第9話:赤根さんは決断する

♡♡♡


「ガタニ君に好きだと言わせるために、まずは『好きな人はいるの?』ってくるみんの方からさりげなく聞きましょう!」

「……で?」

「以上っ!」

「はへ?」


 女子高生にあるまじき変な声が出てしまった。


「大げさな作戦名の中身はそれぇっ!?」

「これでガタニ君がくるみんの名前を答えたら目的達成だし、『いるよ』って答えだったら『誰っ?』って、とぼけて訊けばいいだけ」


 いいだけ……って、そんな簡単に聞けるものなの?

 自信がない。

 唯香の作戦に期待した私がバカだった……。


「そんなジト目で見ないでよ。作戦なんてものはシンプルイズベストなのだよ、くるみんちゃん」

「確かにシンプルだけど……ちゃんと私にできるかなぁ」

「くるみん!」

「は、はいっ!?」

「できるかどうかじゃない。やるかやらないかだ!」


 唯香はまるで授業中のような真剣な顔をして、人差し指をビシッと私の鼻頭に向けた。


 いいこと言うなぁ。

 小柄な唯香が大きく見える。


「このままじゃくるみん、あんたはずっと悶々したままだよ。やるのかね、それともやらないのかね、赤根隊員よ!」


 知らない間に隊員になってるのは腑に落ちないけど、確かに唯香の言う通りだ。


「わかった。やるよ」

「よくぞ言った」

「あの……唯香? 一つだけ訊きたいんだけど」

「なに?」

「あんた……楽しんでない?」

「あわわ、何を言うのかね赤根隊員! あたしはあんたのことを思って……」

「うふふ、わかったわかった。勇気をありがとね唯香」

「あ……う、うん。もしこの作戦が上手くいかない時は次の作戦を考えてあるから、あんまりナーバスにならなくていいよ。気楽に頑張ってよ、くるみん」


 やっぱりそこまで考えてくれてたんだ。

 親友の唯香は、ホントいい子だ。



 翌日の月曜日。

 いつものように昼休みはガタニ君と一緒に過ごした。

 だけど緊張して、唯香の作戦通りに『好きな人はいるの?』なんて訊けなかった。


 やっぱり簡単じゃない。

 甘いもの断ちするよりさらに難しい。つまりこの世で一、二を争うくらい難しいということだ。くじけそうになる。


 仕方ない。今日はガタニ君と一緒に下校して、作戦を続行しよう。




 ──というわけで、帰ろうとするガタニ君に廊下で声をかけた。


「あのさ、学校の近くに美味しいジェラート屋さんがあるんだけど、一緒に行かない?」

「あ……えっと……」


 彼は周りを気にしてる様子。

 二人並んで廊下を歩いてるだけで、なんだか周りからの視線を感じる。


 普段特定の男子と二人きりで話すなんて滅多にない私が、こんなふうに話してるのは珍しいからだろう。


 私は別にいいんだけど、ガタニ君は居心地が悪そう。

 しかもこのまま二人で下校途中にどこかに行くのを見られたら、ガタニ君がやっかまれる可能性がある。


 彼はそれを心配してるのだろうし、ガタニ君をそんな目に合わせるわけにはいかない。


「あのさ、ここから歩いて15分くらいの『じぇらーとコージ』って店なんだ。場所はスマホで調べてくれる? 現地待ち合わせしよ」

「あ、うん。じぇらーとコージね。わかった」


 私たちはそれだけ会話を交わすと、離れて歩いた。

 ガタニ君はすぐに意図をわかってくれたみたいだ。


 そのお店はみんなが通学で使う道から離れたところにある。現地まで行ってしまえば誰かに見られる可能性はかなり低い。


 私たちは違うルートを通ってお店の前で落ち合った。


「ごめんねガタニ君。急に誘っちゃって」

「いや、大丈夫だ」

「このお店、すぐにわかった?」

「うん。でも初めて来たよ」

「ここ穴場なんだよねぇ。たまたま友達と学校の周りをぶらぶら探索してて見つけたんだ」

「へぇ」

「じゃ、早速入りますか!」


 ここの店長はあごひげが渋いダンディな人なんだよね。

 店内に入ってレジカウンターで、私は色んな味を寄せ集めたカップアイスを注文した。

 ガタニ君はよくわからないからと、定番のミルキーバニラ。こちらはコーンに乗ったやつだ。

 商品を受け取り、店内にあるカウンター式の席に二人並んで座る。窓から外が見える席だ。

 

 プラスチックのスプーンで、まずはいちご味を口に放り込む。

 うん、うんまーい!

