一刃
「グラムでやれず残念でしたね。まぁグラムはしまえないんで、無理な話ですけど」
「平気そうにしてるが、そういうことか。人間離れした動きをするために身体中の感覚を希薄にしているから、腕を落とされた痛みも感じないわけだな」
「痛みで気絶でもしてくれると期待したなら残念でしたね」
「安心しろ。手足を順番に落とすような趣味は持ち合わせていない。すぐに楽にさせてやる」
「魅力的な話ですが、生憎と先約されている身なんで」
片腕を失ってなお、残った右手に握る刀を敵に見せ付け、構える。
「エリー、あとは私がなんとかするから、さがってて」
「すみません、その命令には従えません」
「バレットだけでなく君も失うわけにはいかないでしょ。さがりなさい」
「口調が戻ってますよ。余裕がないのはわかりますが、自分は負けません」
彼女が軽々しい喋り方をするのは自己防衛のためだとエリゴスは知っていた。
目的もなく永遠を生きる苦しみを味わうくらいなら、一方的であれど介錯をしてやる。何十年、何百年と経ってから死にたいと思っても、誰も手を貸してくれないかもしれない。
人類は地球が隕石の衝突により住めなくなった十年前に、滅亡しているはずだった。ラストエターニアに記憶を移して、仮想の身体に魂を宿す。革新的な技術により滅亡を免れただなどと言っているが、移住を拒む人類も大勢いた。移住した者達は、寿命がなくなった問題から目を逸らし続けている。
メリアの両親は、移住を拒み亡くなった。メリア自身も移住を拒むよう促されたらしいが、彼女はここにいる。そのときはまだ、ただ死にたくなかったから移住を選んだそうだ。両親とは生きてきた年数が違う。まだ人生に満足できないから、家族と決別する道を選んだ。
当時の彼女のままであれば、彼女自身が救済の対象となっていた。けれど、彼女が変わるのは早かった。ラストエターニアに来て間もなく、自分が目的もなく生き長らえ、周りも同種の人間だらけだと気づいた。
彼女の両親は、こんな醜い世界を見たくなかったから死を選んだのか。そんな考えが過ぎったが、だからこそ彼女はこう考えることにした。
『ラストエターニアは、現実で目的を果たせなかった人が夢を果たせる世界。目的を持たない人が消えて、目的を持つ人だけが残れば、かつてどこにもなかった素敵な世界になる。自分の両親が見てもないのに決め付けたような醜い世界にはしたくない』
その願いが、サリエルの使徒を生み出した。どこにでもいる女性であるメリアにとって、途方もない大勢を手にかけるのは耐えがたい苦痛だった。いや、メリアに限らず誰にだって不可能だ。その苦痛に耐えるため、メリアは自分でない自分を演じることにした……というのが、エリゴスの推測だ。本人の口から説明されたことは一度もない。
しかし……
「団長が一人では大変でしょうから、自分は死にません。それに、彼のように私欲を満たすために他人を利用する者を裁くのは、バレットの願いでもあったんで。勝ちますよ、自分は」
もしもエリゴスが思うように、メリアが見た目ほど強くない人物なら、誰かが支えなければならない。であればそれは自分の役目だ。バレット亡き今、少なくとも代わりが現れるまでは、自分が彼女の支えとならなければいけない。
口を固く閉ざしていたメリアが、かけられた言葉の真意を探るように彼をジッと見つめる。
その唇の封印が、解かれた。
「勝てる? あいつに」
「なにを聞いていたんですか。死なないっていうのは、そういうことです」
「そう……」
若干の静寂から、地の底から湧き出るような含み笑い。
メリアの笑う声は、次第に青空全域に響き渡る大声となった。
「んじゃ、やろっか。次で決めるよ。いけるよね、エリー」
「いつでも」
応じた直後、二つの閃光が再びローライトに立ち向かう。
ローライトの瞳は冷めていた。彼としてはどうでも良かったのだ。ここでサリエルの使徒を潰さずとも、力量差さえ記憶に刻んでやれば今後の活動に害とはならない。それは既に達成しており、あとは向かってくるなら叩くだけ。
本当に、懲りずに歯向かってくるとは。
死角に現れた気配を察して、ローライトの衣服が風になびく。
メリアの大鎌をかわし、反撃に転ずる。獰猛な獣が獲物に食らい付くような鋭い一撃に、なんとか大鎌の柄で防いだメリアがたまらず後退した。
「行けッ! エリーッ!」
彼女とは逆方向から、エリゴスの刃がローライトに迫る。
光速に等しい速度の刃を認識したならば、もはや迎える運命に抗う術はない。
片腕を失ってなおも勇敢に突貫するエリゴスの勇気に、ローライトは敵ながら称賛したくなった。
「だが、甘いな」
背後からの接近を読んでいたローライトの一閃が、エリゴスのいた空間を薙ぎ払った。
今度は単なる剣ではない。永遠の命に死を与える効力を持った、グラムから生まれた刃による一撃。
不意打ちを先読みする攻撃を避けられるはずもない。
他の者たちがそうであったように、無数の桜がはらはらと舞い落ちる。
視界を埋め尽くす花びらの渦に、ローライトは手にした剣をおろした。
瞬間、彼の胸元を、桜色の渦の中心から現れた刃が貫通した。
「そんな……なぜ……」
「どうでもいいでしょう。それより、詫びてきてください。貴方に利用されて命を落とした人達に、貴方自身の言葉で」
「く、そ……ッ!」
刺し貫かれ動けないはずの身体で、ローライトは右手の剣を振り下ろそうとする。
ほぼ同時にもう片方の左手で額を押さえ、絶叫した。
獣の咆哮を彷彿とさせる断末魔は、青空が桜色に染まると共に、聞こえなくなった。
一振りで決着する武器を扱っていれば、バレットもそうであったように終わりは呆気ない。
ゆらゆらと浮遊して近寄ってきたメリアが、肩を叩いた。
「やるじゃん、エリー。でもさ、最後のはアレだよね」
「回収したバレットのものです。まさか、こんなに早く、こんな形で使うことになるとは思っていませんでした」
「あーしら三人の勝利ってわけだね」
「最後は、薬が回りすぎて自滅したようにも見えましたが」
「そんな細かいことはどーでもいーじゃんっ! ほら、早く迎えにいこっ」
「迎えって、誰をですか?」
「もー照れちゃってー。わかってるくせにー!」
メリアの発言の意図を掴めないエリゴスにとって、それはごく一般的な煽り文句にしか聞こえない。めんどくさくなって、彼は返事することをやめた。
「ほらほら行くよ。話しておかなくちゃいけないでしょ」
そこまで言われてようやく、メリアが誰のことを言っているのか理解した。
ゆっくりと森林に降りて行こうとする彼女に、エリゴスは言った。
「どこにいるか、わかってるんですか?」
「ぁ……」
ぴたりと動きを止めたメリア、それを上空から眺めるエリゴス。
ふたりの視界には、地平の果てまで続く無限の森が広がっていた。
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