生き残りの務め

 まるで時間が止まっているかのようだった。戦闘の最中であるはずなのに、桜の舞い散るその空間だけが世界から切り離されているよう。

 幻ではないか確かめるようにエリゴスが片手を伸ばす。彼の周囲にあった花びらが、粒子に分解されたのち、彼の手に吸収された。遺骨代わりに、取得したのだ。アサミもルチルが殺されたとき、同じ行動をとった。

 落ちていく命。手にかけた張本人たるアサミさえも、斬った敵の仲間である二人が醸す重苦しい気配に、迂闊な言動をできずにいる。


 しかし、いつまでも固まっているわけにもいかない。振り下ろした剣を握り直して、アサミは茫然自失となっているかつての上官を見た。仲間に庇われて九死に一生を得た、サリエルの使徒の頭目を。


「まだ続けるんか? 仲間に命を守ってもらったんや。白旗あげてもええんやない? 抵抗しないなら、ローライト師団長も悪くせんやろ」


 奇襲をかけたエウトピア軍の二人が、アサミの隣に控えた。かなり戦力を削られたが、相手がメリアとエリゴスだけれならば圧倒的な優勢だ。

 一足遅れて、上空から現れたローライトが付近に着地した。彼の側にも、二人の兵士が後方で待機する。命令さえあれば、弾丸と化してサリエルの使徒を強襲するだろう。


「アサミの言葉に偽りはない。メリアズールに、エリゴスといったか。武器を収めろ。俺とお前達の目的は一致するはずだ。争う理由はない」


 サリエルの使徒から返事はない。メリアは死んでいるかのように微動しないが、彼女より離れた位置にいるエリゴスは反応した。といっても、顔をローライトに向けただけだ。侮蔑を込めた視線と共に。

 敵意を消さぬまま、エリゴスは両手の小太刀を腰の鞘に収めた。


「……案外あっさり降参するんやね。そんなに命が惜しいんか。大勢を殺しておいて、自分は命乞いしてでも生き延びたいんか」

「仕方ありません。自分には、こうする他にないんで」

「アンタには借りもある。うちもローライト師団長の意向におとなしく従ったるよ」


 エリゴスの対応はアサミに任せ、ローライトは険しい表情のままメリアを見上げた。彼女は未だに大鎌を離そうとしない。手足の先端すら固まっているように動かない。ローライトの呼びかけにも応えない。

 戦意喪失しているうえ、交渉もできないならば取るべき手段は一つのみ。


「もはや彼女には話が通じないようだ。アサミ、そいつを始末しろ」


 上官から命令を受けるまでもなく、アサミはそのつもりだった。数日前に再会したときからの威勢の良さは消え、嘘のように覇気が喪失している。こんな状態のメリアには、彼女の語った壮大な計画が成し遂げられるとは思えない。

 叶わない夢を追うくらいならば、絶望する前に命を絶つほうがマシかもしれない。これがサリエルの使徒の目的である〝救済〟か。

 親友が殺されなければ、メリアの隣に立ってローライトと戦っていたかもしれない。そんなもう一つの世界の可能性を感じながら、この世界では敵対する存在に剣を構えた。


「――ははっ、そっかぁ。へぇ、そっかぁ」


 心底おかしそうに笑う声は、初めどこから聞こえてくるのかわからなかった。深淵から発せられているがごとく消え入りそうな声が、笑いながら歩み寄ってきているかのように段々と大きくなる。

 静止していたメリアの肩が上下する。それでアサミは、メリアが笑みを漏らしているのだとわかった。


「仲間がいなくなって、おかしなったか。安心してええよ。うちがすぐに後を追わせたる。嫌ならはよ武器を捨てるんやね」

「アーちゃんはさ、ホント青いねー」

「……なんやと」

「バレたんがその気になれば、アーちゃんを射殺できたわけ。当たり前じゃん? あーしを庇うだけの猶予があったんだもん。なのにアーちゃんが生きてるってことは、これ以上言わなくてもわかるじゃん? エリーに救われたともいえるね。アーちゃんを殺すなって頼んだのはエリーだし」


 構えた西洋剣の先端が、がたがたと震えた。


「そんな、他人に言われたからうちを殺さず、自分の命を差し出したと?」

「あとはバレたんの生きる理由にあったかも。バレたんは、サリエルの使徒を率いるあーしを守ることが使命だって言ってたから。アーちゃんも見たでしょ? バレたんの最後、すごく満足そうだったよね」


 メリアの言うように、手にかけた敵は最後に笑っていた。永遠の命が失われようというのに、それが最上の喜びだとでも主張するように。


「あーしもさ、ちょっと思っちゃったんだよね。アーちゃんに殺されるなら、あーしの命にも理由ができるだろうなーって。目的とかあっても、叶えられるかなんてわかんないし。アーちゃんはさ、エウトピアを裏切ったあーしを憎んでるでしょ? その復讐が果たされるなら、目的が叶えられなくても、あーしの命には価値があったってなるじゃん?」

「うちが満たされるなら、死んでもええって言っとるんか」

「あーしの選んだ生き方と死に方は過酷すぎるってわかってるから。だから甘えようとしちゃったんだろうね。これから先も、死神の役目を果たすために多くの命を奪い続ける。終わりがいつになるかなんてわからない。なら、さっさと価値のある死を迎えて消えてしまいたい。そんな欲が出ちゃったみたい」

「生きているより死んだほうがマシやって? そんな死にたいんなら、うちが介錯したる」

「うん。そうだったんだけどさ」


 戦意喪失していたメリアの腕が引かれる。両手に握る大鎌の首が追従する。

 メリアは再び大鎌を構えた。

 彼女の身体から、電子化の前兆たる煌く粒子がふわっと広がった。


「一度救われちゃったら、もう諦められないよね」

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