二対一

 一点の濁りもない清らかなる青色。このラストエターニアが仮想空間である以上、それは自然が生み出したのではなく、人為的に作られたもの。大鎌を肩に担ぐ女性と、奇襲されても応戦できる間合いを維持する騎士風の男性もまた、生き長らえるために偽者の肉体を与えられている。


 けれども、そこに宿る魂は誰かにプログラムされたデータではない。ローライトを消さなければならないと思うエリゴスの思考は、彼だけのモノだ。他人の書いたシナリオに沿って行動するのではなく、胸の内側からそうしたい欲が生まれ、偽者の肉体を操作している。

 電子化によりメリアの隣まで移動すると、緊張に指先まで硬直させていたメリアの瞳が、さっと増援に駆けつけたエリゴスを一瞥した。


「アーちゃんはどうなった?」

「消してません」

「そりゃわかるって。消えてない、でいいんだよね?」


 質問の意図を理解して、エリゴスが頷く。


「生きていますよ。まだ薬を服用した回数が少なかったからでしょう。一緒にいた二人の兵士は耐えられなかったようですが」

「こっちは全滅してくれちゃってさ。おかげでローちゃんと一騎打ちしてんだけど、ご覧の通り。絶賛苦戦中って感じ」

「なら、自分も手を貸します。あとはこいつだけなんで」


 殺意の塊とも呼ぶべき小太刀を両手に、視線の先にいる男を捉える。

 男は二人分の殺気を受けても悠然としていた。拳に収められる柄の先を向けたりもせず、戦う気がないと言わんばかりに剣尖は地上におろされている。

 静かに敵存在を観察する男は隙だらけだった。明らかな罠だ。踏み込めば返り討ちに遭う可能性が高く、そこまで悟られていると知ってか、その場を動こうとしないメリアとエリゴスに微笑みかけた。


「所詮、薬だけでは天と地はひっくり返せないわけか。気の毒だが、これで次はもっと優秀な兵士を育てられる。そういう意味では、無駄な命じゃなかった。お前達ならわかるだろ。世の中には生きて死ぬだけの命がいくらでもある。貴重な一生を棒に振る理解しがたい連中には、役割を与えてやるのが同胞としての優しさであろう」

「まー、そーだね。ホント、お金でも時間でも買えない唯一無二の生命の重みをわかってない人が多すぎるよね。そこはローちゃんに同意かな」

「ならば俺と争う意味はない。お前達が手を引けば、俺も手を引こう。付け加えれば、俺個人の活動に手出ししなければ、俺もお前達の邪魔はしない。悪くないだろ?」

「んー、なーんかちがくない?」


 メリア同様、ローライトもまた微動せずにいる。


「どっちが強い立場かってわかってないんじゃない? あーしだけじゃあ苦戦しちゃったけど、こっちにはエリーがいるんだから。選択肢を提示するのはこっちじゃん?」

「この場で、俺に対して提示できる選択肢があるのか?」

「ないね」

「つまりどうあっても、俺をここで殺そうというわけか」

「あーしらはラストエターニアのシステムの一部として、生きる目的のない人達を救済してるわけ。ローちゃんみたいに、価値がないからって利用まではしてない。変なウィルスの被験者にしたりさ」

「倫理に外れてるから気に食わず、ゆえに殺すのか?」

「ううん、ぶっちゃけ邪魔なの。目的のない生きる屍を救済する役目を担うのは、一つの組織だけで充分。二つもあると面倒だし、ローちゃんはあーしらのやり方に従う気もないっぽいしね」


 相手の手足が僅かでも動けば瞬時に斬りかかれる緊張の糸を緩めず、メリアはエリゴスの顔を窺う。


「エリーは違うみたいだけど」


 言われて気づいたかのように、ローライトは初めてエリゴスに目を向けた。


「貴方はアサミさんも私欲を満たすための実験道具にした」

「穿った表現だな。権力の強い者が命令を下すと、道具扱いしていることになるのか? だとすれば、世の中は道具として使う側、使われる側の二種類だけになる」

「アサミさんは生きる目的を持っています。貴方の言う役割を与える優しさ云々は、この場で思いついた出任せですね? 貴方は他人のことなんて考えてない。自分の周りにやってきた人々の心の隙に付け入り、使役していただけです。無差別に周りを犠牲にする危険人物を生かしておくわけにはいきません」

「俺にも目的がある。エウトピアもアーケディアも関係なく支配して、全ての人々に意味を与える。その頂点に立ち、俺という存在の必要性を世界に認識させる。重ねるようだが、サリエルの使徒とは協力できるはずだ。しかしお前が俺を殺す理由は何だ? 無差別に犠牲にするだと? 人を殺しておいて、自分だけは正義の味方のつもりか?」


 問いかけに、エリゴスは鼻を鳴らす。


「人に死を与えることが悪なら、人間に寿命を与えた神様が諸悪の根源になりますね。自分はそこまで極悪にはなりきれません。自分が強くなったのは、法で裁けない悪人に罰を与えるためなんで。貴方のように同じ人間を利用する輩は、この手で討ちます」

「一方的に利用していたわけじゃない。例に出したアサミに関しても、彼女が強さを求めたからウィルスを与えたまでだ。俺が実験に利用したように、彼女もまた俺を利用した。互いに益があり納得しているのだから、部外者に責められる謂れはない」

「部外者でもないんですよね。アサミさんを殺されると困るんで」

「彼女はお前を殺したがっていたはずだが?」

「だから困るんですよ。ちゃんと自分を殺すまで、生きていてくれないと」


 深いため息をつき、ローライトはかぶりを振る。


「まるで言っている意味がわからん。会話に価値を感じられないな」


 手にしていた西洋剣を振り払う。ローライトの所作に合わせ、彼のマントが風に踊る。

 話し合いの雰囲気が変わり、危うげな気配が漂う。初めから説得する気もなかったので、エリゴスとしては望むところだ。小太刀を握る手に力を込め、対峙する敵の全身を注視する。

 一度閉ざされた唇が動く。


「お前達には重要なデータ調査に協力してもらったが、既に用済みだ。アンドヴァリナウトには充分な効果があると証明できた。データ化された人間の身体能力を強制的に操作するためか、何度か服用すると肉体の耐久度を超過して消滅するが、幸いなことにエウトピア軍の兵士はまだまだ潤沢だ。すぐさま恒久的な対処が必要というには、些末な副作用だろう」

「いいねー。二対一なのに余裕なんて、まるで奥の手があるみたいじゃん。援軍でも呼んだのかな?」

「必要ないな。ふたり程度では」


 突貫してくるかと思われたローライトだが、未だ動かず、服の内側から何かを取り出した。

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