断罪する慈悲の刃⑤

 ナルと別れて監獄に戻る。普段と何も変わらない光景だったが……それから数時間が経過して、バタバタと忙しなく人が行き交う音が聞こえ始める。


「……早いもんだな」


 まぁ、俺が国側についても、俺が助けに着いた頃には全て終わっているような時間にジグも声をかけてきたのだろうし、こんなものか。


 今まさに、歴史が動いているのだろう。王が死に、新たな王が国を簒奪する。国名も変わることだろうし、その混乱に乗じてまた攻め込まれる可能性も高い。


 ……そんな国の破滅の中、俺が考えているのは……俺が傷つけたひとりの少女のことだ。


「……シア」


 俺にとって、大切なのは国ではなく周りの人だけだ。ナルに求婚していたとき、シアはどんな表情をしていたのだろうか。


 あるいはナルのためにシアを助けないという選択をした時……どんな気持ちだったのだろうか。


 後悔は……ある。ないはずがない。

 守りたいと思った人を切り捨てて……俺は何がしたいんだ。


 口に残ったケーキの甘ったるさが気持ち悪くて、頭をガリガリと掻く。

 しっかりしないとナルのことを守れないと分かりつつも、今日だけはあまり冷静になれそうにない。


 本当に……ナルが言ったようにシアを連れ出してしまおうか。

 ……いや、それはシアの意思をちゃんと考えていないかもしれない。


「……はあ」


 シアは人に気を遣いすぎていて、本当はどうしたいのかが分からない。粛清のための処刑をするのと、家を出奔するの、どちらの方がシアにとってマシなのか。


 ぐったりとベッドに寝転がっていると扉からノックの音が聞こえて適当に返事をする。


「シアか? 入って大丈夫だぞ」

「……じゃあ、お邪魔するね」


 あれ、いつもの子供っぽい敬語じゃない……と思って開けられた扉の方に目を向けると、黒い修道服と金の髪をした女性が軽い笑みを浮かべながら部屋に入ってくる。


「お久しぶり……というほどじゃないかな。アルカディアくん」

「……メリア。なんでここに……」

「ほら、この前は看守さんがすぐに面会を終わらせちゃったから」


 俺を裏切った聖女のメリアが、当然の権利かのように部屋の中に入ってきて、ベッドにポスリと腰掛ける。


 まるで裏切りがなかったかのように感じるほど、あまりにいつも通りの様子に敵意を向けることも忘れてしまう。


「……何の話をしにきたんだ」

「あ、んー、そうだね。助けてほしいなって」

「…………はぁ?」

「今さ、ちょっと困ってるから、ここから出てしばらく護衛してほしいなって」


 メリアは当然俺が引き受けるだろうとばかりに笑みを浮かべるが……まるで意味が分からなかった。


 裏切り、ハメて、俺を殺そうとして……それで、まるで俺がそれでもメリアに尽くすことが前提のように振る舞っている。


 ジグのような駆け引きとかを感じさせる言い方ではなく、俺が当然そうするだろうと思っている異様な様子。


「……いや、メリア、なんで俺がお前を守ると思ってるんだ」

「えっ、だって、困ってるし」

「いや、メリアが困っていようと関係ないというか。裏切っただろ」

「裏切ってないよ」

「いや、いや……俺に冤罪を被せただろ。それで俺と結婚する約束も破って他の男と婚約して」

「……愛してるって言ったのに嘘だったの? 最低」


 ……いや、まるで意味が分からない。

 なんで俺が最低と言われているんだ。


「……愛してるとは言ったが、それは昔の話だろ。裏切られても愛し続けるとか無理だろ、普通」

「そうやって嘘を吐くから私も仕返したんだよ」

「いや……時系列めちゃくちゃだ」


 ここまで話が通じないやつだっただろうか……と考えたが、思い出すと付き合っていた頃は揉めそうになる前に毎回俺が折れていたことを思い出す。


 そういや、謝っている姿を見たことがない気がする。


「嘘ついたの許してあげるから護衛してよ」

「……マジか。…………ああ、いや、元から、割とこういうやつだったような気もする」


