巨悪の正体

 バインダーのない惑星だから、電子化による光速移動が可能なのは当然だ。それにも関わらずアサミの急接近への反応が遅れたのは、彼女の能力を見誤ったからに他ならない。

 光速移動が可能なだけで、誰もが制御できるわけではない。瞬間移動と見紛う速度ともなれば、ラストエターニアでも一握りだ。少なくともアサミの能力では無理なはず。

 彼女の実力を知るエリゴスには信じられない。アサミに光の速さでの奇襲をされるなど、こうして実際に起きた後でも現実味がない。


「うわ、こっわ。それがテミスちゃんの言ってたウィルスの力ってわけ? ヤバくない?」


 大鎌を構えずに担いだまま、メリアがアサミに喋りかける。けれどもアサミは微動しない。エリゴスを視界の中心に留めて、再び全身から緑色の燐光を散らす。

 一筋の閃光が草原に奔る。

 一瞬。電子化によりエリゴスの追撃を試みたアサミを、メリアの大鎌が阻む。


「ちょっとちょっと。アーちゃんさ~、無視はなくない? あーしが話してるんだからさ~、まずあーしの相手してよ~。気になんじゃん? アーちゃんそんな強くなかったじゃん?」

「邪魔や。あいつを殺したらアンタも殺したるから、はよどいて。死ぬんが嫌なら逃げるんやね」

「と言われてもさ~、エリーはあーしの部下だし、見過ごすわけにはいかないかな~? だいたい、そんな薬の力であーしに勝てると思う?」

「――強気もほどほどにな、メリアズール=レプリガラス」


 ふたりの問答に割り込んだ声は、天から響いた。

 振り抜かれた大鎌の衝撃を吸収しつつ、アサミはメリアから距離を取る。

 空を一瞥するメリア。エリゴスもバレットも、同じように上空を仰ぐ。

 首を動かして視界を移動させる動作は、全てが仮想で作られたこの電脳世界において、あまりにも遅すぎる確認手段だった。見上げた直後、幾筋もの緑色の光が草原の随所に降り注ぐ。


 光の柱から現れるのは、グラムを埋め込む西洋剣と拳銃を装備した騎士風衣装の男女。エウトピアの軍服に身を包む彼ら彼女らは、並々ならない殺意を感じさせる空気を放っている。サリエルの使徒の面々は、こんなふうに魂の欠落した人間……むしろ人形に近い状態の兵士は見た経験がない。

 何が彼らを、彼女らをこんな〝AI〟のようにしてしまったのか。

 恐らく事情を知っているであろう襲撃者の親玉が、最後の光の柱から姿を現した。金髪に意思の強そうな眼差し。白い軍服に同色のマントをなびかせ、ローライトは颯爽とメリアの前に立った。


「君がメリアか。マナフ師団長の一件では世話になった。おかげで我が部隊に活躍の場を与えられて、見事に評判をあげられたのでな。感謝を伝えておこう」

「そっちはローちゃんね。教官やってた頃に色々聞いたよ。すごーく腕が立つんだってねぇ」

「ふざけた呼び名はどうでもいい。君こそ二十代前半で教官を務める天才だったそうだな」

「おかしいよねー。まだ本気じゃなかったのに『天才』だなんて」

「同感だな。自分の国の程度の低さに辟易する。だが、ここにいる俺の兵士達を、エウトピアやアーケディアの有象無象と同じとは考えないほうがいい」


 撃鉄の起きる音が次々と奏でられる。サリエルの使徒の三人を囲う白騎士達の握る銃口が、中心部に佇む敵を狙う。狙いの内訳は、メリアが部下二人に比べて二倍ほど多いように感じられた。


「ウィルスってのを使ったんだろ? 汚ねぇやり方だな」


 銃身の長い銃をローライトに向け、バレットが嫌悪感を示す。彼の後ろでは、いくつもの銃口が背中を捉えている。命を危険に晒しているというのに、バレットに背後を心配する様子はない。

 ローライトは手にした武器を構えず、バレットの視線を受け止める。


「どう思ってもらっても自由だが、勝たなければ意味がない。勝たなければ、君の言葉は言い訳以上の価値を得られない」

「俺達は長い時間をかけた訓練で強くなった。たくさんの挫折した連中の屍を踏み越え、限界まで能力を底上げした。その俺達に勝てるとでも?」

「ここにいる俺の部下は皆、君のように強くはない。地に足を着く生活から抜け出せなかった者達だ」

「そんな奴らを集めて、俺達に対してできることなんてあんのかよ」

「ないだろうな」


 あっさりとした物言いに、バレットは眉をひそめる。


「……お前、自分が言ってることわかってんのか?」

「無論だ。我が部隊は君達には勝てん」


 言葉とは裏腹に、ローライトに諦めた気配は皆無だった。不審な雰囲気に、普段ならば軽口を叩きそうなメリアでさえ唇を固く結び大鎌を両手で握りしめる。アサミを含めたローライトの部下は、依然として拳銃を構えて硬直していた。


「だから相応しい対応を取ることにした。皆、準備してくれ」


 ローライトが意味深な命令を下すなり、エウトピア軍の兵士は銃弾を放つのではなく、拳銃をその場で足元に投げ捨てた。

 どういうつもりか不明だが、幾度も死線を超えて来たエリゴスの勘が警鐘を鳴らす。

 エリゴスは標的をローライトに絞る。

 今、この男を討ち取らなければならない。

 本能の叫びに耳を貸した彼の身体から、緑色の光があふれ出す。


「アンドヴァリナウト、二本目の使用を許可する。標的を殲滅せよ」

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