第35話:赤根さんは強力な秘策を授かる

♡ ♡ ♡


 夏休みで全然唯香と会っていなかったけど、その日、久しぶりに一緒にカフェに行った。


「夏休みを謳歌しとるかね、くるみんさんよ」

「それがねぇ……2回会えただけなんだよね。しかもそのうち1回は、偶然会っただけ」

「私は夏休みを謳歌してるか訊いただけなんだけど? くるみんの夏休みは、ガタニのことしか頭にないみたいだね」

「あわわわっ! ちち違うからっ! まあまあ謳歌してるよ、うん!」

「あはは、もう遅い。くるみんはガタニ君に首ったけってヤツだね」

「ち、違うから……」


 とか言いながら、声が小さくなるのが丸わかりな私。顔が熱い。恥ずかしすぎる。


「でもなかなか進展しないね。そんなあなたに【朗報】です」

「なにが? 唯香の朗報なんて怪しすぎない?」


 また唯香がわけのわからないことを言い出した。

 私は胡散臭いものを見る目線を投げかける。


「あらら、そんな疑わしい目で見ていいのかな? ガタニ君の心を一気にくるみんに惹きつける強力な秘策があるんだけど」

「え……?」

「ふぅーん、聞きたくないんだ。へぇ〜……」

「あうわっ……き、ききたい」

「え? なんて? 聞こえないなぁ」


 んもうっ、唯香の意地悪!

 絶対に聞こえてるでしょ。


「聞きたい! めっちゃ聞きたい!」

「うふふ。素直でよろしい。じゃあ教えてしんぜよう。心して聞きたまえ」

「うん」

「それは……ちゅーをしちゃうのだ!」


 唯香は私の顔をビシッと指差して、これ以上ないドヤ顔を向けた。


「え? ちゅー? キス? そんなの無理だよ!」

「好きな人とキスするとね。それはもう幸せな気分になるのよね。唇から伝わる彼の体温と湿り気。甘く切ない感触。そこから全身に広がり、身体を包み込むような多幸感。ああっ……身体中が痺れたようになる快感っ!」


 唯香は両手で自分の身体を抱きしめて、うっとりした顔をしている。瞳が宙をさまよって、もうイっちゃってる感じ。


 キスってそんなに素晴らしいんだろうか。

 唯香を見てると、すっごく良いものに思えるけど。


「それってキスすると自分が嬉しいって話だよね?」

「え? あ、ごめん。キスの素晴らしさを思い出してたらつい」


 彼を一気に惹きつけるって話はどこ行った?


 それにしても、やっぱり唯香って、もうキスを経験してたんだ。

 今まで何人か彼氏がいたから、もしかしたらとは思ってた。だけどこんなに生々しい話を聞くのは初めてだ。


 唯香がとても大人に見える。

 ああっ、神々しいまでの後光が差して見える。


「つまりキスすると、男子の方もそう言う気持ちになるわけ。そして一気に距離が縮まるし、相手のことをさらにさらに好きになっちゃう効果があるんだよ」

「……で、私にどうしろと?」

「ここまで言ってもわからないかな?」

「いや、わかるけど」


 わかるけど、どうしたらいいのか訊きたくなるでしょ。

 キスしたらいいなんて簡単に言われても戸惑うばかりだし。


「でしょ? つまりくるみんがガタニ君とキスしたら、彼はもう一気にくるみんのモノなのだ!」


 そんな簡単なものじゃないでしょ。

 そうは思うものの、ピュアなガタニ君だから、一気に私を意識してくれるのは間違いない。

 少なくとも好意は持ってくれてるのだから、好きになってもらえる可能性は確かに高そうだ。


「彼がキスしたくなるように誘惑するってこと?」

「んんん……ホントは彼からしてくれるのがベストだけどね。ガタニ君は超奥手だから、それは難しいでしょ。だからくるみんの方からするんだよ」

「えええーっ!? 私にそんなことができると思う?」

「できるかできないかじゃない。するかしないかだ! くるみんはしたくないの? 彼とキス」

「ううむむむ……」


 正直言ってしたい。唯香の話を聞くと、めちゃくちゃしたい! ガタニ君とキスしたい!

 だけど──


「そんなの絶対に無理だよ。恥ずかしすぎる」

「事故を装って、彼の唇を奪っちゃえ!」


 唯香の言葉で、頭の中を妄想が駆け巡る。

 つまずいたフリをしてガタニ君に抱きつく。

 そして偶然を装って彼の唇に、ちゅっ。


 うわっ、想像するだけで幸せな気分になる。

 これめっちゃヤバい。だけど──


「そんなこと、やっぱり恥ずかしすぎて絶対にできない!!」

「んんん、そうだよねぇ。くるみんもガタニ君に負けないくらいにピュアって言うか、奥手だもんね。じゃあこうしよう」

「え? どうするの?」

「唇同士のキスは無理でも、彼のほっぺにちゅーしよう」

「えええ? それも無理ぃ!」

「なに言ってんのよ。チークキスって言って、頬へのキスは外国では挨拶だよ」

「ここ、日本だし!」


 唯香は無茶を言う。

 ほっぺにだとしても、そんなのできっこない。


「だからこそ、ウブな彼ならドッキーンとするんだよ。そしてくるみんを好きだという気持ちが一気に膨らむ」

「だからと言って……」


 私がうじうじしていたら、唯香は大きくため息をついた。


「じゃあガタニ君となかなか距離が縮まらなくて、そのうち彼が他の女の子を好きに……」

「いや待って! それ言わないで!」

「じゃあがんばろ。彼は超奥手なんだから、くるみんが積極的に行かないと、なかなか進展しないと思うんだ」

「まあそれは、確かにそうだけど」


 それは唯香の言うとおりだ。

 そして唯香の話を聞いて、彼とキスしたいって気持ちがすごく膨らんでいる。


 これは……がんばるしかないかも。


「わかった。やってみるよ」

「よく言ったよくるみん。キミの未来は明るい!」


 んもう唯香ったら能天気なんだから。

 でもなかなか勇気が湧かない私の背中を押そうとしてくれているのはよくわかる。

 唯香の気持ちに感謝して、がんばってみよう。

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