 頬がとろけちゃう!


「おわっ、これ美味いな!」


 隣の席でガタニ君がアイスをペロリと舐めた。子供みたいな仕草がなんか可愛いくて癒される。


「俺、普段はアイスなんてコンビニのしか食べないんだよね。こんな旨いアイスがこの世に存在したんだ……」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

「いい店を教えてくれてありがとう」

「ガタニ君には、アニメとか私の知らない世界を教えてもらったからね。お返しかな」

「そ、そっか……」


 ガタニ君が照れてる。可愛い。

 やっぱり私のこと……好きなんだよね?


 ふと視線を感じて振り向いたら、店長がすごく微笑ましそうなニコニコ顔で私たちを眺めていた。


 も、もしかして。恋人同士とか思われてる?


「いやん!」

「え? どうしたの?」

「ややや、なんでもないよ!」


 ヤバ。ちょっとドキドキしてしまった。

 それにしても『好きな人はいるの?』なんて訊くチャンスはなかなかない。


 これは予想以上に困難なミッションだ。

 背後にいる店長がチラチラと見ていたこともあって、結局店内ではまったくそんな話はできていない。

 ああっ、もうっ! あごひげ店長の視線が気になる!


 ふと横に座るガタニ君に顔を向けた。

 私の顔をじっと見つめていた。目が合った。


「あっ、ご、ごめん……」


 慌てて視線をそらせるガタニ君。

 すごく物欲しそうな目だった。

 これって『赤根さん。キミが欲しい……』ってこと!?

 いやん、ガタニ君のエッチ。


 やっぱり間違いなく彼は私のことを好き……


「あ、あのさ。赤根さんのアイスが気になって見てただけだから」


 ──え?


 そうなの?

 私じゃなくてジェラートに見とれてたの?


 確かに私、ジェラートのカップを顔の近くに持っていたけど。

 ガタニ君のはバニラ1種類で、私のは4種類のフレーバーが入った豪華版だけどさ。


 ジェラートに敗北!?

 私よりジェラートに見とれてたなんて……ちょっと悔しい。


「いいよ。どれでも好きな味のをあげる」


 アイスにスプーンを刺したままのカップを、ちょいヤケ気味にグイと彼の目の前に差し出した。


「いやいいよ」

「なんで?」

「だって赤根さんのスプーン使ったら、間接キスになる……」


 ──あっ。確かに。


「そそそ、そうだね。や、やめとこうか」


 ガタニ君と間接キス。

 想像したらめちゃくちゃ恥ずかしい。


 いや。間接キスくらいで恥ずかしがったら、お子ちゃまだって思われちゃうよね?


「や、別にいいよ。かかか、間接キスなんて私は気にしないから。ちゅ、中学生じゃないんだからね。だ、大丈夫だよ」

「えっと……ごめん。俺はそういうの慣れてないから。結構恥ずかしいんでやめとくよ」


 え? やめるの?

 なんか私、普通にドキドキしてるんだけど?

 別に間接キスくらい、ホントにいいんですけど?


「え、遠慮しなくていいよ。色んな味のアイス、食べてみたいんでしょ?」

「あ、うん。まあね」

「じゃあいいよ。食べて」

「そっか。ありがとう」


 よしっ。私のファースト間接キス達成だ。


 あ……いや別に喜んでるわけじゃない。

 ガタニ君をドキドキさせて、告白したい気持ちを盛り上げたいだけなんだからね。

 そう。これは作戦の一環だ。


「はい、どうぞ」


 後ろから急に男性の声が聞こえた。

 振り向くと笑顔の店長がすぐ後ろに立っていた。

 その手には新しいスプーン。


「あ、ありがとうございます」


 ガタニ君はそのスプーンを受け取って、私のカップからアイスをすくった。


 ああ……なにしてくれてるのよ店長!

 私は店長のあごひげを引き抜いてやりたい気持ちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る