すべてを知るもの

 ラストエターニアには百種類の惑星がある。どれもがコピー&ペーストで作ったような類似した環境というわけではなく、それぞれの惑星が特色を持つ。そうなった背景にあるのは、元々の地球での生活にもあった地域ごとの文化の違いだ。

 昨日まで都会で暮らしていた者が、今日から砂漠で不自由なく生きていけるはずもない。逆も然りで、新たな生活には必ずストレスが付きまとう。

 人類を救済するために創造されたラストエターニアは、楽園とも称された。ならば、そこが楽園であるためには、ストレスなんてものがあってよいはずもない。

 だからこの世界には、地球が多様な環境を有していたように、多様な環境が用意された。都会で暮らしていた者は都会の惑星・ハクドウに住処を与えられ、砂漠で暮らしていた者は砂漠の惑星・ユウオウに。田舎は田舎の惑星・カヤ、荒野は荒野の惑星・クチバ。しかし、なかには電子の世界に移住してから住む環境を変える者もいた。

 サリエルの使徒を名乗る三人――メリア、バレット、エリゴスも、住み慣れた環境から移住する選んだ。

 住居を構える惑星・センリョクに帰還したサリエルの使徒の面々は、空を覆うほどの大樹に四方を囲まれた広場に立っていた。


「おつおっつー。無事ミッションクリアーって感じだね。さてさて、次はどうしよっかな~」


 メリアが伸びをした。長距離運転で疲れた身体をほぐすような所作でも、電子化による移動で腰が凝るだとか、そういう症状が出たりはしない。単なる癖だ。


「サリエルの使徒を世間に認知させなくていいんすか? エウトピアの師団長を手にかけたわけっすけど、その実績が口伝されただけじゃあ、なんで俺たちが奴を狙ったか、何を求めてるかわかってもらえなくないすか?」

「あーしもそう思ってたんだけどね。なんかさー、ローちゃんに知られちゃったら、もうそれで充分かなって。もうエウトピアの軍人はみんな知ってんじゃない?」

「そりゃあ危険は認知させると思うっすけど、どんな人物を敵としているかまでは話さないんじゃないすか? そもそも、ローライトには俺たちの目的話してねぇっすから」

「けどアーちゃんがいるじゃん? 彼女から伝わってるって。アーちゃん真面目だから、絶対報告してるよ」

「アサミ=クドウ、すか」


 何度も立ち向かってきた敵軍の女性兵士の顔を思い浮かべて、バレットはちらりと隣のエリゴスを見た。敏感に視線に気づいたエリゴスが反応する。


「真面目ならいいですね。約束を破ったりはしないでしょうし。悪いですけど、あの人がいることでサリエルの使徒に多少の害があろうとも消すのはダメですよ。自分の、生涯の最後を任せる人ですので」

「誰も彼女を狙おうだなんて言ってねぇって。彼女のことだと過敏になるな」

「自分にとって大切なんだから当然ですよ。バレットが自分の立場なら、たぶん同じ台詞を吐くと思うけど」

「言葉を吟味しないと、また彼女に怒鳴られるぜ?」


 からかう口調のバレットに、エリゴスの眉間に皺が寄った。長い付き合いではあったが、彼が何を面白がっているのかエリゴスにはわからなかった。

 ふと、メリアが遠くの青空を見上げた。


「アーちゃんの親友に、ルチルって人がいてさ」


 メリアの口から漏れた名前を耳にして、エリゴスは彼女の横顔を眺めた。別段怒りを湛えているようにも、悲しみに打ちひしがれているようでもなく、難しい表情をしていた。元部下を『~って人』と呼ぶのは距離を感じるかもしれないが、彼女は誰にでもそうだ。誰に対しても『~って子』などとは呼ばず、目下や年下扱いしない。

 何かを続ける様子だったメリアの言葉が急に途切れ、エリゴスは先を促す。


「自分が手にかけた女性ですね」

「そう。その人のこと」

「彼女も団長の部下だったんですか」

「まーね。あーし教官だったから、部下ってよりは教え子のほうが正しい表現かもしれないけど。その彼女の生まれがさ、実はここなの」

「ここっていうと、自分たちの拠点があるセンリョクの出身ですか」

「そそ」


 軽い感じで肯定する。メリアは祭服に隠れていた手を振り上げ、目の前の空間をなぞる。何も無かった位置に、視界を覆うほどの巨大な画像が映し出された。

 それは、エリゴスたちのいるセンリョクの全体像だった。長方形に引き伸ばされた地形の大部分は緑色の未開の地だ。しかし所々には人が住んでいる集落がある。メリアと出会い、マナフを殺害したあのハクドウにあった近代的な建造物ではなく、年季のある木造住宅が林立する。そこで人が営んでいることを、この惑星に住まうエリゴスたちは知っている。


