強襲

「……それの何が困るのかわからないんですけど。団長は何故心配を?」

「考えてみなよ。脚を失ったから色々と諦めたのに、一生癒えるはずのない傷が完治したわけ。ローちゃんにとっては、このラストエターニアって世界はまさしく楽園で、叶えられなかった夢を叶えられる場所なんだって」

「サリエルの使徒の目的としては、生きる目的を持って、それを果たす分には喜ばしいんじゃないですか?」

「彼の目的が復讐じゃなかったらね」


 冗談を言っているわけではないとは思うが、メリアの口にした物騒な単語に、エリゴスは首を傾げる。


「ローライトは、同じく師団長だったマナフを消した自分達への復讐に燃えていると?」

「さーね。そんな感じしないけど、どん底に叩き落されたところから最年少の師団長ってポジションまで這い上がってきたわけだから、なーんか普通じゃないんだろうなって思うわけ。具体的な根拠があるわけじゃないんだけど、そういう払っても払っても追いかけてきそうな奴がいると心配じゃん?」

「だから芽が出る前に摘む?」

「師団長になってるわけだから、とうに芽が出て咲き誇ってるよ。咲かせた花が毒を振り撒く前に枯らせようみたいな?」

「つまり、マナフの時みたいに彼の拠点まで赴き、脅威を取り除くんですね」

「拠点までは行かないほうがいいんじゃない? あそこの砂漠はどこに敵が潜んでるかわかりにくくて危ないしね。次にローちゃんが惑星を出た時がチャンスかな~」

「電子化の最中を狙うんですか?」

「だってそっちのほうが一瞬じゃん?」


 たしかにそうだが、互いが光速ですれ違う一瞬にも満たない猶予で命を奪うのは、当たり前のことだが簡単ではない。それが奇襲である以上はチャンスは一度きりで、電子化できるような空間には隠れられる障害物もない。まぁ失敗しても、生還できれば何度でも試せるが。


「残念ながら、ローライト様はたった今、拠点のあるユウオウを発たれました」

「えぇっ!?」


 難題を余裕そうに口にするメリアを不意なアルテミスの報告が挫く。メリアは椅子に埋めていた腰をあげて彼女に向く。


「またどっかで戦闘? まーそうだよね。五人しかいない師団長の一人がいなくなったんだから、アーケディアとしては攻め時だもんね。はー、めんどくさ。これでローちゃんがやられるようなら、あーしらがエウトピアに加勢して梃入れしないとダメになるじゃん」

「アーケディアとエウトピアの衝突が苛烈になっている惑星もありますが、ローライト様の目的地はそうではなく、この惑星・センリョクです」

「このわくせい?」

「はい。もっと詳細を説明すると、彼の向かう先はセンリョクの、この場所。つまりはサリエルの使徒の本部です」


 突然の告白に、メリアは口を噤んだ。

 いくら人間のようでも、大胆な発言を一切変わらない声色でしてしまうあたり違う。アルテミスは立派な機械で、だからこそ物事に対する考え方の違いで人間を困惑させる。彼女にとっては〝敵を殺した〟も〝敵に殺された〟も単なる言葉。そこに、起きたことに対する説明以上の違いはない。

 部屋の隅で様子を見守っていたバレットが、苛立ちを眉間に浮かべる。殺意の篭った鋭い瞳が、メリアを観察するアルテミスの横顔を射る。


「奴らが俺達の居場所を知ってるはずがねぇ。お前が教えたのか? つーか他にないよな?」

「バレたんの言うとおりです。ローライト様に問われたので、私が教えました」

「そうか。他には誰に教えた?」

「ローライト様以外には伝えておりません。また、伝えるつもりもありません」

「理由があんだな。奴に教えたのはなんでだ?」

「ローライト様は、自らが世界を統治して人々に生きる理由を与えたいと考えております。私がサリエルの使徒に協力するのは、永遠の命を与えられながら生きる目的を持てず苦しむ人々を救うためですが、彼が目的を果たした際にはサリエルの使徒と同様の行動を取ると予測できます。それゆえ、私に協力を求めた彼を拒む理由はありませんでした。メリア様に対してそうしたように」


 追求したバレットは不満そうに表情を歪め、黙したままのメリアに指示を乞うような視線を飛ばす。しかし、メリアの見せていた顔が意外で、彼は目を丸くした。

 隠れ家に敵が接近している状況にも関わらず、メリアは楽しげに頬を緩めていた。


「まーしかたないじゃん? あーしらだけが特別ってわけにもいかないし、来るものを拒みようもないし。テミスちゃん的にも、ローちゃんはあーしらにとって超えなきゃいけない壁って思うわけでしょ?」

「私は中立なのでコメントはいたしかねます」

「じゃあローちゃん返り討ちにして、かわいいテミスちゃんをあーしが独占できるようにしないとね」


 メリアは喋りながら壁にかけてある大鎌の柄を握る。本来なら何十キロもする重さだろうが、彼女は木刀を抱えるように軽々しく肩に担ぐ。仮想世界だから筋力トレーニングをしてるわけでもない華奢な女性が持てるのではない。自身を肉体の無いデータと自覚した彼女が、自分のパラメータを改竄することで持ち上げられるようにしているのだ。


