強さの理由
マナフの肉体が朽ちて桜に変わると同時、部屋の扉が開いた。
味方だと思ったエリゴスだったが、廊下に立っていたのはエウトピアの服を着た兵士だった。それも、いまこの状況においては、最も遭遇したくない相手。
「マナフ師団長……」
自分を率いていた師団長が消滅した跡を眺め、彼女は目を見開く。
「またあなたですか……いくらなんでも再登場までの間隔が短すぎませんか?」
「これも、あんたがやったんか? 師団長を、傷一つもなく……!」
「あー、やっぱり師団長って肩書きがあるだけあって、強かったんですか。そういえば、自分の動きを捉えていたしなぁ……」
「ここに来るまでにもたくさんの桜が散っとった。あれも全部あんたの仕業か? 罪もないうちの仲間を、次々と。許されると思うとるんかッ!」
「罪がない、ですか。自分を殺そうとしてましたけど、それは罪じゃないんですか?」
「それはあんたがここに侵入したからやろッ!」
「侵入したら殺されなきゃいけないんですか? どうしてですか? そっちのほうが非難されるべきだと思うんですけど」
「戦争中なんやッ! 敵が入ってきたらそうするしかないやんッ!」
「それですよ」
感情のままアサミが一つ言う度、すかさずエリゴスが反論する。
「アサミさん、自分達は戦争中なんですよ。だからこんなふうに無駄な犠牲者が出る。でも降りかかる火の粉は払うしかないんです。みんなが生きる目的を持っていてくれたら……自分達だって手にかけたくないんです」
エリゴスは心底つらそうに重く語り、マナフの亡骸たる花びらの山を見下ろした。
「ひとまず今回の目的は達成したんで、自分達はこれで退きます」
「あんたらの目的はマナフ師団長の暗殺やったんか。サリエルの使徒だのわけわからんこと言うとったけど、結局はアーケディアの手の者だったんやね」
「あ、それ誤解です。まぁ結果は同じなので些事ですけど、自分達が彼を狙ったのは勝利のためとかじゃないんで」
「ほんならなんやと言うん? 自分の力を自慢するためなん?」
「自分達は、全ての生きる目的を持つ人々の味方で、それを阻害する全ての敵です。マナフ=バロールは戦争を止めるのではなく拡大させ、結果的に私欲のために自分達の仲間を殺してたみたいなんで、最初の標的にしたって感じですね」
淀みない口調にアサミは怯む。
マナフの好戦的な姿勢については、第三師団に所属した当初から気づいていた。戦争なので反対などと言ってられなかったが、楽園と呼ばれた世界を進んで混乱に陥れる行為には賛同していなかった。
「あんたの言うとおり、マナフ師団長は好戦的やった。けど、エウトピア軍でもないあんたが何でそれを知っとるん? まさか、こっちに内通者がおるんか!?」
「はあ。あのですね、仮にそうだとしても、この段階では伝えないでしょう。アホなんですか、あなた」
「あ、あほぉ? 馬鹿にせんでくれるっ?」
「まぁでも、ぺらぺら喋ったのは自分の落ち度でもありますね。まぁアレです。自分達には協力者がいるということです。言わなくてもわかると思いますけど」
「なんなんそれ。うちの質問に答えてるのと同じやん! あんたのほうがアホと違う?」
「あなたの解釈を強制するつもりはありません。――あ」
エリゴスが何かに気づいた表情を見せる。
途端、アサミの身体に妙な感覚が奔った。寸秒後、それが彼女自身の身体にだけ起きたのではなく、この建物を取り囲む空間全体に発生した異変であると悟った。
「なんなん、これ……バインダーが、破壊された……ッ!?」
地に足を着いていながら、その気になれば鳥のように羽ばたけそうな感覚。それは決して気のせいではない。
「肉体を失った今の人類はデータの集合体で、空気中に漂ってる酸素みたいな存在です。まぁ、実際には自分達のいる世界に酸素なんてなくて、生きるために酸素が必要なわけでもないんですけど。だけど、大半の人々は肉体があった頃と同じように空っぽのデータに過ぎない酸素を求め、胃袋に入れば消滅する食事を求める。人間らしくあるために」
感情の失せた顔で語るエリゴスの横で、蒼く眩い光が床から立ちのぼる。
それも一瞬。収束した輝きのなかから、エリゴスの仲間であるバレットが現れた。
「は……? あんた、どこから来たん?」
「俺はこいつと違って君の困惑が理解できる。バインダーを破壊されて電子化できるようになったからといって、壁や天井をすり抜けたりはできない。なのに俺は床をすり抜けてここへ来た。なぜ? ……って具合か」
「ほんとにバインダー破壊したんか? 誰が、どうやって」
「この俺が、地下にいって、コレで」
バレットが祭服に隠していた腕をあげると、その手には拳銃が握られていた。
「エリゴスが上の連中を引きつけてくれたから楽だったぜ。そういや、お前のほうは片付いたのか?」
「大したことなかった。師団長でこのレベルなら、自分たちの敵じゃない」
「そんなもんか。個々の実力は恐れるに不足していても、数だけは厄介だからな。そのへん肝に銘じろって言われてんだから、油断すんなよ」
「別に誰も油断なんかしてないから。目的済んだし、もう行こ」
「そうだな。〝あっち〟がどうなってるか、だな」
「団長は心配ないでしょ。やられるとこ想像できる?」
「そうだとしても心配したいんだよ。わからないか、こういうの」
「さっぱり」
意味深な会話、アサミこそ何のことかさっぱりだ。
置いてけぼりにされている間に、サリエルの使徒を名乗る二人の身体が蒼い燐にまとわれる。逃げようとしていることは明白でも、どう対処すべきか敵対する彼女にはわからない。
「もう片方の質問に答えてなかったな。ほら、知らん何かを使ったのか、って質問に。俺は真面目だから答えてやるよ」
目を合わせようともしないエリゴス。彼を見ていたアサミの視線が、わずかに口角をあげて喋るバレットに向いた。
無力な彼女は、あまりに実力差のある敵の強さの秘密に耳を傾けるしかできない。
「人であることを捨てたからだ。それができない限り、君には俺を倒すことも、生きる理由を果たすことも不可能だ。エリゴスを殺すっていう、君の存在目的をね」
黒衣の二人は光球に変わり、天井にぶつかったかと思うとどこにも見えなくなった。バレットがこの部屋に来た時と同じ。信じられないが、天井をすり抜けて外に出たらしい。
またも取り残されたアサミ。呆然と佇む彼女の耳に、味方からの通信が届く。
《塔の上空でバインダーを壊した者達を包囲した! 敵の実力は未知数だ! 手の空いているものは増援を頼む!》
アサミの身体もまた蒼く光る。身体が宙に浮き、電子化が完了する。
閃光と化した彼女は廊下に飛び、増援に向かう仲間達の光に混ざり最短ルートで塔の上空を目指し駆け出した。
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