第36話:赤根さんは誘う

◆◆◆


 ああ夏休みも、もう四分の一が過ぎた。

 ホントは赤根さんを誘ってどこかに遊びに行きたいけど、誘う勇気が湧かない。


 今日も一日中、うだうだと過ごして終わるんだろうな。なんて朝から考えていた。


 そしてお昼を過ぎた頃。


 ──チャラララン。


 スマホのメッセージ着信音だ。

 誰だろ?


『電話していい?』


 赤根さんだ!

 嬉しい。


『もちろんいいよ』


 返信したら、すぐに電話がかかってきた。

 行動、早っ!

 ドキドキしながら電話に出る。


「あのさガタニ君。今日ヒマ?」


 はい、昨日も今日も明日も暇です。

 頭にはそう浮かんだけど、ぼっちアピールをするみたいで恥ずかしいから、シンプルに答えた。


「うん」

「じゃあさ。買い物に付き合ってくれないかな?」


 なんだって?

 赤根さんと会える!


「いいよ。どこ行くの?」

「アクセサリーを買いたくてね。3時頃に●●駅待ち合わせでいいかな?」


 ●●駅は、俺たちの住む街最大のターミナル駅。

 駅前には繁華街が広がり、よく行くショッピングモールもこの駅からすぐの所にある。


 なぜ急に? とか、

 なんで俺を誘うの? とか、

 アクセサリーなんて、俺よくわからないよとか。


 色々と思うところはあるのだけれども。

 それを口にしてしまうと、せっかく舞い込んだ幸せが逃げて行きそうな気がしたから、至ってシンプルに答えた。


「うん、いいよ」


 これは楽しみ過ぎて、夜も眠れない。

 いや、今日の昼過ぎに会うんだから、それまでに夜は迎えないよな。

 なに言ってんだ俺。舞い上がりすぎだろ。


♡ ♡ ♡


 やった!

 ちゃんとガタニ君を誘えた!


 あまりに緊張して、胸は高まるし足はガクガク震えるし、手のひらは汗でびっしょり。

 それでもちゃんと彼をデートに誘うことに成功した。


 だけどこれは、壮大なる『ちゅーするぞ大作戦』の第一歩なのである。この程度で満足していてはダメなのである。


 ──とは言うものの。

 ガタニ君と久しぶりのデートだぁ。

 うーん、楽しみだなぁ。


 作戦は作戦として、せっかくのデートなんだから、思いっきり楽しむぞー


***


 この前お母さんとショッピングモールに行った時に、イヤリングを買おうと思った。

 だけどお店に行く前にガタニ君を見かけて、そのまま尾行したもんだから、結局買えず仕舞い。


 だから改めて買いに行きたいと思った。

 で、どうせなら彼を誘おうと考えた。

 唯香と話した大作戦を決行するためには、会う必要があるからね。


 一緒に買いに行けば、ガタニ君の好みのものを選べる。一石二鳥とはこのことだ。

 彼に選んでもらったイヤリングを身に付けるって……いやん、なんか嬉しい。


 約束した駅前で待ちながら、そんな妄想にふけっていた。


「赤根さん」

「ふぁうっっ!」


 横から突然ガタニ君の声が聞こえて、おかしなたけびをあげてしまった。

 今の私、ニヤニヤしてたよね。

 それ、絶対彼に見られたよね?


 うっわ、ヤバ。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「あ、驚かせてごめん」

「だ、大丈夫だよ。私こそ変な声出してごめん」

「いや、大丈夫……」


 あれ? 今日のガタニ君、爽やかな服装じゃない?

 髪型もさっぱり短めで清潔感がある。


 お洒落なデザインのシャツは襟が開いて、鎖骨がちょっとセクシー。はにかんでる可愛い顔とのギャップもいい。

 そしてスリムなデニムも脚が長く見えてよく似合っている。


 ちょっと待って。ヤバい。

 今日のガタニ君、めっちゃ素敵に見えるんですけどぉ。

 これってアバタもエクボってやつ?

 好きになったからカッコ良く見えるの?


 いや、そんなことはどうでもいい。とにかく私の目に映るガタニ君はカッコいいのだから。


「えっと……赤根さん?」


 うわ、思わず頭のてっぺんからつま先まで、彼をまじまじと見てしまってた。変に思われたかも。どうしよう。


 ……って思ったら。なんとガタニ君も赤い顔をして、私を上から下まで見てた。


 そうだ。私も正直、今日のファッションは思いっきり気合いを入れてきたんだった。

 だって今日は『私史上最大の作戦』なんだから。


「この髪どう?」


 自分の髪型を両手の人差し指で指した。

 普段は滅多にやらないハーフアップ。髪を上半分だけアップにする髪型。

 ネットで調べたら、この髪型を可愛いと思う男子は多いのだそうだ。


「うん……すごく可愛い」


 照れ照れ笑顔満開でガタニ君は呟いた。


 ──よっし!

 可愛いって言ってもらえた!

 しかも『すごく可愛い』だよっ!


 やったよ。嬉しい。出足快調。


 今日は服装も夏にぴったりの目に眩しい白いシャツとブルーのミニスカート。肩にはトートバックを掛けて、まるで海の少女って感じの爽やかさ!


 どうこれ? どうこれ?

 そんなアピールをするように、少し身体をひねって回してみた。髪とスカートが、ふわりと巻くように揺れる。


「うわ……可愛い」


 ガタニ君が消え入りそうな小さな声でつぶやいたのを、私は聞き逃さない。

 やった! 今のって、心からの声だよね。嬉しい。


「じゃあまずは、買い物に付き合ってくれる?」

「なに買うの?」

「イヤリング」

「うん、わかった」


 二人並んで、大勢の人が行き交う歩道を歩く。

 ただお店に向かって歩いているだけ。

 だけど心は浮き浮きして、足取りも軽い。

 下手したらスキップしてしまいそう。


 ねえ、私たちって恋人同士に見える?

 そんな言葉を心の中で、行き交う人達に投げかける。


 ああ、勇気を出して誘ってよかった。

 それにしても急な誘いにも関わらず、嫌な顔一つせずに応じてくれるなんて──


「ガタニ君って、ホントにいい人だよね」


 隣を歩く彼を見上げながら、思わず口に出た。


「いやいや、俺なんて全然」

「ううん、いい人だよ」

「どこが?」


 うん、そういう謙虚なところが。

 それに、それだけじゃなくて──


「ぜーんぶっ!」


 うん、心からそう思う。


「うわっ、そ、そんなこと言われたら……」


 真っ赤になって照れてる。

 うふふ、可愛い。


 照れることはないよ。ホントにガタニ君はいい人なんだから。

 でも何て言うか。こんな何げない会話をしながら街を歩くだけで、すっごく楽しいんだけど、私どうしたらいいの?

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