悪人の救済
敵対するアーケディア軍との交戦が続くエリアの中心、バインダーを守護する目的も担う塔の作戦本部にて、第三師団の師団長を務めるマナフ=バロールは戦況を報告した部下に目をやった。
「そうか。アーケディアの連中は撤退を始めたか。賢明な判断ではあるな」
「少数はエリアの端に残留しておりますが、殲滅に向かわせるべきでしょうか?」
「放っておけ。動向を監視している程度なら普段からいるだろう。何も起きないと思いながら上の命令だからと従っているだけの木偶の坊だ。それに、多少エリア内に敵がいたほうが兵士達も油断しない」
「一理ありますね。聡明なお考えだと思います」
「鼠が紛れ込んでいるらしいが、そっちは片付いたのか?」
「あ、その、そちらに関してはまだ対応中でして……たった二匹なので被害はないと思いますが、どうも足だけは早いらしく、少々てこずっておりまして……」
「言い訳はいい。とにかく早急に始末しろ。二匹といえど、この近くまで来ているなら目障りでしかたない」
「すぐに手を打ちます」
「それが済んだらすぐにアーケディアへの報復の準備にかかれ。我々の領地に攻め込んできた報いを思い知らせてやらねばならんからな」
「そちらにつきましても抜かりなく」
報告にきた隊長はへこへこと頭を下げると、逃げるようにそそくさと自動扉から廊下へと消えた。
もう少しうまく嘘をつけるようにならなければ、あの男は小隊の隊長止まりだな。部下への評価を済ませ、エリアの境界に展開する部隊の現況を順番に確認した。いずれも守りを固めている。問題は見当たらない。
撤退の方針に反対したアーケディア軍の兵士が侵入してきたのか。ここまで近づくとは大したものだ。それだけの行動力があるならば、その気さえあればうちの兵士に寝返ってもらいたい。先ほどの男よりは期待できるだろう。
もっとも、アーケディアへの愛国心ゆえの行動ならば、始末するより他にない。
不意に、入室許可もなく入口の自動扉が開いた。睨むように入室してきた部下を見る。
エウトピア軍で採用されている白い軍服とは正反対の色の祭服が目に留まった。どうやら面倒な事態になったようだと、マナフは深いため息をついた。
◆
塔に侵入して作戦本部まで辿り着いたエリゴスを前に、師団長の男は見せ付けるようにため息をついた。
「策がないのではなく、塔にまで侵入されている事実を隠蔽したかったのか。まったく、無能な部下ほど頭を悩ませる種はないな」
驚いた反応もせず滔々と喋る男に構わず、エリゴスは二本の小太刀を抜いた。
「これめんどくさいタイプのやつだ。さっさと片付けよ」
「まぁ待て、君ほど優秀な兵士を殺してしまうのは些かもったいない。君さえよければ幹部候補として輪が軍で雇うよう上に申し入れてみようと思うのだが、どうだ? 悪い話ではないはずだ」
「言うと思った、そういう台詞。あいにくとアーケディアにもエウトピアにも属するつもりはないんで」
「どういうことだ? 君はアーケディア軍の兵士だろう?」
「一言もいってないけど……偉いやつってどうしてすぐ決め付けんだろ。あなたがここの部隊をまとめる師団長のマナフ=バロールなんですよね?」
「その通りだが、ここまで侵入してきたのは俺に会うためだったのかね?」
「なんか肯定したくない訊き方だな。でも、まぁそうです。自分の目的はあなたですよ」
返答を耳にして、奥の椅子に座っていたマナフが立ち上がる。
「では要求を聞こう。世界はエウトピアとアーケディアに二分されているというのに、どちらにも属していないと矛盾した主張をする君のことだ。なにか楽しい提案をするためにここへきたのだろう?」
「要求ですか……では質問を一つ。あなたはこの戦争を上からの命令でしていますか? それとも、あなた自身の欲のためにしていますか?」
「返答によって君の対応が変わるのかね?」
「いや、変わりません。でも、気持ちは変わりますね」
「よくわからんが、君はまだ若い。俺のような成功者の話を聞いておけば今後のためになるだろう」
マナフがさりげない動作で銃を引き抜いた。
銃口はエリゴスを捉えていたが、引き金を引く気配はまだない。
「このラストエターニアにおいて、基本的には人類の命は永遠だ。ならば、上の立場にいる者が老いを理由に席を退くことはない。席を奪われるときは、奪われた者より劣っている場合だけ。俺は上にいた者より功績をあげ、現在の立場を維持することで自らが優れていることを証明している。ガキのような考え方だと思うだろうが、それが答えだ。一種の承認欲求、つまりは欲のためだ。無論、エウトピアへの忠誠がないわけではないがね」
「戦争において功績あげるには、具体的にどうすればいいんですか?」
「より多くの敵兵を、より少ない戦力で倒せばいい。言うだけなら簡単だな」
「永遠の命を終わらせる〝グラム〟を使って、ですか?」
エウトピア軍で支給される剣と銃、アーケディア軍で支給される剣、そしてエリゴス達の持つ武器。通常の武器では奪えない永遠の命を、その特別な武器でなら終わらせる。グラムと呼ばれるプログラムが組み込まれているから。
「それはそうだろう。普通の武器では足止めできても、時間が経てば再生する。移住する前と比べると不思議でしかたないが、君も俺も、この世界に住む人類の身体をそうできている。拷問のような悪趣味はないのでな。永遠の命の終わりを桜にするとは、よく考えたものだと思わないかね? 命は散るときこそが最も美しい」
「あぁ、そうですね。それには同意します」
平坦な声色に混じった殺意をマナフは見逃さなかった。
拳銃の引き金を引こうとすると、エリゴスが驚異的な速度で詰め寄った。
かろうじて銃口で影を追う。
銃ではなく剣を構えておくべきだったと後悔する頃には、刃が眼前に迫っていた。
「なんだその速さッ! 君は何者だッ!」
引き戻した銃身で必殺を防ぐが、マナフに冷静な思考をするだけの余裕はない。
空いている左手で剣を抜くべきか、一歩下がるべきか、
たった一秒にも満たない逡巡であったが、それが敗因となった。
二本目の小太刀が、彼の脇腹を裂いていた。
「あなたのような悪人の敵、とでも覚えておいてください」
声を発することもできなくなって、マナフの膝が崩れる。
見上げた祭服の若者の瞳には、入室から見せていた無関心な色ではなく、明らかな侮蔑が滲んでいた。
自分の命がこのような形で終わるとは、想像もしたことがなかった。斬られてなお、本当に死ぬのかと疑わしくも思えた。身体が宙に浮いているようで、感覚がなかった。
最後の瞬間、ほとんど見えなくなったマナフの視界で、作戦本部の自動扉が開いた。
一人の白い騎士が入ってきたのを見届けて、彼の意識は途絶えた。
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