時間切れ
突進を警戒したアサミだが、即座にメリアの姿を見失う。
「なるほど。こちらに来たかッ!」
地上から聞こえる声。ローライトだとわかっても、何が起きたかの理解には数秒を要する。
振り返って見下ろす頃に理解した。活力の蘇ったメリアの狙う相手が、アサミではなく拠点を襲撃した部隊の長なのだと。ローライトを討ち取れば、戦闘が終わると踏んだのか。
急遽襲われたローライトだが、薙ぎ払われた大鎌の刃を間一髪の位置で受け止めた。
「何をしているッ! こいつをやるぞッ!」
ローライトの号令に、彼のそばで控えていた兵士が電子化してメリアに飛びかかる。メリアを振り払うと、ローライトもまた電子と化して森林の奥地に溶け込む。メリアは標的を追い、兵士の面々も彼女に続いて薄闇の向こうに溶けた。
「――じゃ、自分も始めるとしましょう」
メリアが去ってすぐ、エリゴスは呟いた。
相変わらず随分と心の余裕を感じさせるが、彼の手に武器はない。何のつもりかと訝しくしている間に、その場に残っていたマリーがエリゴスに斬りかかる。
閃光のごとく一筋の斬撃。瞬いた光は、どういうわけかエリゴスを弾いた。
いや、弾かれたのだ。いつの間にか、エリゴスの両手にはそれぞれ武器が握られている。
それはどこにでも売っている、民間人ですら護衛のために所持している者もいる安物の両刃の剣。古代はきっとこうだったんであろうという、銅の柄から長身の刃が伸びているだけの武器。それが二本、エリゴスは両手にぶら下げる。
「そんなもん持ってたんか。自慢の小太刀を使わんでええんか? そんなんで何度斬ったって無駄で、うちらのは掠っただけで終わりやぞ。舐めとるんか?」
「殺せないからいいんですよ。殺せないから、貴方と存分に戦える――ッ!」
心臓を握られたかのような凶悪な気配。息を呑む時間すら許されず、両手を交差させたエリゴスに一瞬で肉薄されたかと思うと、肉体を消し飛ばす勢いの一撃が放たれる。
防御したはず。それにも関わらず、アサミは森林の木々の隙間を縫って吹き飛んだ。
なんとか衝撃を殺して前方を確認する。
いない。
予想外の状況に、脳が喧しく警鐘を鳴らす。勘に任せ、地上に向けて身体を捻らせる。
視界の外側から奔ったエリゴスの剣が鼻先の虚空を裂く。偶然だが隙を逃すわけにはいかない。捻らせた身体を元に戻し、水平方向に回転しつつアサミが刃を振り下ろす。
エリゴスが受け止めるなり、彼の後方からマリー達が追いついた。三対一の状況に持ち込まれ、一旦距離を取ろうとするエリゴスを追尾する。
「あのバレットとかいう奴、アンタの同僚やったんやろ? なぁ、アンタどう思ったん? ルチルを殺されたうちの気持ちが少しはわかったか」
特急列車から眺める景色のように深い森の木々が過ぎていく。エリゴスは尋常でない移動速度だが、アサミもマリー達も負けていない。これがローライトの開発したアンドヴァリナウトの力。一本でも嘘のように身体が軽くなったのに、今は二本目も打った。思考するだけで身体が勝手に動く。なおもエリゴスに追いつけないでいるのは、単純にこの力に慣れていないからだろう。
「べつに、最初から貴方の気持ちくらいわかってます。貴方こそわかってない。バレットがどんなことを思って貴方に斬られ、消えていったのか」
「アンタもメリアと同じように言うんか。殺されて感謝する奴がおるわけないやん! 殺してくれって頼むアンタは違うのかもしれんけど」
「そうじゃないですよ。バレットは自分達に託したんです。ここで消える運命ならば、後は任せると。任されてしまったのですから、私情としては貴方の理由のために死んでもよいところですが、そうもいかなくなりました」
「なに余裕かましとるん? 何でも思い通りにいくとは限らんで!」
敵に追いつき、叩き落とす。雑念を払い思考をそれだけに染めると、身体は光速から更に加速した。後続のマリー達も速度を上げ、左右に分かれて森林に溶け込む。
武器の射程にエリゴスを捉える。刃を振り下ろそうとした直前、彼は垂直に上昇した。
すぐさま下降しながらの激流のような一撃。平時ならば防ぎきれなかっただろうが、アンドヴァリナウトにより身体能力の向上しているアサミには耐えられた。
けれども決して軽くはない。反撃に転じるだけの余力は残せず、降りかかる二つの剣を阻むだけで精一杯だ。地面まで押し込もうとしているのか、エリゴスは競り合ったまま離れようとしない。
「薬ですか。そんなものを使ってまで、自分を倒したかったのですか」
「説教でもするつもりなんか? アンタを殺せる可能性があるって言われたから使ったんや。素のうちじゃアンタには敵わん。それを認めとるから、手段を選んでる場合やなかった。文句あるんか?」
「悪くないですよ。それで生きる目的を叶えられるなら、むしろ良い選択だと思います」
「自分が死ぬかもしれんのに、よう悠長に言えるな。アンタ頭おかしいんやないん?」
「そりゃそうです。マトモなままじゃあ、死神なんて役割やってられませんからね」
不意にアサミを押し込む力を緩めたかと思うと、彼は跳ね返るように再浮上する。
直前まで彼のいた空間を交差した鋭利な光に、その行動の意図を知った。
三対一の状況、アンドヴァリナウトの使用により各個人との実力差も開いていないはずだが、エリゴスに焦る様子はない。高い位置から、アサミ達三人の白騎士を憐れむような眼差しで見下ろす。
「わかってると思いますが、貴方達は死にます」
あまりに唐突すぎる敵の宣告に、アサミ達は怯む。
「なんなん? なんの意図があってそんな脅しを吐くん? この状況でも、アンタはうちら全員を倒せるってわけか?」
「わかりませんか? その覚悟もなく戦ってるなら、本当に憐れだ。生きる目的を持っていないのなら幸福かもしれませんが。意味のない命でも、誰かが利用しくれれば多少の価値は出るでしょうし」
「わけわからんこと言うなッ! 意味のない命なんてないんやぞッ!」
「どうして断言できるんですか? 貴方はこの世で命を授かった全ての人がどう生きて、どう死んでいくつもりか把握してるんですか?」
「そんなんアンタにだってわからんやろッ!」
「わかりませんね。ですが、意味の命があるのは知っています。裏で不満ばかり垂れながらも、表ではより権力のある人物にへつらうような輩が、自分が見てきただけでも掃いて捨てるほどいます。そんな奴らは生涯奴隷。特別なものは一つも生み出せず、ただ死んでいくだけ。代わりなどいくらでもいるし、別段代わりが必要なわけでもない。それなのに、この寿命のない世界では永遠に生きなければなりません」
「それで殺すんか。なんで変わるかもと待てないん――」
アサミが問いかけたとき、前触れもなくエリゴス追撃に協力してくれていた同僚が、獣のような呻き声を発した。マリーと共に、アサミも同僚の様子を窺う。
手のひらから剣を落として、痛みを和らげるためか、両手でこめかみ辺りを押さえる。頭部を潰さんばかりに強く力を入れているが、一向に回復する兆しがない。呆気に取られ、同僚の身に起きた異変の正体に見当がつかないまま、苦しんでいた同僚の肉体が勝手に破裂して桜の花びらに変わった。
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