 聖女としてひたすら周りに甘やかされて育ち……何かあったら周りの人が悪かったと謝ることに慣れている。

 何があっても自分が悪いと思うことはなく、常に被害者意識が思考の中心にあるような……。


 ああ、俺……見る目がなかったな。そりゃ、ナルも心配になるだろう。


「ほら、行くよ」

「行くわけねえだろ……。おおかた、内通していた他国のやつと連絡が取れなくなって、クーデターの話を聞いてビビったってところか」

「……知ってたの」

「何がだ?」

「知ってたのに黙ってたの!?」

「いや、だから……」

「卑怯者! さいってい!」


 …………ああ、話が通じない。どう考えてもメリアの怒りは時系列がめちゃくちゃだろう。


 なんで自分から裏切っておいて俺が悪いと思っているのかも俺には分からないが、どうやらメリアは本気で俺が悪いと思い込んでいる。


 ……そもそも、なんで怒っているのだろうと考えながら、喚くメリアの方を見る。


 ああ……黙って聞いているとなんだかんだ理解出来てくる。勝ち馬の貴族に嫁いだつもりが国が軍に乗っ取られたことで敗者になって、メリアはそれが不満らしい。


 俺が捨てられたのも、戦争に負けたあとナルのことがあって落ち込んで帰ってきたから……敗者であり弱者だと認識されたからだ。


「は、はは」


 笑えてくる。

 なんで裏切られたのか、こんなに苦しんだのか、やっと理解した。


 俺が弱かったからだ。メリアは常に勝者の方にいこうとしていて、戦時中は武力のある俺で、それが終われば貴族の坊ちゃんかあるいは他国の人間で、クーデターが起きて国が荒れたらまた俺に鉢がまわってきたということだ。


「……だから、一緒にきて。手続きぐらいはしてあげるから」

「……なんか、メリアってナルとかシアと同じ生き物には見えないよな」


 思ったことを口にすると、メリアは不思議そうな表情で俺を見る。


「好きな子が出来たんだ。守らないといけない子も。だから……メリアと一緒にいることは出来ない。ごめんな」

「……何言ってるの。私が頭を下げて頼んでるのに」

「いや、下げてないし……。というか、そういう問題じゃなくてな。……俺に冤罪をかけたことは、怒ってない。もちろん殺人に関してはちゃんと罰を受けるべきと思っているけどな」

「……じゃあ何。当てつけ?」

「だから、やることが出来たからだ。……メリアもさ、あんまり悪だくみばかりせずに自首したらどうだ」

「っ……そんなことを持ち出して卑怯者! 言い訳ばかりして!」


 いや……どう考えても卑怯じゃないだろ。

 どうにも冷めた目で見てしまって感情的に反論する気にもならない。


 どうやって場を納めたものかと考えていると開きっぱなしだった扉から、むすっとした表情のシアが入ってくる。


「……聖女さま。監獄への無断での侵入は重罪ですよ。今すぐにお引き取りを」

「私を誰だと……っ!」

「…………先ほど、アルカディアさんに冤罪を被せたことに対して肯定するようなことを口にしましたね」

「っ……」

「お引き取りを」


 シアを睨んだメリアは「覚えておきなさい」と捨て台詞を口にしてから、扉の前にいたシアを突き飛ばして出ていく。


 俺が慌てて倒れそうになるシアを支えて、腕の中にいるシアを見つめる。


「怪我はないか?」

「……アルカディアさん」

「どうした?」

「女性の趣味が悪いです」

「……反論は難しいな」

「ナルさんよりもあの人を選んでいた時期があるって正気ですか。そんなに……そんなに大きいおっぱいが好きですか」

「いや……そういうわけじゃなくて、ナルと出会った頃にはもう付き合っていたからで……」


 シアは「これだからおっぱい星人は……」と呆れたようなため息を吐く。


 ……なんか、シアの中の俺、剣筋フェチの靴下に欲情するおっぱい星人になってるんだが……。


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