親友の戦死を

 サリエルの使徒を逃したあと、ローライトが呼んだ追加の部隊がハクドウに到着した。ローライトは彼らに指示を与え、直属の部隊以外を残して別の惑星に移動した。新入りのアサミもまた、最後尾で控えめに追従して、新しい上官に続いた。

 降り立ったのは、視界一面に砂漠の広がる惑星・ユウオウ。外から見ると、ユウオウには巨大なドーム状の突起物があった。そこがバインドされているエリアだ。色は透明で、内部の構造は外側からでも確認できる。ただし触れれば電子化が解除されるため、内部では光速移動は制限される。


 バインドは別段珍しいものでもない。どの惑星にも大抵あって、その惑星にとっての主要箇所を守る役割を担っており、そうでもしなければ電子化した敵が瞬時に懐へ侵入できてしまう。そういった事態を防ぐためか不明だが、バインドを発生させるバインダーは人類がラストエターニアに移住した当初から、各惑星に一つずつ設置されていた。

 それがいまでは、まったく設置されていない惑星があれば、複数設置されている惑星もある。つまり他の惑星から奪い取り、別の惑星に追加で設置したのだ。エウトピアとアーケディアの首都には三つ以上のバインドダーがある。目視できる数は互いに三つだが、防衛の観点から正確な数は公表されていない。


「ずいぶん手薄な守りですね。いつもはこの惑星で生活しとるんですか?」


 バインドエリア内に入り、用意されていた車に乗って砂しか見えない場所を進みながらアサミは隣にいた年上の女性に尋ねた。


「そうだね。あたし達はちょっと特殊な部隊だから、あんまり人目につくところにいると都合が悪いの。ここって守りは手薄に見えるけど、見渡す限り砂だらけだから、バインド内を正確に移動するのがすごく困難なの。自然の守りがあるから、バインダーを増やしたり、見張りをたくさん置く必要がないみたい」

「ここを選んだのは、そういった意図があったんやね。そうでもなけりゃ、こんな砂嵐だらけの惑星に拠点を構えようだなんて思うはずないもんなぁ」

「住めば都とはよくいったものだと思うけど、その点に関してはアサミちゃんに同意かな。あたしもここが一番だとは言えないし」

「そうですよね。身を隠すにはええとこやと思うけど、首都や他の師団の本拠地は近代的な街にあるのに、ローライト師団長の部隊だけがこんな砂漠のど真ん中にあるなんて知らんかった。自分たちの軍にも教えてないんですか?」

「各師団のトップと総司令はご存知のはずだよ。他には知らせてなかったと思う。稀に裏切りもあるからね。無闇に情報を広めたくないみたいよ、師団長としては」

「はぇー、やっぱすごい部隊なんやなぁ」


 まるで他人事のよう。軍の最高機密に値する特殊部隊に配属されたことが、アサミには実感がなかった。無理もない。つい昨日までは前線に立つこともなく、安全圏から戦況を見守るだけの日々だったのだから。

 

 さらに十分ほどして、アサミ達を乗せた車は停止した。同僚に促されて降車する。煉瓦で作られた家々が並んでいる。どれも年季の入った壁面に砂が貼り付いているが、この世界が誕生してまだ十年だ。あえてこのように建てられているのだろう。


「小さな街だけど、生活するには困らない程度にはお店もあるからね。なにかあったら連絡して。先輩が教えてあげるから」


 明朗な微笑みでマリーは言った。車内でアサミと話していた女性兵士だ。

 礼を伝えると、マリーは部隊の集団から離れていき、街角を曲がって見えなくなった。彼女を見送る際に気づいたが、街を歩いている人の数が著しく少ない。街で一番の大通りのようだが、視界に映る人の数は目視で数えられる程度だ。住みにくいと思しきこんな場所では、これが妥当な人口なのかもしれないが。


