エピローグ
サリエルの使徒の拠点がある広場まで戻ると、森林に囲まれて一軒だけ不自然に建つ家の前に、白い騎士風の服を着た女性がいた。
頭頂部で丸く髪をまとめた後ろ姿を見れば、それが誰かなど一目でわかった。そうでなくとも、この状況でここにいる人物は他にいないのだが。
メリアとエリゴスが近くに降り立つと、マントを翻して彼女が振り返る。
何かを決意しているような、凛々しい表情を浮かべていた。
「全部見てた。アンタらと、ローライト師団長の戦い」
「下からなら、よく見えたでしょうね」
「会話も聞かせてもらった。うちら、あいつの実験に利用されとったんやね」
聞きながら、メリアは大鎌を肩から下ろした。
「アーちゃんこれからどーするの? エウトピアに戻って、ローちゃんの戦死でも報告する?」
「うちが報告せんかったら、行方不明扱いになるやろうね。この場所は隠された区画やし」
「新しい上官がマトモな人になることを願ってるよ。でないと、またあーしらと戦う羽目になっちゃうし」
「早とちりせんで。うち、エウトピアに戻る気はないから」
思わずエリゴスとメリアが顔を見合わせる。
ふたりが彼女に期待していた答えだったから。
「エウトピアに戻らないなら、どうするつもりですか?」
「あーしらと一緒に活動しよ?」
段階を踏んで聞いていくつもりだったエリゴスの意図を汲まず、メリアはあまりにも直球で尋ねた。エリゴスの呆れた視線がメリアを射しているが、当人は朗らかに微笑を浮かべる。
勧誘を受けても、アサミは動じなかった。ただ静かに、小さく首を横に振る。
「アンタらとはいかん」
「自分の命を狙う以上、一緒にはいられませんか」
その言葉にも、彼女は同じように首を振った。
「うちもアンタらの仲間の命を奪った。もうルチルの仇だからってアンタを狙う理由はない。そんなわけやから、うちには生きる目的がなくなった」
「それならやっぱ、あーしらと一緒に行けばよくない?」
「助けてもらっといて酷い言い方かもしれんけど、うちはどうしてもアンタらが絶対的に正しいとは思えん。そう疑問に感じてしまうから、アンタらのように生きる目的のない人を殺すなんて、うちにはできん」
抵抗する意思はないと示すように、アサミは手を広げる。
「うちを殺すか? 聞いてのとおり、生きる目的は失った。アンタらに救われた命、アンタらの活動に使ってはやれんけど、奪うんなら好きにしてええよ」
「……エリー」
呼ばれ、未だ再生していない片腕を祭服に隠すエリゴスが、無傷のほうの手で刀を引き抜く。悠然とした歩調で、無防備なアサミに近寄った。
互いの親友を互いに奪った、相容れないはずのふたり。
何度も刃を重ねたふたりの視線が交錯する。
「もしまだ生きれるなら、したいことはありますか?」
「わからん」
「ほしいものは? 物でも、名誉でも、地位でもいいですよ」
「思いつかんね」
「行きたい場所は、ないでしょうね」
「この仮想世界に、そんな場所があるんかね」
抜き身となった刀は振り上げられない。刀を手にするエリゴス自身が、彼女に刃を振り下ろさなくてもいい口実を探っているようだった。
「――でも、うちは生きてる。せやから、うちの命には意味があるんやと思う」
エリゴスの迷いが、収まった。
「どんな命にも理由はあります。よく生きているだけで幸せと言いますが、それだけでは死んだ人に対して無礼でしょう。何者にもならず、何者になる気もない。利用されることに抵抗を覚えない人間は死んでいるも同然です。貴方がそうでないなら、手にかける理由もありません」
「アンタの言うことは一理あるんやろうけど、それを判断するのは他人やない。自分自身や。まだ答えが出てないから強くは言えんけど、うちは探してみせる。アンタらが殺そうとしとる連中に、生きる意味を与える方法を」
「もちろん、私欲のために利用する形ではありませんよね?」
「なに当たり前を言うとんや」
風にさらしていた刃を、エリゴスはそっと鞘に戻した。
自分を手にかける気がないと判断したアサミは、電子化の準備を始める。
微かに緑色に発光した身体から、同色の粒子が漂う。
「もう会うこともないかもしれんけど……」
黒い祭服を着た二人を見据えるアサミが、言いよどむ。
「――やめとくわ。アンタらとはどうせまた会うやろ」
「だろーね。またね、アーちゃん」
最後までアサミの記憶にある教官とは結び付かない口調には、困ったように笑うしかない。
「答えが見つかるよう祈っています」
親友の仇である男への反応には迷わなかった。
「見つからんかったときは、アンタの命をまた狙ったるよ」
そう言い残して、電子化したアサミは緑色の軌跡を残し、仰ぐ空の青に消えた。
彼女の残した閃光が完全に消えるまで、エリゴスは空の奥を眺めていた。
心が少しだけ、軽くなったような気がした。
サリエルの使徒 のーが @norger
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