「まー冷静に言ったけどさ、ぶっちゃけテミスちゃんに手ぇ出すとかありえなくない? 人の女よ? ローちゃんマジ邪魔だしマジ目障りだからあーしの手で直接消すわ」

「めちゃくちゃキレてますね……ローライトが来るなら、アサミさんもついて来そう」

「アーちゃんはエリーに任せた! バレたんはまぁ、テキトーで!」

「そっすかぁ。なんか俺だけ楽できそうっすね~」


 祭服の懐から銃身の長い拳銃を取り出したバレットが窓に注目する。二階の部屋から眺められる景色は手前が芝生の庭、奥は地平線まで続く森。空は雲のない塗り潰したかのような青。

 微動しなかったアルテミスの眉が、何かを受信したかのようにぴくりと動く。


「ローライト様の直属部隊が、センリョクに到着したようです」

「ちょ、早くない? お出迎えの準備がまだなんだけど! てか、惑星間の移動時は電子化してるからって、そんなにユウオウとここって近かったっけ?」

「ローライト様の部下は、全員が先ほどご説明したウィルスをインストールしているためか、通常の電子化の数倍で移動しておりました」

「なにそのウィルスっ!? あーしも使ってみたいっ!」

「やめてください、そんな得体の知れないもの……」


 好奇心旺盛なのは構わないが、感覚を強制的に変化させるウィルスなど良いわけがない。ウィルスという名称が示す通り、使用者に害があるに決まっている。エリゴスはそう説明したいところだが、あまり時間がないので伝えずに胸にしまった。

 エリゴスも床に置いていた小太刀の鞘の付いたベルトを巻き、武装が完了する。エリゴスとバレットの頷きを確認して、メリアはガラスの張った窓に片手をかざした。

 大気に溶けるように、窓枠に張られていたガラスが霧散する。


「んじゃ、客人のお出迎えにいこっか。くれぐれも〝テイチョウ〟にね」


 これから命を狙いに来た敵がやってくるのに、本当に客人が来訪してくるかのように暢気なテンションでメリアは窓枠から飛び降りた。大鎌を携え、祭服をはためかせて宙に飛んだ瞬間、本物の死神かと錯覚した。外見から入るのも、案外重要かもしれない。

 別に玄関から出ても間に合うのにと矛盾も抱えつつ、エリゴスもまた二階の窓から庭に降り立った。すぐ後ろにバレットも着地する。

 芝生を踏み鳴らして前進するメリアに、部下のふたりが一歩分の間を取って追従した。

 メリアが足を止めて空を見上げる。エリゴスもバレットもそれに倣う。どこから吹いているのか、穏やかな風が芝生とサリエルの使徒の祭服を揺らす。


 空というより鮮やかな青色の天井と表現すべき頭上に、電子化の際と同じ緑色の輝きが現れた。一箇所だけではなく、異質な光は次々と発生する。


「あーぁ、来ちゃったね」

「俺達はたった三人なのに、また随分な数っすねぇ」


 仲間の会話に耳を傾けることもなく、エリゴスは上空の輝きを凝視する。

 緑色の輝きから、続々と白い騎士風の衣装に身を包む兵士が姿を現す。右手に西洋剣、左手に自動拳銃。兵士全員が抜かりなく、なりふり構わない完全武装をしている。

 マントの下に着る服は性別で異なり、遠目でも男女の判別は容易だ。視界に出現する敵に順番に焦点を合わせ、自分が標的とする対象を探す。一人女性を見かけたが、髪形で目当ての人物ではないとわかった。


「お前のお気に入りの彼女はいたか?」

「いや、まだ……」


 茶化す口調のバレットに答えた直後、浮遊する十数人の兵士達の中心に、女性用の軍服を着た輪郭が姿を現す。


「……来た」


 頭頂部で団子のようにまとめた特徴的な髪型。戦場で初めて出会ったときと同じ髪型をした女性の顔は、記憶にある大切な彼女と一致する。

 ただ、具体的には説明できないが、昨日会った彼女とは結び付かない雰囲気を醸している。エリゴスが違和感の正体を突き止めようと彼女を見上げていると、

 突如、兵士の輪から彼女だけが消失した。


「エリー後ろッ!」

「――ッ!?」


 咄嗟に二本の小太刀を交差させ、背後に構える。

 自動車に追突されたとしか思えない衝撃。

 受け止めきれずエリゴスの身体が宙を舞うが、片方の小太刀を土に突き刺して体勢を整える。

 十メートルにも及ぶ軌跡を刻み、地に着いた彼は頭をあげた。


「やっぱり、ろくでもない代物だったみたいですね。例のウィルスとやらは」


 自分を吹き飛ばした敵の表情を見つめ、納得する。

 生きている人間が宿すべき命の煌きが、彼女の瞳には無い。深淵を覗いているようなおぞましさに、エリゴスの手先が震えた。恐怖を押さえつけようと、小太刀を握る拳に力を込める。

 喋ることさえも出来なくなったかと思われた彼女の唇が、ゆっくりと開いた。


「エリゴス……喜んでええよ。アンタの望み通り、今日ここでうちが殺したる」

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