異常

 救助に来てくれた同胞の手を借りて、案内されたセンリョクの兵舎でアサミは一晩を過ごした。ローライトにもルチルの家で起きた出来事を話したが、彼の反応は薄かった。殺人鬼になるのはともかくとして、ラストエターニアに移住する前は睦まじかった夫婦が永遠の命を得た途端に別れたり、片方を殺すのは珍しくないらしい。時間が永遠ならば一人の伴侶では満足できない、なんて醜い欲望が爆発した結果だとローライトは語っていた。そんな軽薄な人間が大勢いるなど、アサミは信じたくなかった。


 エリゴスと接触しておきながら、サリエルの使徒については何も探れなかった事実も包み隠さず報告した。呆れられるかもしれないと覚悟のうえだったが、ローライトは咎めなかった。短く相槌を打ち、「しかたない」と同情してくれた。

 夜が明け、アサミはルチルの家があったセンリョクを後にした。昨日辿った道を戻り、ローライトの直属部隊が拠点にしているユウオウに帰ってきた。惑星全体が橙色の砂嵐に覆われており、さらにバインドエリアが四分の一を占めているそこは、地形に関する情報がなければ迂闊には降り立てない。

 昨晩ローライトから伝えられた座標を確認する。人差し指を立てて、惑星を隅からなぞるように虚空で動かす。指先に表示された座標情報を参考に、目的の座標の位置を探る。


 やがて少数点以下二桁まで重なった地点を見つけ、ユウオウに降り立った。

 ローライトが教えたのは拠点のあった小さな街の座標だと思っていたが、アサミは周囲一面が砂漠で方向感覚がまったくわからない場所に着地した。降りる位置を間違えたのかと心配になったが、左の方角から近づいてくる機械の駆動音に気づき、正解だと確信した。


「お待たせ。大変だったみたいだね」


 四人乗りの小さい車に乗って現れたのは先輩兵士のマリーだった。ローライトの部隊に配属した際、初めて喋りかけてくれた人だ。彼女が一人できていると知り、アサミは合点がいった。


「迎えに来てくれたんですね。あー、なるほど。直接街にいったら尾行されてたときにバレちゃいますから、その対策なんやね。うちにも隠しておくなんて、ローライト師団長は用心深いなぁ」

「サリエルの使徒とまた接触したからじゃない? 聞いたよ、師団長から。アサミちゃんにその気がなくても、アサミちゃんがつけられる可能性はあるからさ。師団長はそれを警戒してあたしを迎えに寄越したんでしょ。VIP待遇だね~」

「実際は失態ばかりで情けない限りやけど……」

「ありゃ、触れちゃいけないところだったかな?」


 功績をあげられず、やられてばかりの自分を自己嫌悪するアサミに、マリーは少々気まずそうな様子で呟いた。

 アサミは用意された車に乗る前に左右を見回す。


「追っ手は……どこにも見えませんね。さっき外から見ましたけど、ユウオウの表面は全部砂嵐やったから、外部から追跡なんて絶対不可能なはず」

「同感かな。じゃ行こっか。乗って乗って」


 促されてアサミは後部座席に座った。助手席を選ぼうとしたが、エウトピア軍の標準装備である西洋剣と拳銃が置かれていたのでやめた。緊急時に備え、いつでも取れる位置に武器を置いているのだろう。仮に後部座席に置いてあったら、武装までに何秒も遅れてしまう。

 細かい部分だが、これが経験の差による普段の立ち振る舞いの違いか。感心したアサミは、運転席に乗り込んできたマリーに気持ちを伝えようと、ルームミラー越しに先輩の顔を見た。


 思わず、絶句した。

 運転席に座りハンドルを握ったマリーの瞳には、生きている人間なら誰しもが秘める生気がなかった。潤いが失せた人形のような瞳で、真正面を一心不乱に見つめている。アサミの視線には気づくそぶりもない。

 初めてローライトの部隊に助けられたときも、戦闘を終えた隊員の面々が似た様子になっているのを見た。あのときは見間違いだと決め付けたが、二度目となると否定できない。あれは見間違いではない。事実として、あのときの兵士達は様子がおかしかったのだ。そして、ここにいる先輩兵士も。


「マリーさん、その、どうされたんですか?」

「んっ? なにが~?」


 声をかけた途端、不意にマリーの眼球は光沢を帯びた。本人にそれを気にした様子はない。

 無自覚なのか、隠しているのか。訊いても正直に答えてくれるとは思えず、訊けば何か嫌な事が起こる予感もあった。


「……いえ、なんでもないです。運転、よろしくお願いします」

「任せておきなさーい。あたしドライブが趣味だからね。ま、景色の変わらない砂漠ほど走ってて楽しくない場所もないけど」


 マリーは笑みを含んだ声で軽口を叩く。アサミも愛想笑いをした。笑える状態ではなかった。

 先日の戦闘終了時も、ローライトだけは生気の失った瞳をしていなかった。つまり彼は正常だ。彼の直属部隊の隊員が異常を起こしている。となれば、彼の身に危険が迫っていると危惧せずにはいられない。

 ローライトに伝えなければ。

 異常に勘付いたと悟られぬよう、誤魔化すつもりでアサミはマリーとの会話を続けた。途中で恐怖によって手が震えだしたが、必死にもう片方の手で押さえつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る