断罪する慈悲の刃②

「軍服とか軍帽、目立ちそうだが嫌な思いはしてないか?」

「……こんな怪我をしている時点で悪目立ちはします」


 まぁ……そういうものか。

 俺とシアでどこかの店に入っても大した注目を浴びたことはないが、ナルと一緒にいる今日は店員や他の客からの視線がやってくる。


「気に入ってるのか?」

「……着慣れているので。すみません、プロポーズを受けるなら、もっと可愛らしい服を仕立てて……」

「金あるのか?」

「……ないです」

「だよな。……まぁ、ナルらしくていいと思うけどな」


 ナルは不思議そうに首を傾げて、俺はナルが座ろうとした席を軽く引く。


「……片手でも席ぐらい引けますよ」

「悪い」

「気にしなくていいですよ、ナルさん。アルカディアさんは靴下を見るためにその位置にいっただけなので」

「余計なことを言うな……。違うからな」

「く、靴下?」

「……気にするな。シアの世迷言だ。だいたい……そりゃちょっとは興奮するけども、するけども……普通に胸とかの方が好きだからな」


 俺がそう言うと、ナルは恥じらうように自分の胸の膨らみを片腕で隠す。


「……す、すみません。面白みがない身体で」

「いやいい。ナルはそれでいいんだ……」

「そ、そうですか。……は、はい」


 ナルはゆっくりと隠していた腕を退けて、軽く俯く。


「店内でするような話じゃないな……」


 それに、改めて見るとそこそこ……羽織った軍服の上からでも人並みよりもあるように見える。

 特別大きいというほどではないが、注目をすれば見てしまうような形……と考えてから目を逸らす。


「アルカディアさん……」

「やめろシア、俺をそんな目で見るな。……それにしても、かなり高いな」

「……」

「誤魔化そうとしてるんだから乗ってくれよ」

「そうですね。まぁこのご時世に嗜好品なので割高なのは仕方ないかもです」


 金が足りないということはないが、少し表情が固くなる感覚がする。


「……あの、アルさん、これ、本当に頼むんですか? ……今なら席を立っても命までは取られないと思いますよ。たぶん」

「ナルさん、ケーキ屋さんで命のやりとりは発生しません」

「……食事とは、命を奪うという営みでは?」

「さては変な人ですね。アルカディアさんの相棒をやっていたということを忘れてました」


 いやしかし……高い。払えない額ではないが、一回の食事に使う額と考えるとかなり痛い。


 ナルと目を合わせて二人して頷く。


「……俺たちは二人でひとつでいいか」

「ですね。あっ、どれにしますか? アルさんに決めていただけたら」

「どれと言われても俺は文字読めないしな……」

「えっと……私も達者ではないのですが……ショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ……あとはよく分からないのが並んでますね」

「……理解出来る単語がチーズしかねえ」

「……チーズ、いきます?」


 いくか、チーズ……。いや、でも、なんか怖いな……。


「……そもそもなんだが。そのチーズってのは本当に俺たちが知っているチーズなのか?」

「!?」

「あれってしょっぱいだろ。それで、ケーキは甘いらしい。……別のものじゃないか?」

「確かに……。事前情報との食い違いがありますね。では、チーズとはいったい……」

「……チーズとは……もしかして鶏油チーユ頭の略語じゃないか?」

「!?」

「油には甘味がある。鶏を一頭まるまる油で揚げたケーキ……それがチーズケーキなんじゃないか」

「な、なるほど……高いのも納得ですね。限られた情報からここまでの推理をするとは、流石は剣聖です」


 よせやい。褒めるな。

 と思っているとシアは首を横に振る。


「いや、チーズであってますよ。チーズは別に塩とか入れてないとしょっぱくはないですからね」

「……それは盲点だったな。……甘いチーズか……想像出来ないな」

「……怖いですね。これにしますか? ……そろそろ注文を決めないと、店主に無礼討ちされる可能性ありますよ」

「ないですよ」


 まぁ迷っていても仕方ない。でも、甘いチーズはなんか怖いな……知らない言葉も怖いけど。と思っているとシアが呆れたように口を開く。


「ケーキを食べてみたい。という目的なら、ショートケーキがいいと思います。多くの人がケーキと聞いて思い浮かべるのはこれですから」

「……ショートってなんだ? 新手の魔物か?」

「……ショートケーキは、生クリームと苺のケーキですよ」


 苺という言葉を聞き、一瞬だけナルの目が輝き、それを誤魔化すように咳き込む。


「……アルさんはどう思います?」

「まぁ、うだうだ悩んでいても仕方ないし、ナルも苺を食べたいようだからこれにするか」

「んん、た、食べたいとは言ってないですけど」


 シアは冷めた目で俺たちを見て、店員を呼んでショートケーキをふたつ注文する。


「……別に、僕がお金を払うので一人一つずつ頼んでも大丈夫ですよ」

「いや……こんなに高価なものを施してもらうわけにはいきません。しかし、この散財に付き合わせて申し訳ないですね」

「いや……これくらいなら全然」


 やっぱり貴族のお嬢様は金銭感覚が違うな。しばらく待っていると、ふわふわとしたパンに白いクリームと苺が乗ったものが運ばれてくる。


「お、おお……おおお」

「こ、これは……ま、まるで、あれ、なんか白くて赤くて……なんか、ほら、あれです」

「……例えが下手すぎです」


 しばらくナルと二人でケーキを眺める。

 柔らかそうなパンのような生地とクリームと苺が何層にもなっており、ふわふわとした見た目は今まで見てきた食べ物とは大きく違った。


 甘い匂いは苺と白いクリームのものだろうか。美味そうとか、良い匂いとかよりも先に驚きや好奇心がくる。


「……そういや、ナル、ちゃんと食べられるか?」

「……あまり慣れてない腕なので……ゆっくりなら。その、こぼしてしまうかもしれませんが」

「……これをこぼすのは勿体無いな。……フォークも一つだけだし」


 先に食べ始めたシアに倣ってフォークですっとケーキを切ってそれをナルの口元に運ぶ。


 ナルは顔を赤らめながらパクりとそれを食べて、きょとんとした顔をする。


「……ど、どうした?」

「あ、甘い。とても、とても甘いです。それに柔らかくてふわふわで……噛めば苺の甘酸っぱさも口に広がって……。美味しい、です」


 そんな反応をするほどにか……と、思っていると、ナルはポロポロと涙をこぼし始める。


「えっ、あっ、だ、大丈夫か!? そ、そこまで美味かったのか!?」

「い、いえ……そ、その、生きていて、よかったって……思って、しまいまして」

「そのレベルでか!?」

「ち、違うんです。……また、こうしてアルさんと話せると、思っていなかったので。……甘いのもあって、急に……すみません」

「…………そうか。もう一口食べるか?」


 ナルは顔を赤くして俯きながら、コクリと頷く。

 可愛らしいなと思いながらもう一度ナルに食べさせると、じっとシアがこちらを見ていることに気がつく。


「……僕のことはお気になさらず。アルティメットダークデスキマイラがなんか同席してるだけとでも思ってください」

「アルティメットダークデスキマイラが同席してたら気にする気にしないの問題じゃないだろ……。いや、アルティメットダークデスキマイラってなんだ。知らないんだけど怖い。なんかデスってついてるし」


 見たこともないぐらい表情を幸福で綻ばせていたナルはシアの方を向いて、ハッとしたように表情を凛々しいものに変えるが……もう遅いと思う。

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