世界を変えるシステム

「そう」


 短くいって、メリアは空を流れる雲を仰ぐ。

 一息ついてから、彼女は元部下を手にかけた仲間を見下ろした。


「エリぴありがとね。ルチルたん夢とか持ってなかったし、そうなっちゃったのもしかたないね」

「自分は役割を執行したまでです。それより団長の知り合いとは知らず、すみません。事前に確認をとるべきでした」

「いいのいいの。あーしが相手だと、彼女を救えなかったかもしれないし」

「――なんなんそれッ!」


 アサミの憤怒がふたりの会話を中断する。

 瞳孔の開いた目で睨む先にはメリア。アサミの視界が滲んで見えたのは、自覚せず涙を流していたから。

 絶望と憎悪。そんな理由で泣いたのは、彼女にとって生まれて初めてのことだった。


「元部下を殺した奴を讃えるなんておかしいやろッ! どうしてそんなことできるん? そんなん人間と違うやんッ!」


 変わらず向けられる銃口。メリアは崩れた表情を眺める。

 振り返らぬまま、彼女は後方に控える部下に指示した。


「エリぴ、バレたん、付き合わせちゃってごめんね。先に帰ってて」


 組織のトップが下した命令に、エリゴスとバレットは黙したまま顔を見合わせる。

 互いの意思確認には数秒もかからなかった。ふたりの身体は同時に青色の発光を始め、次の瞬間には電子化して垂直に上昇し、止める間もなく雲を突き破り、その先にあるエリア外へと姿を消した。

 アサミは追わなかった。引き金にかけた指が時を止めている。わずかでも引けば、弾丸はかつての上官であり、親友の仇の一人の命を奪うだろう。

 周囲の戦闘が段々と収束してきている。

 戦況は、どうでもいい。いまのアサミにとっては自軍の勝利などどうでもよかった。

 戦って散ったどちらかの軍の兵士の亡骸――鮮やかな桜の花びらが、アサミとメリアの間を流れた。


「撃ちなさい、アサミ」


 ふざけた口調ではなく、三年前と同じように、上官だった頃の声色と言葉遣いでいった。


「メリアさん、あんたはうちらの憧れやった。そんなあんたが、ルチルを殺しただなんて、彼女が一番悲しんどる」


 その償いのために、メリアは自分の前に姿を現してくれたのか。

 エリゴスとバレットは、自分達のリーダーである彼女のことを深く信頼しているようだった。それはかつてのアサミとルチルのようであり、ふたりの関係もまたアサミとルチルに似ている。

 信頼していた人を失う苦しみ、怒り、憎しみを、あのエリゴスという男にも思い知らせてやる。

 きっと終わることのない憎悪の連鎖。

 そんなことでは争いはなくならない。わかっている。

 わかっているけれど、引き金にかけた指は止まらない。

 鼓膜を揺らす音と、火薬の臭い。

 手元で瞬いた火花に一瞬だけ視界が白くなる。

 銃弾は、漆黒の祭服を着たメリアの眉間を貫いた。

 風穴の開いた額。彼女の身体が地表へと落ちていく。


 違和感があった。

 永遠を終わらせる銃弾を受けた相手は、こんなふうにならない。

 何が起きたのかわからぬうちに、突如アサミは襟元を背後から掴まれた。

 強制的に振り向かされる。

 鼻が密着しそうなほど近くに、メリアの顔があった。


「なんで、なん?」


 苦しげに呻きながら、落ちていったはずのメリアを視界の端で探す。

 力無く落ちていく眼前の人物と同じ容姿を見つけた直後、それは桜ではなく、灰色の粒子に分解されて空気に溶けた。


「あーし達が空にいられるようにさ、ここは昔の地球とは違うわけ。違うんだから、昔はできなかった色んなことができるの。いま見せたのもそのひとつ。周囲の物質をかき集めてあーしの分身を作ったの。こんなこともできて、命を無限に続けられるのがラストエターニアって世界なの」


 まるで信じられないアサミに構うことなく彼女は続ける。


「だってのに、それを理解していない奴ばっか。何でもできるのに、何もしない。こんなんじゃ昔と変わらない。傍観者ばかりが増えてストレスまみれになった昔と同じように、くだらない世界がまたできあがっちゃうだけ。そんなんごめんだから、この世界にいらない人は退場してもらうの。そのほうが、本人のためにもなるし」

「生きる目的のない、とかいう……?」

「そゆこと。自分が何者かわららない人ばかりになると、何が間違いで何が正しいか曖昧になっちゃう。意思がないんだから当然なんだけどさ。実際、戦争なんかが始まっちゃってるわけだし」

「だからあんたは、戦争が始まってすぐに軍を……」


 三年前、アーケディア軍との戦争に突入した直後、メリアは軍を脱退した。以降、彼女は姿を消して、その足取りを誰も追うことができなかった。


「うん。それで世界を変えるために考えた結果がこれ。ラストエターニアで目的を持つ人々のために、目的を持たない人々、あるいは他人の目的を阻害する人々を世界から除外するシステム。それがあーし達、サリエルの使徒の役割。みんなからすると、あーし達は悪魔とか死神にしか見えないのが残念なんだけどね」

「システムって、どういう……」

「ごめんねアサミちゃん。今日はここまで。増援がきちゃったから、あーしはここで退散するね。今日はもうこれくらいにしときたいの」


 そう言うなり、メリアはアサミを眼下に向けて放った。

 すかさずアサミは拳銃を捨て、両手で西洋剣を握り下段に構える。

 手を離して油断しているメリアに電光石火の一撃を叩き込む。

 そのつもりで振り上げた刃は、

 同時に対面から振り下ろされた大鎌を防ぐ羽目となった。


「ぐ、ぁッ!」


 急速に下降する視界。見る見るうちに敵の姿は小さくなり、身体はバインダーを失った本拠地の屋上に激突して、跳ね上がった。

 メリアの言うとおりだった。

 数百メートルもの上空から叩きつけられたというのに、ただ痛いだけで済んでいる。

 ここは肉体があった頃の世界とは違う。そんなことは承知しているのに、自分は肉体があった頃と同じように生きようとしている。


「それの、何が悪いん……?」


 誰に聞こえるはずもない声で呟いた本音。

 上空から見下ろしていた大鎌を持つ死神が電子の光となって飛び立ち、エリアの境界に消えた。

 未だ、メリアの引き連れてきたアーケディア軍とエウトピア軍の戦闘が各所で続いている。

 痛みに身動きができず、信じていた者を失い、信じていた者に裏切られ心までもが深い傷を負った。

 あらゆる希望を消失したアサミの見上げた先、メリアの消えた空の奥から近づいてくる光があった。

 ひとつやふたつ、十や百でもない。

 千を超えるであろう電子化した兵士の群れが、半壊したエウトピアの支配エリアに降り注ぐ。

 無数にある光のひとつが、仰向けに倒れるアサミの隣に着地した。

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