「アサミ、少しいいか?」


 呼ばれて振り向くと、硬い表情を浮かべたローライトがアサミを見ていた。


「ローライト師団長、うちはどこにいればええのでしょうか」

「それは後から説明しよう。それより、君とは今後について話す必要がある。君の後ろにある建物が我々の詰所だから、まずはなかへ入ろうか」


 アサミの背後には、他の建物とさほど変わらない見た目の建造物があった。


「これがローライト師団長の詰所なんですか?」

「ショボいと思ったのかな? エウトピア軍を指揮する五人のうち、いまは四人になってしまったが、その一人がこんな民家と変わらない場所にいることが信じられないか?」

「そんなつもりではっ。その、うちのとこの師団長は派手な暮らしをしていたもんですから」

「マナフ師団長にはそういう趣味があったようだね。俺はあまり好みじゃない。どちらかといえば、自らも戦場に立ちたいと願うタイプらしい。居場所は戦場にあるから、平時はこれくらいで充分だ。隊員達にもう少し詰所を広くしてくれと懇願されることもあるが、そもそも我々は存在を秘匿するためにこんな砂漠の中心で生活しているのだ。派手にして目立っては本末転倒だろう」


 新しい隊長の語る内容に、アサミは深く共感した。流石は軍から秘密部隊を任されているだけあって、何が重要かを理解している。部下も統率できているようで心強い。早く彼と共に戦いたいとすら思った。

 ローライトが歩き出す。アサミとすれ違いざまに、彼女のほうを向いた。


「これ以上立ち話することもない。ついてきてくれ」


 その言葉に、アサミは隊長の背中を追って詰所のなかへ足を踏み入れた。

 

 詰所の内部に入ると、初めに部屋の中央にある映画のスクリーンのようなサイズの映像が目に留まった。いくつもの球体が、黒い背景のうえに浮かんでいる。球体には赤と青があり、一部では二色が混ざり合っていた。現在の勢力図のようだ。赤色のほうが比率が高い。戦況はエウトピアのほうが優勢のはずだから、赤いほうが自軍の領地なのだとアサミは解釈した。

 あとは自由な構造だった。区域を仕切る板もほとんどなく、白い騎士風の軍服をまとった人物の何人かが、虚空に画面を出して何事かを調べたり誰かと通話していた。雑談に興じている者がいれば、隅にある木製の椅子に腰かけて一息ついている者もいる。


「あまりにも開放的な場所だけど、一応は師団長の専用部屋もある。そこで話そう」


 ちらちらと周りを眺めつつ、ローライトの後を追って階段をのぼる。二階の突き当たりにある扉を彼は開いた。何も知らなければ安価な民家の一室にしか見えない外観だ。

 師団長の部屋と説明されたが、特段高級なものはない。外観から想像できる木製の調度品ばかりが目に映る。執務机さえなく、部屋の奥に一階で見た映像と同じものが映っている以外、感想が出てこなかった。

 室内の脇にある木製の応接セットに腰かけたローライトが、対面に座るようアサミに指示した。それに従い、彼女は腰をおろす。やはり硬い感触だった。


「早速だが、君に尋ねたいことがある。無論、サリエルの使徒に関してだ。君のいったように、あの集団がマナフ師団長を殺したならば、先刻伝えたように俺達が叩かなければならない。しかし情報がほとんどない。改めて、君の知っていること、聞いたことを教えてほしい」

「うちもほとんど知らんのですが、活動の目的は生きる目的を持たない人間の排除、みたいに言ってました」

「生きる目的?」

「そうです。ラストエターニアでは寿命がないので、生きる目的を持ってないのは苦痛だと勝手に決め付けて、そういう人の命を奪ってるらしいです」

「随分と傲慢だな……ではマナフ師団長にも生きる目的がないと知ったから狙ったと?」

「それはまた違うようです。師団長がいると生きる目的を持つ人々が犠牲になるからと、彼を手にかけたエリゴスという男が言ってました」

「なるほど。たしかに彼は時折無茶な作戦を組み、部下に無駄な犠牲を出していたな。軍ではあまり問題視されず、戦果だけが評されていたが。犠牲になった隊員と近しかった者には、彼を憎んでいた者もいただろう」


