目的を果たしたら、そのあとは?

 塔の上空。快晴の空の下、エリゴスとバレットは中空で静止していた。

 見上げる青空の先を抜ければ、エウトピアの軍勢が支配するこのエリアから脱出できる。もちろんそんなことはエウトピア軍も承知しているわけで、バインダーを破壊して敵部隊の師団長を手にかけた二人を逃がすまいと何十人もの兵士が行く手を阻んだ。

 より高度の高い位置で四方に展開した兵士たちは一様に銃を構える。銃口は半々ずつ、バレットとエリゴスを捉えていた。


「あーあ、やっちまったなエリゴス。さっさと逃げてりゃあ難なく離脱できたのにな。お前があの好意を寄せてる女とイチャイチャしてるからだぞ」

「余計なことをぺらぺら喋ってたのはそっちじゃん……。真面目だから、だとか言って」

「お前を殺すって言うわりに頼りなさ過ぎだからな。ちょっとは手を貸してやるべきだと思ったんだが」

「自分やバレットが電子化を完全に制御できるようになるまでは何年もかかった。多少教えたところで、そんな簡単に変わるわけないじゃん」

「簡単じゃなくていいだろ? 俺達にはまだ時間が必要だ。なんせやらなきゃいけないことが多すぎるからな」


 手にした漆黒の銃を敵の誰に向けるわけでもなく胸の前に構え、バレットは薄ら笑いを浮かべる。敵兵には不気味に映っていることだろう。迷惑な男だ。そんな感想を心中でもらしながら、エリゴスも両手に小太刀を握ったまま腕をおろしていた。

 敵の一部が動きを見せれば、二人は必死の覚悟で応戦する。たった二人でエリアの中心に侵入して、師団長を討ち取ったのだ。圧倒的な数的有利といえど、一人ひとつしかない命を天秤にかけている以上、無闇に行動できない。それが彼ら二人を囲む兵士の心理。

 最初に引き金を引いた者が、最初の標的となる。何もしなければ永遠を生きられるはずなのに、ここで手を出せば命を奪われる危険が僅かとはいえ存在する。勇敢な同僚が率先してくれれば後に続きたいところだが、誰にも動く気配がなかった。

 そんな迷いを看破したかのように、エリゴスは呆れたため息をついた。


「何もしないなら出てこなければいいのに。そんなに命が惜しいなら――」

「エリゴスッ! 下だッ!」


 股下を覗くようにエリゴスが視線をおろした途端、彗星のごとく青い光が彼に衝突した。

 青色は電子化の光。咄嗟の防御により勢いが衰え、光が消失する。

 アサミだ。両手で剣を握りしめ、決死の形相でエリゴスの小太刀を押し込む。


「うらやましいなエリゴスっ! 俺もそんなふうに付きまとわれて――」


 悠然と仲間を茶化そうとしたバレットの頭上から、銃弾の雨が飛来した。

 一瞬早く敵兵の殺気に気づいた彼は即座に電子化して回避する。

 エリゴスは未だアサミを振り切れていない。

 敵の銃弾は、その全てがバレットに集中した。

 掠っただけでも問答無用で命を落とす。

 かわすだけでも信じがたい猛攻。それをかいくぐって形勢逆転できるほど、バレットはまだ〝この世界の住人〟として進化できていなかった。

 分断されたエリゴスの様子が視界の端に映る。

 バレットの瞳にはもうひとつ、注目すべき光景が見えた。


「一旦下がるぞッ!」


 バレットの号令に、電子化したエリゴスは瞬間移動のごとく目に留まらない速度で塔の屋上付近まで後退した。

 まさに光速。同じ電子化とは思えない異常な速さに、アサミと敵兵が怯む。

 バレットがエリゴスと同等の速度で彼と並ぶ。

 命が惜しいゆえの膠着に再び陥るかと思われたが、懐から銃を取り出したアサミは迷いなく引き金を引いた。

 半身をそらして、エリゴスが銃弾をかわす。


「やっぱりいいな、あの人。仲間になってくれたら心強いのになぁ」

「そりゃあ一番無理だ。お前を殺せなくなるし、お前恨まれてるみてぇだしな」

「訊いてみるだけ訊いてみちゃだめ?」

「だから聞こえとるから」


 変わらず敵意を向け続けるアサミに、バレットとエリゴスの視線が集まる。


「あんたらどうかしとるよ。うちらの敵でもないくせにこんなとこまで攻めてきて、なんでそんな平気な顔してられるん?」

「自分のしていることが、この世界にとって必要な行為だと自信を持っているからですよ。それでいて、多くに理解されないこともわかっています。ならばもう一方的に執行するしかありません」

