親友を殺した男

 アサミの口からこぼれた言葉が示すように、光の集団が衰えないのは、その先頭にある光に起因していた。一際明るく光る青色の輝き。それを阻もうとするエウトピア軍の兵士たちは、接触すると同時に次々と消失していく。


「応戦するぞッ!」


 もはや、エリゴスとバレットのふたりだけに構っていられる状況ではなくなった。ふたりの逃亡を防ぐための部隊は、号令が下るなり一斉に電子化して接近する敵集団に突撃する。


「あの先頭の……アーケディア軍にあんな強いのがいたんやね。あんたら運がええな。こんなときに、うちらの本来の敵が奇襲してくれるなんて」

「はあ。運がいい、とかじゃないんだけどなぁ」


 否定するエリゴスの呟きは、アサミには届かなかった。

 白い軍服のエウトピア軍と、緑の軍服のアーケディア軍が混ざり合う。

 交戦した両軍の集団から強烈な輝きを放つ光が抜けるなり、アサミは正面から一直線で迫るその光に銃口を向け、引き金を引いた。

 射出された弾丸を、光は避けようともせず突っ込む。

 永遠を奪うはずの弾丸に触れると、それが当たり前であるかのように弾は塵と化して消えた。


「なん……ッ!」


 接近する光を弾き返そうと、もう片方に握る西洋剣を衝突の瞬間に合わせ薙ぎ払う。

 電子化した状態の人物に触れ、青い輝きが霧散して中身の人物が姿を現す。接触の衝撃に吹き飛ばされたアサミが体勢を立て直したとき、その瞳に映ったのは想像もしていない人物だった。

 アーケディア軍の集団を率いていた人物が着ていたのは、アーケディア軍の緑色の軍服ではなかった。


「うそや……」


 神に仕える職業の者が纏うべき、身体の線がまったくわからない漆黒の祭服。エリゴス、バレットと全く同じ色、同じ形状の服を着用していた。

 眺めただけでは祭服のせいで性別を判断できないが、肩口で揃えた髪にパーマをかけ、薄くとはいえ化粧した顔は小さく、唯一露出している顔を見れば、それが女性であると確信するには充分だった。

 アーケディア軍を率いていた女性が、アーケディアではなくサリエルの使徒の祭服を身につけている。これだけでもアサミの脳は疑問に染まるのだろうが、彼女を最も混乱させているのは、そのどれでもなかった。

 武器を構え直すこともできず中空で静止するアサミを、突如やってきた彼女が見据える。


「あ、誰かと思ったらアサミちゃんじゃーん。ごきげんよー、元気してた?」


 自分の身の丈ほどもある大鎌を肩に背負う彼女は、その武器から連想される持ち主のイメージから最もかけ離れた声色で話しかけた。大鎌なんてものを持ち歩いていること自体が異例中の異例だというのに、そんな人物から名前を呼ばれたアサミが冷静でいられるはずもない。

 アサミにとっては、その人物を自分がよく知っている事実こそ眩暈を覚えるほどの混乱の種だった。


「メリア教官、なん?」

「えー、教官とかカタくなーい? てかカワイくないし。てかもう教官違うしっ」

「は? いやあの、かわいくないとか、そういうんやなくて……ていうか、ホントにメリアさんなんやんね?」

「そーに決まってんじゃんっ! なついね~あんなに小さかったアサミちゃんがこんなに大きくなって。お姉さんは嬉しいよ」

「まだ三年しか経ってないやん。三年で恐ろしいくらいキャラ変わっとるけど」


 記憶にある姿から変わり果てたメリアに場を乱される。ペースに飲まれかけていたアサミは、そのことを自覚してかぶりを振った。


「そんなんどうでもええ。メリアさん、あんたもそいつらの仲間なんか。サリエルの使徒とかいう」

「やだーアサミたんこわーい」

「真面目に答えてや! 見た目通りの解釈でええんかね」

「えー? まーそうなんだけどぉ、ちょっと違ってるってゆーか、あーし細かいの苦手だし、どーでもいいっていえばいーんだけどぉ――ねぇねぇ、エリぴとバレたんはアサミたんにどこまで教えたの?」


 妙な呼び方をされているようだが、メリアが後方に振り返ると控えていたエリゴスとバレットは彼女に目を向けた。


「自分たちの目的くらいは。他は話してません。必要を感じなかったので」

「メリアさん、その子と知り合いだったんすね」


 ふたりの口調には、後輩が先輩を敬うような響きがあった。実際そうなのだろう。あまりにも若々しくなりすぎた話し方に自信がなくなってくるが、メリアはそろそろ三十歳を迎える年齢のはずだ。永遠の命を得たラストエターニアではゲームのアバターのように自由自在で、メリアの見た目は十代後半のままだから実年齢を忘れそうになるが。

 メリアはアサミに対して、意味ありげに薄く笑ってみせた。

 死神の名に相応しい服装、死神を体現した武装を見れば、彼女が一般人や軍人ではないことくらい想像に易い。


「そっかぁ。じゃ、アサミたんにはあーし自らが教えるし。で、さっきの質問の答えだけど、このふたりとあーしが仲間ってゆーか、あーしの仲間がこのふたりって言ったほうが近いかも」

