サリエルの使徒

のーが

プロローグ

 永遠の命を与えられた私たちは、戦争をしていた。その始まりは、この永遠の命を終わらせる方法があると世界に知れ渡ったときだ。

 本来それは、自殺にのみ活用されるはずの仕組みだった。しかし愚かなことに、人類は自らの手によって、それを他殺にも流用できようにしてしまった。

 永遠の命を謳歌する楽園を築いたにも関わらず、時代は逆行する。かつての人類と同じように、私たちは命の奪い合いでしか他人を制御できなくなっていた。


「そう考えるとさ、なんか皮肉な話だよね。あたしらは実質不死身になったってのに、それを終わらせる道具ができちゃったら意味ないじゃん。小説とかでもさ、不死身って設定のキャラ結構死ぬじゃん? やっぱそういうもんなのかなぁ。どう思うよ、アサミ」

「うちだって、できればこんなことしたくない。でもしょうがないやん。秩序のためには、それに反対する勢力はなんとかしないといけないんやから」

「それってホントに正義っていうのかなぁ。あは、正義とか言っちゃった。おっかしいなぁ、お金が欲しくて軍隊に入っただけのはずなのになぁ。ま、どんなに勇ましいことを言ったって、あたしらは後衛の待機部隊で、作戦行動中でもこうやって雑談しちゃってるんだけど」


 白いマントの下に隠れていた右腕をあげ、彼女は自慢の金髪をねじねじといじった。もどかしい気持ちを抱えているときの癖だ。口では斜に構えた様子で語っていても、自分も戦いたいと感じているのもかもしれない。


「ルチル、あんたが前線に行きたいんなら、うちもついていく。どうするん?」

「なんであたしがそんな危険を冒さないといけないのよっ!」

「あんた見かけは遊び人なのに真面目やからね。給料もらってる分は働かないと気が済まないんやないの?」

「遊び人じゃないし! 模範的なエウトピア軍の兵士でしょ? あ、美少女兵士のほうが素敵かも?」

「美少女って……うちらもう成人しとるんよ?」

「軍に入らなきゃ大学通ってる歳なんだしいいじゃん」

「言う? 大学生のこと美少女って。……そういえばたまに聞くかも。わからんなぁ、うちらまだ少女で通用するんかな?」


 まったくもって益の無い話だ。

 街外れの防衛線から見えないほど離れた位置にいるとはいえ、この地域では私たちの軍と敵が交戦状態にある。話の聞こえる範囲に仲間がいないからといって、こんなカフェでお茶しているかのような暢気な気分でいていいのだろうか。

 いいのかもしれない。私たちの軍は圧倒的で、戦えば負けるはずがないのだから。

 無謀にも私たちの領土に攻めてきた敵軍が敗退するまで、あとどれくらいだろう。他人事のように想像しながら青空を見上げると、ふと、空より深い青色の光が奔ったような気がした。


 いや、違う――


「気のせいやないッ! ルチル、空から何か来るッ!」

「見えてる。どうやったか知らないけど、奇襲には違いないでしょ。高い給料もらってんだから働けってことよ!」


 ルチルと私は同時に腰のホルスターから拳銃を引き抜く。茶色の木材に金色の鉄を組み合わせた骨董品のような外観でも、コレは永遠の命を刈り取る道具の一つだ。

 私たちはこれから人を殺す。でもしょうがない。降りかかる火の粉を払わなければ焼けるのは自分だ。自分の命が奪われる。そうならないためには、敵は殺すしかない。

 人気の無い市街地の上空から、黒い塊が降ってくる。初めは針の穴ほどの大きさに見えたソレは、地表に近づくにつれて瞬く間に大きくなり、隕石のごとく私たち二人の目の前に着地した。

 予想したとおり、それは人だった。

 付け加えれば、目が隠れるほど前髪を伸ばした若い男だった。

 教会の司祭が着るような漆黒の祭服をまとったその男は、けだるそうな目で武器を構える私たちを交互に見た。


「……あー、なんだっけ。あー、そうだ。あなたたちに問います。えーと、あなたたちが、永遠を生きる理由を教えてください」

「あんた何者ッ!? アーケディア軍、じゃないわよね?」


 引き金は、すぐには引かなかった。男の着ている服が私たちの知る敵軍のものとは異なっていたからだ。照準を怪しげな男から外さぬまま、この場はルチルに任せることにした。彼女のほうが交渉は得意だ。

 けだるそうな男は両腕を組み、一つ頷いた。


「それで合っています。自分はアーケディア軍ではありません。ですが、先ほどの問いの返答しだいでは、自分はあなたたちの敵になります。答えてください」

「意味わかんない。とりあえず捕虜になってもらうわ。おとなしくしなかったら、わかるわよね?」

「あー……そう来ますか。でしたら、えーと、アレか」


 男は黒い祭服に両手を突っ込む。取り出したのは、同じ長さ、同じ色の黒い二本の小太刀。


「自分はここで倒れるわけにはいきません。自分には目的があります。それを阻むなら、相応の対応を取ります。どうか答えてください。あなたは何を目的に生きているのですか?」

「生きる目的なんて知らないわ。ただここにいるから生きるだけ。でも……そうね、この瞬間のあたしには明確な目的がある。あんたを、不審者を捕らえるって目的がッ!」


 宣言と同時、ルチルは銃を握る手に力を込める。

 男との間合いは充分。確実に小太刀が届く距離ではない。

 引き金が引かれる。命を消す炸裂音が場違いに澄んだ空に響く。

 なのに、撃たれたはずの敵の男がルチルの隣に立っていた。

 男が右手に握る小太刀が、彼女の腹部に刺さっていた。

 小太刀の先端が、彼女の背中から突き出ていた。


「うそ……」


 ルチルがそう呟いた直後、彼女の身体は千の桃色の花弁となり、風に揺れることなくその場に舞い落ちた。

 血肉を代償に永遠の命を得た人類にとっての死の形――かつての表現をするならば、その花びらはルチルの死体だ。

 高校時代から親友だった彼女の、終わることのないはずの終わりだった。


「残念です……そちらのあなたも答えてくれますか? 与えられた永遠の命、あなたは何を目的として生きますか?」


 ――『何を目的として生きますか?』やって……?

 なぜ初対面の男に、それも親友を殺した男にそんなことを訊かれているのか。この男はなんだ。私の敵なのは間違いない。理由はただ一つだけど、その根拠さえあれば私が武器を向けるには充分すぎる。

 あまりの憤りに声すら聞かせたくなかったけれど、喉の奥から無理矢理に搾り出した。


「その答えによって、あんたは、うちの敵になると……?」

「そうですね。だから答えてもらえますか? あなたの生きている理由を」


 この男はどうして私とルチルの生きる理由を知りたがる? どうしてルチルは殺された? どうして彼は銃弾に当たらなかった? 当たったのに生きている?

 わからない。

 わからないけれど、彼の問いへの答えならわかる。


「……そんなん、決まっとる」


 生きる理由なんて考えたこともない。その時々でやりたいように、あるいは周りが望むように生きてきた。惰性で生活していたのかもしれない。だから、私もルチルと同じように、生きる理由なんて答えられないはずだった。

 だけど、たった今できた。

 皮肉なことに、大切な人を失ったことで、私に欠けていたかもしれない〝目的〟が埋まった。

 それは、曇りのない憎しみの色に染まる理由。

 私は親友と同じように武器を構え、問いかけてきた黒い祭服の男を睨んだ。

 それから、望み通りに答えてやった。


「あんたを、殺すためや……ッ!」

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