追放された剣聖は断頭台から成り上がる〜恋人だった聖女に裏切られた【ナマクラ】の剣聖は、英雄も魔王も、神すらも斬り捨てる〜

ウサギ様

儀礼剣のシアノーク、ナマクラのアルカディア

錆びたナマクラ①

「……強い。あまりに、強すぎる」


 【鈍刀ナマクラの剣聖】……アルカディア・ロスムルは優しい人だ。

 剣聖、この国において最強のひとりであるという称号を持っているわりに身体は華奢で顔立ちは柔らかい。


「冤罪」によって捕まっていたときでさえ感情を露わにして怒ることがなく、むしろ話しているこちらが落ち着くような……そんな人だった。


 それでも剣聖なので本気で戦えば強いのだということは知っていたし、身近で見てきたつもりだった。

 そう思ってはいたけれど……ここまで、これほどまでに強いとは想像だにしていなかった。


 まるで雑兵のように倒れ伏しているのは、彼と同じく【剣聖】の称号を持つ者や、【賢者】やあるいは他国の竜騎士……いずれも、先の戦乱の時代を覇した英雄達。


 一騎当千の猛者達が、揃って子供のようにあしらわれた。


「は……な、何が……」


 彼等を従えていた男の人が、目の前の光景を疑うように口にする。当然だろう、夢と疑うだろう。誰だってそうだ、目の前で起こったことを信じられるはずがない。


「斬った」


 簡潔に答えたナマクラの剣聖アルカディア、その人を除いて。


 鈍刀……切れ味の鈍い刀という、剣聖という称号には似合わない蔑称のような二つ名。他の剣聖が【聖剣】や【魔剣】といかにも煌びやかなものと比べて妙に映る。


 彼は「補給もない前線でロクな武器もない状況で戦い続けていたから」と自分の二つ名を説明していたが、そうではないことを理解する。


 生まれも定かではない彼に剣聖という席を渡したくなく、けれども圧倒的な強さから渡さざるを得なかった。けれども、それでも見下すために付けた二つ名が「鈍刀」……言ってしまえば、ただの負け惜しみだ。


 一国を相手に苦し紛れの負け惜しみ・・・・・・・・・を言わせて、その負け惜しみを称号にした人。それこそが……アルカディア、彼なのだと、やっと気がついた。


 そんな彼はいつもの調子でこちらに手を向ける。


「……平気か?」


 ああ……この人は、こんな小娘ひとりを助けるために、こんなたくさんの人と戦ったのか。……自分が冤罪で死刑になりかけようとも戦わなかったのに。


 彼は勝ったというのにどこか寂しそうで、こんなにも強いのにひどく儚げだ。


 強さに関心を払うのよりも、助かったことに安堵するよりも、その寂しそうなところが気になってしまうのは……きっと、きっと…………ああ、彼のことが、好きだからだろう。


 好きなのだ、と理解して、その手を握る。


「……めちゃくちゃです」

「そうだな」

「国外追放待ったなしです」

「だろうな」

「……一緒に、逃げてくれますか?」


 彼は少し驚いたような表情を浮かべてから微笑む。



「ああ。どこにでも、どこまでも、君となら」


 二人の逃避行は、血生臭い断頭台の上から始まった。

 彼の手を握って、少しだけ前のことを思い出しながら、アテもなく歩き始めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇





「アルカディアさん。朝ですよ」


 鈴を転がしたような綺麗な声が聞こえて目を開ける。

 監獄……それも死刑囚が入れられているような場所には似つかわしくない幼さの残る少女は、目を覚ました俺を見て困ったように笑う。


「あ、おはようございます」

「……こんな牢獄で朝も夜もないだろ。あー、眠い。死刑の準備出来たら起こして」

「そんなカジュアルに言うことじゃないです……」


 俺がもう一度目を閉じてゴロリと寝転がると少女は「あー、もー」と怒ったような呆れたような声を出して廊下の鍵をカチャカチャと開けて無警戒に中に入ってきて俺の肩を揺さぶる。


