第34話:赤根さんはショックを受ける

「あれっ? お連れさんはどなた? まさかガタニ君の彼女さんかなぁ?」


 赤根さんはそんなことを言った。

 赤根さんは頭まで被っていたパーカーのフードを脱いだ。

 俺の腕にしがみつくひかりを見ている。

 赤根さんがこんな冗談を言うのは珍しいな。


 それならば、これは俺も乗っていくべきか?

 そうだ。ノリツッコミってやつをしたらいいんだよな。


「あ、うん。彼女だよ。……って、そ」

「ガタニ君、彼女がいるならそう言ってくれたらよかったのに!」


 ──え? 『そんなわけないだろ!』って言う前に言葉を被せられた。


 あれ? 赤根さん、顔面蒼白だけど?

 マジに取っちゃった?

 仲のいい友達だと思っていた俺に、隠し事をされていたってショックを受けたのかもしれない。


 違うよ。隠し事なんてしてないよ。


「あ、いや赤根さん。さっきのは冗談だよ。これ、妹のひかり」

「……へ?」


 まるで自分の周りだけ時間が止まったように、口をあんぐり開けたまま赤根さんはフリーズした。


「え? あっ! そう言えばガタニ君、妹さんがいるって言ってたよね!」


 再起動したのかのように、急にあわあわした感じで話し出す赤根さん。


「うん」

「映画のチケット買ってくれたの、確か妹さんだったね。あれ? 私、なんで思い浮かばなかったのかな。やっぱめっちゃ動揺したからかなぁ……あはは」


 動揺ってなに?

 なにに動揺したんだろ。


「はじめまして。ひかりです」


 不審者が知り合いだとわかってホッとした表情のひかりが、俺から離れて頭をぺこりと下げた。


「は、はじめまして! 同じクラスの赤根くるみです!」

「うわぁ、可愛い! こんな可愛い人が同じクラスだなんて、お兄ちゃん幸せモノだね!」

「いやいやいや、可愛いだなんて。幸せモノだなんて。私はそんな大したもんじゃないよぉ、あはは」


 なんて言いながら。表情筋崩壊レベルでにやついてるよ赤根さん。

 

「あ、もしかしてお兄ちゃん。遊びに行った日にいつもニヤニヤしてたのって、赤根さんが相手だったんじゃない?」

「あ、こらひかり! 要らんこと言わんでいいんだよ!」

「でもこんなに可愛い人が、お兄ちゃんと一緒に遊んでくれるはずがないか。ごめんなさい赤根さん」


 暴露の後は奈落の底への突き落としですか。

 酷くないですか妹ちゃんよ。


「いえ、たぶんそれ私! 何回も一緒に遊びに行ってるし」

「そうなんですか? じゃあやっぱり、あのニヤニヤは赤根さんのせいですね」

「ひかりちゃん、その話もっと詳しく!」


 そんなつまらない話に、なんで食いつくんだよ赤根さん。


「はい。実はですね……」

「こらこらひかり! しょうもないこと言わんでいいから!」

「しょうもなくないよ! ほらひかりちゃん。早く早く!」


 謎に食いつく赤根さんに、ひかりもノリノリで家での俺の姿を語り始めた。

 二人の女子がワイキャイとはしゃぐことを俺が止め切れるはずもなく。

 気がついたら20分近くが経過していた。


「あっ、しまった! お母さんと待ち合わせしてるんだった!」


 何気なく時計を見た赤根さんが慌てている。


「じゃあまたね、ガタニ君!」


 赤根さんが慌ただしく立ち去っていく。

 後に残された俺と妹。辺りが急に静かになった。


「お兄ちゃん」

「なんだね妹よ」


 小悪魔のようなニヤニヤ顔で俺を見るな。

 嫌なことを言われる予感しかない。


「やるねぇ」

「なにもやってない」

「へぇ〜 ふぅーん。赤根さんのこと、お母さんに言っちゃお」

「それだけはやめてくれ」


 そんな恥ずかしいことを母親に知られたら、俺死ぬ。


「ひかり、アイスが食べたいなぁ〜」

「わかった。買ってやる」


 光の速度で即答した。

 にししと笑うひかりの横顔を見て思った。

 まだ中学生だけど、女って怖い。


 いや、赤根さんは怖くなくて可愛いけど。


「ねえお兄ちゃん」

「なんだ妹」

「ちょっとカッコいい服を買おうよ」

「なんだよ突然」

「だってあんなに可愛い友達ができたんだよ? しかも一緒に出かけたりしてるんでしょ?」

「まあな」

「だったらちゃんとした服を着て行かないと赤根さんに失礼でしょ」

「そりゃそうだけど……」

「はい、じゃあ決まりっ!」


 妹に腕を取られ、グイグイ引っ張られてカジュアルファッションの店に連れて行かれた。

 そこでひかりの見立てた開襟シャツと、スリムなデニムを買わされた。


 これで今月買おうと思ってたラノベと円盤を諦めることになった。どうしてくれるんだよ。


「でも赤根さんとお出かけする時にカッコいいお兄ちゃんになれるからいいじゃん」

「いくらカッコいい服を着たって俺だぞ。カッコ良くはなれない」

「んなことないって。まあそれなりにね。……カッコいいから」


 妹よ。最後の方は声がめちゃくちゃ小さくなってるぞ。

 でも試着姿を姿見で見たら清潔感はあるし、普段よりはかなりマシだ。


 ひかりが言うように、赤根さんみたいな可愛い女の子と一緒にいるのがヨレヨレのダサい男ってのは、やっぱり彼女に申し訳ない。


 だからこの服を買ったのは、まあ正解と言える。

 でも……この服を着て赤根さんと会う機会があるのかどうかってことが問題だな。とほほ。

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