 サリエルの使徒の正体を思案する発言に、アサミは目を剥いた。


「まさかメリアたいちょ――サリエルの使徒を率いるメリアがマナフ師団長に個人的な憎しみを抱いてて、それが動機になったとか?」

「そう短絡的ではないんじゃないかな。仮にそうだとしたら、彼女の目的は既に達成された。わざわざアピールするように自らの組織を名乗る必要もない。きっかけは不明だが、言葉通り彼女達は生きる目的のない人々、あるいは生きる目的を持つ人々にとっての障害を、救済と称して殺害しているのだろう。極めて悪質な宗教のようなものだ」

「それならエウトピアに敵対しとるってわけでもないんですかね? 先の戦闘では、アーケディアと手を組んでたようですけど」

「それも断言できないが、いまの標的がエウトピアなだけかもしれない。エウトピアは明確に国家を統一することで平和を目指したが、反対する勢力抑えるために戦争を拡大させたのも俺達の国家だ。生きる目的を持つ人々の敵が戦争そのものと捉えたならば、サリエルの使徒にとっての敵がエウトピアでもおかしくはない」

「ローライト師団長の読みが正しければ、またどこかの部隊が襲われるわけですよね」

「そうさせないために、俺達がなんとかしなければならない。脅威の排除を理由に、こんな自由な部隊を許されているわけだからな」


 頼もしい口調であったが、アサミにはどうしても払拭できない不安があった。


「ですが……彼女達がどこにいるかわからんのですよね。調べようにも情報がなさすぎるし、なにか当てでもあるんですか?」

「ある」


 即答された意外な言葉に、アサミは息を呑んだ。存在自体を今日知ったばかりなのに、どうして断言ができるのか疑問でしかない。本当に、そう答えられるだけの根拠があるのか。

 繰り返し質問しようとするアサミを、ローライトは手で制した。


「だがそれで調べがつくかまでは確信できていない。俺達が住んでいるのは電脳世界であって、肉体の健在だった十年前とは常識が違う。ラストエターニアがかつての世界に寄せて作られているから、多くの人はそれを忘れているようだがね。だから、公表されていない情報を調べる手段はいくらでもあるはずだ。厳密にいえば、俺達自身もゼロとイチで構成された情報なのだから」


 似たようなことをエリゴスが言っていた。彼の信じられない移動速度や戦い方を尋ねたとき、できないのは今までの常識に囚われているから、と答えた。アサミにはどういうことか未だに理解できないが、ローライトは彼と同じ考えに至っているというのか。

 ローライトがどのような方法で調べようとしているかは不明だ。見当もつかない。けれども先ほどの肯定が虚言とは感じなかった。なんとなくではあるが、可能性があると言った根拠についても納得できた。具体的にどうすれば良いかまではわからないが。

 結局のところ、彼女は待つしかない。敵の居場所がわからないのであれば、攻め込むことも当然不可能なのだから。


「そういうわけだから、しばらくは待機してもらうことになる。住む場所はデータで送っておいたから、あとで確認しておいてくれ。殺風景なところではあるけども、身体を休めるには良い場所のはずだ。暇ならマリーの相手でもしてやってくれ」

「ありがとうございます」


 話を以上だと言う代わりに、ローライトは立ち上がる。彼はその場を離れようとして、しかし即座に立ち上がろうとしないアサミに気づき、不可解そうに見下ろした。


「どうした? 何か訊きたいことでもあるのか?」

「いえ、その……」


 言うべきか否か、アサミは迷っていた。気まずそうに口元をわなわなとさせる。

 あまり待たせるわけにもいかない。相手は師団長なのだ。調査すべきこともあるのだから、無駄な時間をとらせてはいけない。そんな思いが、迷うアサミの背中を後押しした。


「もしも時間があるのなら、お願いがあるんです」

「ほう。どんな内容だ?」


 眉一つ動かさずに返したローライトを、決然とした表情でアサミは見据える。

 やましいことではない。間違いなく正しい行いのはずで、正しい人間であるローライトならば必ず許可をしてくれるはず。

 脳裏に、つい昨日までは隣にいた親友の顔を浮かべた。もしも逆の立場なら、彼女だってそうしてくれた。これは決して間違った行動ではない。

 さっと唇を舐めて、彼女は上官に嘆願した。


「先の戦闘で亡くなったルチル=カルセドニーの両親に、彼女の戦死を報告しに行かせてください」

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