言い訳から、シアのことを見捨てるという約束をした。


「……アルカディアさん」

「……」

「アルカディアさん」

「…………謗りも、罵倒も、全て受け入れよう。俺は……今まで散々世話になった、助けてもらい続けたシアを裏切った」

「アルカディアさん。顔を上げてください」


 殴られたりすることぐらいは覚悟して顔をあげると、白いものがグイッと俺の口に押し付けられる。


「美味しいですか?」というシアの問いを聞いて、ケーキを食べさせられたのだと遅れて気がつく。


「……甘い」

「よかったです。……クーデターは成功すると思いますか?」

「……するだろうな。……シアの、シアノークやエクセラ家がどうなるかは分からない。良くて粛清の片棒を担がされる。悪ければ……」


 家ごと皆殺しだ。

 ……俺はシアが死ぬことを、目の前で許容した。選択した。

 恩人と呼ぶべき、愛した人を殺す選択をした。


 ケーキを飲み込むことも出来ずにいると、シアは困ったように笑う。


「……ほっぺにクリームがついてます」

「シアが、付けたんだろ」

「ふふ、そうですね。……気にしなくていいですよ。元々、そういうことに巻き込まれやすい生業です。それに、アルカディアさんがどうこうという話でもないはずです。始めから無関係なわけで」

「…………俺には、シアを救う選択肢もあった」

「……ありませんよ。……ありません。なかったんです。……これからどうするかは、また父と相談しようと思いますけど。アルカディアさんは悪くないです」


 ……悪くないはずがないだろう。恩を仇で返すような真似をして。

 …………今すぐにでも、好きだと言いたい。抱きしめたいと思い……前を見ることも出来ずに俯く。


「……すまない」

「いいですよ。平気です。だって、私は……」


 シアは言葉を途切れさせて、それからまた俺の口に自分のケーキを押し付ける。


「こうなることぐらいは想定してましたよ。戦争に負けたんです。多くの人が傷ついて、亡くなって。自分だけが特別に傷つくことがないなんて、都合の良いことは考えてません」


 俺が言い負けたのか、それとも黙った方が都合がいいからか、押し黙ってシアの話を聞いていると、ナルが口を開く。


「居場所がなくなったら、一緒に来ませんか?」

「……へ? えっ」

「家ごと粛清される可能性はそこまで高くはないみたいですし。斬りたくない相手を斬るのが嫌なんだったら、一緒に逃げちゃいましょうよ」

「い、いや、その……私は、それしかしてこなくて……」

「私なんて目と腕が足りないので、もっと出来ることは少ないですよ。アルさんも、いいですよね」


 まさかナルからそんな提案が出ると思っていなかったので面食らっていると、ナルは俺に圧力をかけるように「いいですよね?」と繰り返す。


「……い、いや、それは……ちょっと問題あるんじゃないか? その、こんなことを言うと最悪だが、俺は異性としてシアを見ているわけで」

「浮気、するんですか?」

「いや、それはしない……んじゃないかなぁ。しないようにしようと、そう考えてはいるけど」

「……するんですか?」

「…………何を持って浮気というのかは分からないが……性的な目では、見ている」


 二人が「うわぁ……」という目で俺を見てくるが、それは理不尽ではないだろうか。


「いや、いや……仕方ないだろ。男なんだし、多少そういう目で見るぐらいあるだろ」

「……アルカディアさんのえっち。靴下フェチ」

「く、靴下……。どういうのが、お好みなんですか? その、次に会うときの参考にしようと……」

「違う。俺は靴下フェチではない……! が、そうか。履いてくれるのか」


 ナルのことはそういう目で見てはいないが……今後見るためには有用かもしれない。


 ……ナルの特徴というと、やはり長くて綺麗な黒髪だろうか。それに合わせるとしたらやはり黒色か白色……いや、イメージを変えるためにちょっと大人っぽい色とか子供っぽい色も……。


 布の質感や丈や模様も重要……ナルは細っこいシアに比べて健康的な太さがあるのでそれも見えるように……。


 と考えていると、再びナルが顔を赤くしていることに気がつく。


「……本当にお好きなんですね。初めて知りました」

「いや……そりゃ、まぁ、普通、女性の仲間にそういうことは話さないだろ」

「……おっぱいと靴下ですか?」

「……いや、まぁ、普通に、健全な男が好きなようなところはだいたい好きだけど……」

「ん、ん……了解しました。……アルさんが、他の人に目がいかないようにするという任務を、遂行します」


 そう言ったナルは顔を赤くしながら腕で胸の下の辺りを押さえて膨らみを強調して俺に見せる。ふにりと柔らかそうなそれに思わず見惚れていると、シアが面白くなさそうな表情を浮かべていた。


「……じゃあ、もしもの時は新婚さんの間に入っちゃうかもです」

「……ああ。俺も、努力する」


 何を……とは言わないが。

 シアは本当にいいのだろうか。ずっと真剣に志していた処刑人を諦めるようなことになっても。


 真意を確かめることは出来なかった。「お前のせいだ」と言われるのが怖くて、聞くことが出来ずに、誤魔化すようにナルの口にケーキを運ぶのだった。

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