「こんな田舎からエウトピア軍に入隊したのか。物好きな奴だぜ。センリョクはエウトピア軍が勝手に自分たちの領土って言ってるだけで、住民の大半は二国間の戦争なんざどうだってよくて、関与したくないって連中ばかりなのにな」

「サリエルの使徒としては見過ごせない生き方をしてる人ばかりですが、センリョクで大々的に動くと、ここが自分たちの本拠地だってバレちゃうのが歯がゆいですね。べつに他人に危害を加えるわけでもないですから、後回しでよいとは思いますけど」


 部下ふたりの感想に頷き、メリアは背後の建物を見上げた。

 木造の和風建築物ばかりの惑星において、唯一であろう洋館。二階建ての変哲のないその建物がサリエルの使徒の活動拠点だ。砂漠のオアシスのように森林の中心で不自然に建っているから〝変哲のない〟と表現するのは無理があるかもしれない。


「ルチルはエウトピア軍に入ってから、家には一度も戻らなかったんだよね。あーしが軍を抜けたあとはわかんないけどさ、たぶん家族とうまくいってなかったんじゃない? 気まずくて訊けなかったけど」

「事情はわかりましたが、そんな話をされても、自分たちとは何の関係もなくないですか?」

「やだ、エリー厳しくなーい?」

「真剣に話しているのかふざけているのか、はっきりしてくれませんか……」


 自分が手にかけた以上、エリゴスにとってルチルという名の兵士は過去の人物だ。思い出話を語られても、どう会話の相手をすればいいか困惑するばかり。


「まー、ルチルの家庭環境がどうだったかは置いといて、肝心なのは彼女がラストエターニアに移住して以来、この惑星で育ってきたってコト。そして、彼女の両親が住む実家があるってコトもね」

「もしかして、両親が娘の仇を取るために俺らを狙うって心配してるんすか?」

「バレたん違う違う。仮にそうだとしてもさ、悪いけどそこらの一般人に襲われたって返り討ちにするだけじゃん? もっと厄介な事情があるんだって。考えてみー?」


 バレットが眉間に皺を寄せて腕組みしている横で、エリゴスが「あっ」と声をあげた。


「エリーわかったん? まー、エリーのほうが関係あるもんね」

「ルチルって兵士の両親が住んでるなら、彼女が戦死したと報告するために軍の誰かが訪ねにくる。その誰かっていうのは、上官もそうでしょうけど、親密だった友人だってそう」

「そそ。だからさ、アーちゃんが来るんじゃないかって思うわけ」

「はあ。だとしても、自分たちの拠点がどこにあるかなんてわからないですよね? 次の作戦まで、おとなしく息を潜めていればいいんじゃないですか?」

「それがねー、なんというか、アーちゃんがここに来ちゃうと、ちょーっとヤバみが深い事情があるんだよねー。まだ真相を探ってる状態だから、ふたりには教えてなかったんだけど」

「こんな田舎に、どんな危険な問題があるっていうんですか……」


 くだらないことを言って話にオチをつけようとしている。そう決め付け、エリゴスは一足先に拠点の洋館に向かおうとした。

 エリゴスが踵を返した直後、メリアが「テミスちゃーん、ちょっとー」と呼ぶ。足を止め振り返ると、メリアの隣に水色の清楚な服を着た長髪の女性が立っていた。

 長い白色の前髪の奥で、宝石のように丸々とした瞳が煌いている。実際、彼女は作り物に属するが。


「御用ですか、メリアズール様」

「あーもう! それやめてって何回も言ってるでしょ! あーしは『メリー』って呼んでって教えたじゃん! クリスマスの前日にはメリーメリークリスマスって言いなさいって伝えたじゃん!」

「まだ五月です。クリスマスにはほど遠い季節です」

「じゃあメリーメイでいいよっ! てかそれより大事なのはさ、あーしの名前ちゃんと呼んでって話じゃん?」

「いえ、重要なのはメリーの住むセンリョクで起きている問題の件ではありませんか?」

「そっそ。うーん、この流れるような会話は芸術の域に踏み入れてんねー。やっぱテミスちゃんがナンバーワンだな~」

「お褒めいただき光栄です」


 まるでついていけないうえ、まるで理解のできない会話内容。長年メリアと付き合いのあるバレットもエリゴスも背景の一部と化していた。一億もの人類が生活する電脳世界を管理するAIにもなれば、メリアのようなネジの外れた人間の思考にまで波長を合わせられるらしい。おかげで、メリアは管理AIのアルテミスと会話しているときが一番楽しそうにしている。バレットはそれを少しだけ悔しがっていた。

 管理AIは女性ならばアポロンが呼び出されるはずだが、メリアはわざわざアルテミスに変えてくれとアポロンに頼んだらしい。例外対応だったので理由を求められたそうだが、「あのメイド服みたいな衣装ちょーかわいくなーい? てか白髪にメイド服とか死ぬじゃん?」などとわけのわからない主張をしたそうだ。人間には伝わらないだろうが、そこは流石の超高性能AI。どう解釈したかは謎だが彼女の意見を汲み取り、以降はアルテミスを呼び出せるようになった。そんな話を、エリゴスはバレットと一緒にアルテミス本人に尋ねた過去があり、アルテミス本人から聞かされた。


