断罪する慈悲の刃①

 成功と言っていいのか分からない求婚。

 シアの方を向くと、シアは俺の視線に怯えるようにぴくっと肩を揺らして誤魔化すように笑みを作る。


「あ、お、おめでとうございます! そ……の、ぼ、僕も頑張りますね! 無罪を勝ち取れるようにとか、働ける場所を用意したりだとか……あ、はは」

「……悪い」

「いえ。……で、デート楽しんでくださいね! その、ほら、僕は……デートに着いてきたお母さんとでも思ってください!」

「……それは気まずさが増さないか。いや、母親いないから分からないけど」

「……まぁ、はい」


 俺とシアが微妙な距離のまま話していると、ナルは落ち着こうとしているのか俺から目を逸らしてフラフラと歩く。

 ……話しかけるのもどこか憚られ、はぐれないように着いて歩く。


 結婚するのか。……メリアとするつもりだったが、人生とは分からないものだな。

 メリアと婚約していて、シアに惚れて、いざ結婚するのはナル。


 俺に不満なんてあるはずもないが、どこか地に足付かない感覚があり、どこか他人事のように自分の境遇を考えるだけの余裕があった。


 ……まぁ、今日は予定通りケーキを食べにいって……明日から無罪やら恩赦やらを勝ち取るために動けばいいか。


「適当に無罪をもらえたらいいんだがなぁ」

「……アルカディアさん、回復魔法はいいんですか?」

「……よくはないが、どう考えても機密中の機密だろうしなぁ。手がかりは他にないわけでもないが」

「手がかり……ですか?」

「ああ、ジグが【天命に紛う月夜の調べ】という聞いたこともない神と契約したそうだ」

「てんめ……? ん、んー、知らない神様ですね」

「持っている力はコイントスで表を出すとか、なんとなく運をよくするだとか……都合の良い力だそうだ」


 シアは不思議そうに首を傾げる。


「……えっと、それがどう繋がってるんですか?」

「魔法は人が神の力を借りて、神の力を理屈で変質させることで発動するものだ。回復魔法が作れなかったのは、生き物の身体が複雑で理屈をまとめられないのだとしたら、神の方を変えたらいい」

「……まさか」

「運命を操作する神と、回復魔法の神。それほど人に都合がいい存在を、今まで人が知らずにいたのはおかしい」


 前を歩いていて振り返ったナルが不審に思わないように軽く手を挙げて笑みを作る。


 ナルは「結婚をする」ということを意識したのかパッと顔を隠すようにしたあと、ゆっくりと振り返り直して手を挙げ、にへーっとどこか間の向けた笑顔を浮かべた。


「……帝国か教会かジグか。あるいはその中の複数が「人工的に神を作る技術を開発した」と考えるのが自然だろう」

「いや……でも……そんな……」

「光神の再臨とは、つまり、そのままの意味だったのかもな。まぁ、資料も残ってないし、あれだけの手練れが証拠を隠滅しにきたことを考えると、マトモに調べることも出来なさそうだが」


 ……いずれにせよ、俺はここで脱落だ。

 手負いのナルから離れて帝国と一戦を交えるわけにはいかないので、あとはこっちの軍が頑張って技術を奪ってくれるのを期待して待っているだけでいいだろう。


「そうですか……」

「まぁ、何にせよ。俺はこの件からは手を引く。ナルと結婚することだし、リスクは負えない」

「……はい。僕も……アルカディアさんのことが終わったら、大人しく仕事をしようと思います」

「…………何から何まで、悪いな」

「いえ、元々こちらが悪いので。幸せになってくださいね」


 別に幸せになるための結婚でもないが……まぁ、すぐそこにナルがいる状況で強く否定する意味もないだろう。


 引き留めてほしいと、ほんの少し心の奥底で考えるような女々しさを振り払って少し歩調を早める。

 ナルに追いつくと、彼女はほんの少し表情を明るくしたあとまた小雨に合わせるかのように薄く曇らせる。


「その、ごめんなさい」

「どうしたんだ?」

「……なんだか、申し訳ないことをしたのに、嬉しくて」

「…………喜ぶようなことでもないだろ。これから、二人で行き倒れるかもしれないんだぞ」

「……次こそ、最期までお供します」

「次も背負うからな。……あー、結婚式といったら教会か……聖女に裏切られたからな。あんまり寄りつきたくない」

「いいですよ。しなくて」


 ナルの目は「俺さえいたらいい」と言いたげで、けれども言えずにいるように見える。

 ゆっくりと手の甲をナルの手に当てて、逃げる素振りがないその手を握る。


「あ、そ、その……往来で、手を握るなんて」

「……痛くはないか?」

「えっ、そ、そんなに強くは握られてないです」

「もう片方の腕と片目」

「あっ……それは、その、脈を打つような痛みがありますけど、これはずっとで……。そ、それより、私の手なんて握ったら、こんな傷だらけの女の手を握って……変に思われます」

「……別にいいだろ」

「……別にいいんですか」


 何か変な会話をしているな、と思って少し笑うとナルは俺を見て笑い返す。


「すみません。意識ばかりして、普段通り話せなくて」

「いや、普段の会話なんて戦場での状況確認ばかりだったんだから、そんな話はもうしなくていいだろ。……俺たちらしくない話をしよう」

「……と、言いますと」

「ほら、なんか……イチャイチャ?」

「……承知しました。イチャイチャをします」


 えっするのか? ナルと……?

 いや、まぁ結婚の約束をしたわけだし、知らぬ仲でもない。


 だが……俺の中のナルはまだ戦場で頼りになる相棒というイメージで……。覚悟を決めてナルと向き合う。


 片目を包帯で覆っているが、均整の取れた顔立ちと恥じらうような表情は可愛らしい。

 ……けれども怪我をさせた仲間にそういう目を向けるということや、すぐそこにいるシアか気になって恋愛感情を向けるまでにならない。


 どうしようかと思っていると、ナルはゆっくりと口を開く。


「え、えっと。……い、いちゃいちゃー」

「……ふ、なんだよそれ」

「わ、笑わないでくださいっ! が、頑張ったんです! それならアルさんは上手く出来るんですか!」

「悪い悪い。……俺はもっと上手く出来るぞ。ほら、いくぞ、いちゃいちゃー」

「もう! からかわないでくださいよっ!」

「……じゃあ、キスでもするか?」

「……こ、こんなところでは、人に見られてしまいます」


 だよな、と笑いかけるとまたからかわれたと思ったのかナルは不満そうな表情をして、それを見ていたシアは気まずそうに俺から目を逸らす。


「ぼ、僕のことはお気になさらず。通りすがりの野良犬……二足歩行の野良犬が近くにいるとでも思ってキスをしていてください」

「そんなのいたらめちゃくちゃ気になるだろ……。流石に、今日のことすぎてすぐに手を出したりはしない」

「本当に気を使わなくてもいいんですよ?」

「……俺の方も、頭の中を切り替えたい」


 シアの言うような下品な目をナルに向けるのは難しいかもしれないが……正直、ナルは少し親しすぎてキスとかしにくい。なんというか、いたことはないけど妹に手を出しているような罪悪感がある。


「でもほら、胸の膨らみとか見たらムラっとくるものとかありませんか?」

「……気にしてなかった」

「これは重症ですね」


 まぁ……確かに言われてみれば柔らかそうで女性らしさを感じる。少しではあるがくるものがある。……と思っていると、ナルは俺の視線に気がついたのか恥じらうような表情を浮かべる。

 ……見過ぎたか。


 そうしている間に店がたくさんある通りに着き、小雨から逃げるようにケーキが売っているらしい店に入った。

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