【第二部】赤根さんの夏休み

第33話:赤根さんは後をつける

♡ ♡ ♡


 夏休みもあっという間に半分以上が過ぎた。


 ガタニ君を誘ってどこかに遊びに行きたい。

 だけど宿題をしたり、家族で行動したりしているうちに、何日も過ぎてしまった。

 正直、なかなか誘う勇気が出なくて、毎日うじうじとしてる間に、日々が過ぎ去ったという部分もある。


 せっかくの夏休みなのにもったいない。

 今日もお母さんと一緒に、ショッピングモールに買い物に来ている。


「ねえ、お母さん。ちょっと欲しいアクセサリがあるんだけど、見に行っていい?」


 お母さんが自分の服を見に行くと言うから、私は私で自分の欲しいものを見に行きたいと言った。


「うん、いいわよ。じゃあ30分くらいしたら、1階の広場で待ち合わせしましょう」

「うん」


 私はモールの3階にある雑貨屋さんに行くことにした。

 ここは1階。エスカレーターを探してうろうろしていたら、遠くの方に見慣れた男の子の姿があった。


 ガタニ君だ!

 ラッキー! こんなところで偶然会えるなんて。

 神様はきっと私の味方だ。


 ──と思ったら、彼の横に女の子が一緒に歩いているのに気づいた。


 私たちと同じ年くらいで、ミニスカートの愛らしい笑顔の女の子。


「え? ……誰?」


 瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。

 神様はきっと私の敵だ。


 見たことのない顔。同じクラスの子ではない。

 あんな女の子、同じ学年にいたかな?

 いや、見覚えがない。


 じゃあ誰?

 まさかガタニ君の彼女!?


 いや、そんなことはない……はず。

 でも夏休みに二人きりで出かけるなんて、親しい間柄であることは確かだ。

 ガタニ君と女の子が並んで歩く距離が近いことも、それを証明している。


 ぐるぐると頭の中を色んなことが駆け巡る。でも全然冷静になれなくて、次から次へと色んなことが、ただただ頭の中を巡るだけ。

 そしてさっきからずっと、胸が苦しい。


 二人は、左右にお店が並ぶ通路を、向こう側に向かってゆっくりと歩いている。


 ──落ち着け私。とにかく。あれが誰なのかを掴むことが先決よね。


 会話が聞こえるところまで近づくことにした。

 私だとバレないように前髪を指でできるだけ下ろして、さらにパーカーのフードを深くかぶって顔を隠す。


 ホントはサングラスが欲しいところだけど、都合よくそんなものは持ち合わせていないので仕方ない。

 柱の陰や曲がり角の壁に身を隠しながら、ガタニ君と女の子の後をつける。


 よし、完璧だ。

 徐々に距離を詰めることに成功した。もうあと少しで、会話が聞こえるところまで近づくことができる。


 私って探偵の素質があるんじゃないだろうか。

 いや、絶対にあるよね。



◆◆◆


「ねえお兄ちゃん。さっきからなんだか怪しい人が後ろをついて来てるんだけど」


 妹のひかりが、真っすぐ前を向いて歩きながら小声で囁く。


「ああ、そうだな。俺も気づいてる」

「ああっ、振り返っちゃダメだよ。気づいていることを悟られたら、なにされるかわかんないし」

「そ、そうだな」


 なにやってんだよ赤根さん。


 ふと気づいたら赤根さんがつけて来ていた。

 声をかけようと思ったけど、こっそりと尾行するような身のこなしだったから、簡単に気づいたら申し訳ないと思って、そのまましばらく歩いていた。


 急に後ろから声をかけてきて、俺をびっくりさせようという魂胆だと思う。

 だからひかりにも、あれは知り合いだって教えていない。

 なぜならそれを知ってしまったら、赤根さんが声をかけてきた時に、こいつが無垢な反応ができなくなってしまうからだ。


 だけど赤根さん、いい加減声をかけて来てくれないかなぁ。

 ひかりが段々と、恐怖を感じて来てる。


 今日は妹の買い物に付き合って、このショッピングモールにやって来た。

 今からそのお店に向かうんだけど、このままじゃ、もう帰るとか言い出しかねない。


 ──あ。めっちゃ近づいてきた。赤根さんはすぐ後ろを歩いている。


「あのさ。そろそろ帰ろうか」


 とうとうひかりは、震える声でそう言った。

 やばい。


「あ、ちょっと待って」


 俺は思わず立ち止まった。その刹那、背中にドンと衝撃を感じた。


「ふわぅっ!」


 背後から赤根さんの情けない声が聞こえた。

 その声にビクッとしたひかりが、俺の腕にがばっと抱きつき、震えながら振り返る。


 俺も振り返ると、赤根さんが手で鼻を押さえていた。

 やっぱり俺の背中にぶつかったのは赤根さんの顔だった。


「いつつつ……」


 なにやってんだよ。近づきすぎだって。

 どんだけ尾行が下手なんだよ。

 でもそんなことはおくびにも出さずに、赤根さんのサプライズに応えなきゃいけない。


「あれれれっ!? あ、あ、赤根さんっ? どうしてここにっ?」


 しまった。ちょっとわざとらしかったか?


「あれぇぇぇ? ガタニ君? ぐぐぐ偶然だねぇ~! まさか前を歩いてるのがガタニ君だっただなんて、ぜ~んぜん気づかなかったよぉ!」


 いや、赤根さんの方が百倍わざとらしかった。


「あれっ? お連れさんはどなた? まさかガタニ君の彼女さんかなぁ?」


 赤根さんはそんなことを言った。


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