「ちょ、ちょいまってっ! サリエルの使徒だとかいうの、いつ頃に結成したん?」

「んー、準備が終わったのは去年で、メンバー集めは三年くらい前からだったかなぁ? あの頃にはもう戻りたくないって感じ。ホントしんどかったし!」

「メンバー集めって、なんなんそれ。そんなんやるってことは――」

「あーしが作ったってわけ。アサミちゃんと別れてから、わりとすぐだったかな~?」


 単純な答えなのに、どういうことなのかアサミには理解できなかった。本能が知ることを拒絶したのかもしれない。真実に耳を塞いで、過去の思い出を守ろうとしたのだろう。

 周囲では戦闘が展開されている。電子化したエウトピアの兵士とメリアの連れてきたアーケディアの兵士の閃光が渦のように絡み合い、時折桜色の花びらが散る。アサミとサリエルの使徒を名乗る三人の間だけが、台風の目のように静まっている。

 愕然とした眼差しを、アサミがエリゴスとバレットに向けた。


「つまり、メリアさんが、そいつらの組織を……?」

「そそ。他にも九人いるんだけどさ、ラストエターニアってホント広くてさ、別のとこに拠点作ってそっちでよろしくしてくれてるわけ。んで、あーしがリーダー。正直リーダーなんて向いてないって思ってたけどさ、これがやってみると悪くないのよ。かたっくるしい規則なんかない、自由な雰囲気の組織にしちゃえたからね。あーしの求めてたのはコレ。ホントコレって感じ」

「何のために、そんなんを」


 久々に会った友人に近況報告をする程度のテンションで答えるメリアに、アサミは憤りを覚え始めていた。どうして憧れていた教官が敵になってしまったのか。それよりも、真剣に話そうとしない姿勢が気に食わない。

 質問に、どうしてそんなことを訊くのかと疑問に思った様子でメリアが答える。


「だって、みんなを救いたいじゃん?」

「救うって、メリアさんのいう仲間たちを?」

「ちがうちがう。ラストエターニアにいるみんなだって。だいたいさ、こんな広い世界にあーし達だけとか無理じゃん? フツーにさびしくてウサギじゃなくても耐えられないことない? てかさ、エリぴとバレたん、アサミたんとさっきまで話してたんでしょ? ちゃんと説明してよ、もー!」


 わざとらしく眉根を寄せるメリアにエリゴスは目を逸らして、バレットは銃を握ったままの手をわたわたとさせる。


「誤解っすよメリアさんっ! 俺らは説明したんですって! その人も俺らの活動の目的はわかってるはずっすよ!」

「ホント~? あーし達って結構誤解されちゃうことしてるかんね? 丁寧に教えなきゃダメって前も言ったよ? ホント大丈夫?」

「ノープロブレムっす! 問題ないっすよ!」

「同じこと二回言ったって信用は変わらんし」


 死神を象徴する武器を右手と肩で支えたまま、もう片方の手を顎にそえる。

 寸秒だけ悩んだ末、メリアは上空にいるかつての部下を見上げた。


「実際のところ、メリアちゃんはあーし達のやってること、わかってくれてる?」


 その瞳は、ようやく真剣な色を帯びた。

 ついさっきエリゴスから聞かされた話を思い出す。アサミにも、永遠を生きるには目的があるべきというのは共感できる。自分がそれを意識してこなかったことも自覚している。単にそういった教えをするだけならば、サリエルの使徒とやらに加入する未来もあったかもしれない。

 アサミは手にしていた拳銃をかつての上官に向けた。それが返事だった。


「あんたらは自分達を立派と思っとるんやろうけど、うちにとってはルチルを殺した奴らって事実だけやッ! あんたがリーダーやっとるんやろ? あんたが殺せって指示したんかッ! うちの親友を、あんたの元部下のルチルをッ! なぁどうなんやッ! メリアッ!」


 引き金を引けば、命が終わる。どんなに屈強な男でも銃口を見せられれば怯むものだ。

 なのに、エリゴスとバレットがそうだったように、メリアもまた表情に一切の変化を見せなかった。弾丸の込められた深淵すら瞳に映さず、無感動のままアサミの顔を見返す。


「そっか。ルチルたん、消えちゃったんだ」


 メリアはかつての部下の死を悼むように、目を細めた。

 エウトピアの兵士の間では、当時のメリアは指折りの優秀な女性兵士として憧れの的だった。ルチルもアサミも、そこに含まれている。そのことをメリアが知らないはずはない。

 後ろを振り向いたメリアは、黙って控えている仲間のふたりを交互に見据える。


「やったのはどっち?」


 問いかけに、興味無さそうにしていたエリゴスが顔を上げた。

 その仕草で誰か悟ったのだろう。メリアも彼に目を留めた。


「自分です。エリアに侵入直後、そこにいるアサミさん、一緒にいたルチルさんと遭遇して〝確認〟したのちにやりました」

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