「気に入らん奴を殺すのが必要なんかッ!」

「否定はしません。時にはそういうこともあります。結局、世の中を良くするには誰かが手を汚すしかない。自分達は世界のためなら喜んで手を汚す道を選んだ集まりです。この欲にまみれた綺麗事の通用しない世界を変えるには、他に手はありません」


 機械のように受け答えしていたエリゴスが、わずかに目を細めた。


「あなたは、誰も命を落とさない世界を望みますか? 命に果ての無くなった世界で」


 問いかけるような一言には、憐れみが込められていた。

 人は必ず死ぬ。肉体を持ち生活していた頃の常識は、もうどこにもない。

 人に寿命は無くなった。自分で命を断つか、グラムによって断たれない限り生き続ける。

 全ての命を守れば、全ての命は永遠に続く。終わりは未来永劫訪れない。


「それが正義の果てにあるべき世界だと、本当にそう思いますか? 争いがなくなり、全ての人類が毎日毎日同じことを繰り返すだけ。無価値な歯車が回るだけの世界を、あなたは望んでいるのですか?」

「極論やんッ! 平和になったら多くの人が目的をみつけるやろッ!」

「目的を果たしたらどうすると思いますか?」

「そんなん次の目的を探して……」


 続きを言えず、アサミは口を噤んだ。


「そうです。終わりがないんです。だから自分達は、人間の尊厳を守るために終わりを与える死神となる道を選んだわけです。憎まれるだけの役目だとしても」

「でも勝手にやっとるだけやん。誰も頼んでないやん、そんなん」

「ところがいるんですよね。自分達のような死神を求めていた存在が」

「誰なん? そいつだけ望み通りにしてやればええだけやん! なんでうちらを巻き込むん!?」

「その存在がそう望んだからですよ。あなたも知っていると思いますけどね」

「どういう意味や……?」


 戸惑いを隠せないアサミに、周囲に展開する味方の一人が近づく。


「敵の戯言に耳を貸してどうする。こいつら師団長や味方を殺した仇敵だ。一気に叩くぞ」


 味方の呼びかけに頷き、アサミは再び銃を構える。照準はエリゴスに合わせていた。

 彼女に倣うように、エウトピア軍の面々の顔に決然とした火が灯る。

 確実に撃つ気配を全員が漂わせていた。


「ようやく決意が固まったらしいが、あいにくと時間切れだぜ」


 確かな殺意を浴びてなおも武器を下ろしたまま、バレットは言った。

 眉根を寄せる敵たちに何が起きているか教えるように、彼は何も無いはずの方角に顎をしゃくった。彼とエリゴスがエリアに侵入してきた方角だが、本陣の中心まで侵入されたいま、防衛している者は見当たらない。二、三人がビルの屋上に立ち、エリアの境界が突破されないか観察をしていた。

 そのうちの一人が、口を大きく開いていた。錯乱した様子で耳に装着した通信機器に触れて、口元を動かす。


《ぼ、防衛ラインがぁ、敵に突破された……ッ! たったいまっ! たくさんの光がこっちに来るっ! 迎撃準備をッ!》


 よほど余裕がなかったのか、エウトピア軍人の報告をエリゴスとバレットも受信した。動揺により共通回線を謝って開いたのか、意図があるのか。

 そんな詮索ができるのは、例外的に受信した当人であるふたりだけだ。

 ふたりを狙う軍人たちの注意は、流星のごとく接近する幾筋もの光に釘付けとなっていた。

 光の数は二十から三十といったところ。このエリアにいるエウトピア軍よりも圧倒的に少ない。

 だというのに、向かってくる光の軍勢は、それを阻もうとする電子化した兵士達を悉く返り討ちにして、勢力を保ったまま突っ込んでくる。


「なんなん……あの先頭の光……」

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