「おーきーてーくーだーさーいー!」

「……いつも言ってるけど、鉄格子の中に入ってくるなよ」


 仕方なく体を起こし、壁に背を付けてもたれかかる。

 俺……現在絶賛死刑囚として収監されているアルカディア・ロスムルを呑気に起こしにきた少女に目を向ける。


 若いというよりも幼さの残る顔立ち、無警戒な表情、綺麗な服と……何から何までこの監獄とは不似合いな少女の名はシアノーク・エクセラ。


 幼いながらも美しさのある端正な顔立ち。教会で聖女とでも崇められていそうな清廉な容貌をしているが……その背には少女の体にはあまりに大きすぎる処刑剣を背負っていた。


 花畑で蝶々でも追いかけていれば良さそうな少女だが、紛れもなくこの監獄の職員…………それどころか、その汚れを知らい白く細い腕で罪人の首を断ち切る「処刑人」である。


 そんな「処刑人」さんは俺の言葉にこてりと首を傾げる。


「まったくもう、アルカディアさんったら色気づいちゃって」

「そんなお母さんみたいなノリで話しかけないで……」

「とにかく、ご飯の時間ですよ」

「ああ、あの餌ね。マズいからいらない」


 俺がそう言いながらベッドに転がると、シアノークはぽすぽすと俺の頭を叩く。


「アルカディアさんがいつもワガママを言うので仕方なく作ってきましたよ。ほら、どうぞ」


 お盆に乗せられた朝食を見てため息を吐く。確かにいつもの雑な食事とは違うが、皿に乗っているものはどこか不恰好だ。


 料理に不慣れなのだろう。出来上がりの時間を考えていないからか、冷めているものと熱いものが同じお盆に乗せられていて……深くため息を吐く。


「まず前提として、囚人の世話を焼くな。自費を使うな。一番重要なものとして……」


 食事用の小さなナイフを手に取って、シアノークのその刃を向ける。


「刃物を俺に渡すな。ナイフのひとつがあれば、お前の首を掻き斬って鉄格子やらなんやらを全部斬り裂いて鼻歌でも歌いながら散歩に出ることも容易なことだ」

「またまたー。そう言って全然出ないじゃないですか」

「気が向かないだけだ」


 そう言いながらナイフを料理に入れて斬り分ける。

 シアノークは俺が料理を口に運ぶのを今か今かとばかりに見つめてくる。


「……よくもまぁ、死刑囚にこんな肩入れ出来るな。こんな調子で首を落とせるのか?」


 俺が尋ねるとシアノークは心底不思議そうな表情で俺を見返して首を傾げた。


 この国の処刑人の正装である。神官の儀礼衣装と役人の仕事着を合わせてそこに女性らしさをいれたような厳かな服装。

 シアノークはその服装には到底似合わないような子供っぽい表情で綺麗な色の唇を動かした。


「落とさないですよ? だって、あの貴族の方を殺したのはアルカディアさんじゃないでしょう?」


 まるで当然のことのようにシアノークは口にして、フォークを手に持って料理を俺の口に運ぶ。


「僕の家であるエクセラ家は、これでも三大要家のひとつに数えられていてですね」

「貴族とかの三大なんとか家みたいなの多すぎてよく分からないから寝てていいか?」

「簡単に説明すると、エクセラ家は不敬権というものを持っていて王族でも首を斬れます。それほどの強権を持っている、だからこそ細心の注意を払って処罰を下します。……アルカディアさんは殺していません」


 口に運ばれた料理を食べる。妙に甘ったるくて……嫌になる。

 俺と目線を合わせるために膝を付いたせいで、シアノークの質の良さそうな服が汚れていた。


「そんな名家のお嬢様が、こんなのに構ってるんじゃねえよ。……俺が無実であろうとなかろうと、どちらでも構いはしないことだろう。無実の人間なんか、今この瞬間にも魔物やらに襲われて死んでいる、それと何が違うんだ」

「冤罪は決して許されないからです。無実の人間を裁けば、国家は規模の大きい野盗に成り下がります。規模の大きい野盗となれば当然のように法や隣人を守ることへの利益はなくなり、結果として国全体の利益が大幅に下がるからです」