 メリアの映した惑星の全体像に、アルテミスは浮遊する三つの輪の付いた腕を伸ばした。輪は手首とは接触してないはずなのに、ブレスレットのごとく彼女の動きに合わせて追従する。

 次の瞬間、映像の一区画が四角の枠で囲われたかと思うと、その部分が拡大された。そこはセンリョクの集落の一つで、山に囲われた地域に民家が点在している。民家のまわりには例外なく畑が耕されていた。


「メリーが言っているのは、こちらの地域で起きた件ですね」

「うん。その地域の人たちはみんな一人で暮らしてたみたいなんだよね。なんていうんだろう。老後の生活みたいな? 余生の謳歌って感じ? でも寿命って概念の消えたラストエターニアじゃあそれって苦痛になっちゃうだろうからさ、いつか救済しなきゃなって気にかけてたわけ」

「バレたんとエリーは存じていないようですが、先日この集落で生活していた三十一名が、全員同日に消滅しました」


 メリアからそう呼ぶように命令されているからとはいえ、重い話題に絡める呼び方ではない。そこは融通が利かないものかと辟易しつつ、バレットとエリゴスはきな臭い話題に緊張する。


「消滅って、グラムを使ったってことすか? さっきメリアさんの言ったみたいに、終わりのない余生だと気づいて心中したとか?」

「アルテミスは希望者にグラムを与える役目もありますよね。その口調だと、そうではないのでしょうけど……」


 表情の変化に乏しいアルテミスは、真顔のまま首肯した。


「彼らにはグラムを与えておりません。ですが、このラストエターニアから抹消された事実に間違いはありません」


 永遠を生きる苦痛から逃れるただ一つの方法が、グラムの投与。体内に入れた途端にプログラムで構成される人体が桜の花弁に強制変換され、塵も残さず消滅する。グラムの成分を抽出した凶器を用いれば同様の効果を標的に与えることが可能で、その発見が現在の戦争の発端となった。

 メリアはわざとらしい深いため息をついた。


「そーゆーコト。消滅した人たちに生きる目的があったのか知る術はないけど、グラムによる自殺じゃないなら、答えはひとつしかないじゃん?」


 バレットとエリゴスが顔を見合わせた。お互い苦々しい顔を浮かべていたので、それだけでふたりの見解が一致していると確信した。

 メリアはまた空を仰いだ。雲ひとつない晴天が、センリョクで起きている事件の不気味さを際立たせる。


「命は永遠だから、金品目的の殺人はありえない。こんな田舎じゃあ領土争いとも無縁でしょ? ここに住んでる誰かが、あーしたちみたいな目的か、あるいは自身の欲求を満たすために罪のない人の命を奪ったわけ。それも、一度に三十人以上もさ」


 エリゴスが固く結んでいた唇を解く。


「アサミ=クドウがルチルの家族に会うためにここへ来た場合、彼女が大量殺戮した何者かの標的となる危険がある、ですか」


 軍人であるアサミが遅れを取るとは思わないが、相手が一般市民に扮しているのなら話は別だ。軍人がいるとわかれば、脅威を排除するために暗殺を目論むに違いない。

 彼女に会いにいってセンリョクに近づくなと伝えるのは、もっと良くない。完全な逆効果だ。サリエルの使徒の潜伏先と疑われ、エウトピアの大軍に攻め込まれかねない。


「とゆーか、大量殺戮自体をあーしたちの仕業と誤解しちゃったり? 罪は覚悟のうえだけど、濡れ衣はヤだよね~」


 うなだれた首を左右に反復させてメリアが嘆く。本心でどう思っているかは、エリゴスもバレットも未だに汲み取れない。

 兎にも角にも、アサミ絡みの問題を解決するには、脅威を排除するより他にない。

 もしも殺人欲求を満たすためだけの行為だとしたら、裁かれるべきだ。

 誰が裁くのか? センリョクは一応はエウトピア領に属しているから、裁く権利を持つのは軍人か? その裁く権利を持つ誰かが動いてくれるのを待てばよいのか?

 馬鹿げている。自分の信じる正しさを見失わないために自らも同じ罪人となり、罪をもって罪を裁く道をエリゴスは選んだ。

 エリゴスにとって、理由なき殺戮は看過できない凶行だった。普段は無気力な面持ちに活力を漲らせ、エリゴスはアルテミスの名を呼ぶ。長い白髪が揺れ、ガラスの瞳に決然とした顔が映る。


「アルテミス、犯人が誰か、知ってますよね?」


 周囲に低く響いた声に、世界の全てを知るAIは平然と肯定を返した。

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