「……バレやしないだろ。むしろ、本当の犯人が厄介な人物だった方が……」


 と、言いかけた口を閉じてシアノークの手からフォークを取って料理をガツガツと口の中に運ぶ。

 空になった皿をシアノークに押しつけながら言う。


「ごちそうさん。美味かった」

「本当ですか? よかった。また作ってきますね」

「いや、最後の食事にしたいぐらい美味だったから、もういい。処刑の日まで食事はいらない」

「……死にゆく自分が食事をとっても意味がないから……ですか?」


 シアノークの言葉に答えずにいると、シアノークは言葉を続ける。


「貴方は死にません。死なせません。エクセラ家の誇りにかけて、真の犯人を見つけ出します。……またお昼に、ご飯を持ってきます」


 去っていくシアノークを横目で見ながらベッドに寝転び直す。……たぶん、シアノークはいい子なのだろう。優しくて真面目なのだろう。


 だからこそ……面倒だった。俺はもう、生きるのが面倒になっているというのに、助けようとしてその誠実さを鬱陶しく思った。


 石壁に向かってため息を吐く。

 ……ここから生きて出たとして、俺に行き場などない。行き場があったとしてもそこに向かう意志もない。

 窓から漏れ出た朝日に手を伸ばして、かつての日を思い出す。眩いばかりで、心地の良さもない光だ。




 俺は戦場に落ちた屑鉄を拾って育ってきた。死体の着ている鎧や剣や矢はだいたいが兵士達に回収していき、それでも見つからずに残ったものは大人の屑鉄拾いが先に取っていく。


 欠けて錆びた鉄片は、目線の高い大人では土の色と見分けが付きにくいらしくよく残っていた。


 あとは見つからずに放置された腐乱死体に刺さった矢なども良い値がついた。


 腹が空いて仕方がなかったその日……聖女に出会った。俺よりも幾分か大人の、けれども少女と呼ばれる年齢の修道女で……彼女からは俺に手を差し伸べたんだ。


 俺を「裏切った女」をみじめったらしく忘れられずにいる。ため息も出ないと思っていると、数人の足音が聞こえてきたのでそちらに目を向ける。


「ナマクラ、出ろ。面会だ」


 役人の制服を着た数名の男の姿を見て目を閉じる。


「おい。聞いているのか! ナマクラ!」


 刺又を持った数人の男が鉄格子越しに俺を威圧し、不愉快さに眉を顰めてから口を開ける。


「……一昨日の晩飯、骨の付いた鳥肉だったな」

「早く出ろと──」


 俺は座ったまま腕を振るい、手に持った「削った鳥の骨」によって鉄格子ごと役人の男が持っている刺又を斬り落とす。


「──は?」


 手に持っている鳥の骨を見せびらかして、牢屋の中に放る。

 恐怖よりも先に困惑がきたのか、しばらくの間瞬きを繰り返して、それからやっと怯えて後ろに下がる。


「牢屋から出たければ出る。出たくなければ出ない。……俺は剣聖、鈍刀ナマクラのアルカディアだ。ゴミみたいな刃物でもあれば全てを斬り払える。……ここから出るつもりはない。失せろ」

「ッッ……!?」


 男達が数歩引いたところで、廊下からパタパタパタと軽い駆け足が聞こえてきたと思うと、すぐにシアノークがひょこりと顔を出す。


「こらーっ! ワガママ言って困らせないっ!」

「し、シアノーク……」

「それに刺又も鉄格子もただじゃないんですよ! まったく……」


 俺に怒るシアノークを見て、男達は怯えた様子で声をかける。


「え、エクセラ殿……き、危険です」

「ほら、アルカディアさん。ごめんなさい出来ますか? ごめんなさい」

「お、俺はナマクラのアルカディア……」

「ほら、ごめんなさいしてください」


 シアノークから目を逸らすと、シアノークはガチャガチャと鍵を開けて入ってきたと思うと俺の服を引っ張る。

 目を逸らして逃げようとするもシアノークは俺の顔をじーっと覗き込んでくる。


「ご、ごめんなさい……」

「よし。いい子です」

「俺はシアノークより年上なんだが……」

「いいから。いきますよ。せっかくかの聖女様が面会に来てくれたというのに……」


 ……聖女? いったい、何をしに……。

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