第37話:赤根さんはカップを欲しがる

♡ ♡ ♡


 大通り沿いの歩道を歩いていたら、すっごく可愛い雑貨屋さんを見つけた。ここなら欲しいイヤリングが見つかりそうだ。


「ここ入ろ!」

「うわ、すげぇ可愛い商品ばっかだ。俺には似合わないような可愛すぎる店だな……」

「ねぇ、入ろうよ」


 ちょっと甘えた口調になったかもしれない。

 腰が引けてるガタニ君の袖口を指先で掴んで、お店の方に誘導する。ホントは手を握りたいけど、恥ずかしくて無理。

 だから袖をクイっと引っ張った。

 ついでにクイっ、クイっと、あと二回引っ張ってみた。


 なんだか照れくさそうな顔をしているガタニ君。


「あ、うん。赤根さんが見たいならいいよ。入ろう」

 

 照れながらも素直について来てくれて、一緒にお店に入った。やっぱりいい人だ。


 一歩中に足を踏み入れたら、そこは夢の国だった。

 右を見ても左を向いても、上の方までも。

 可愛い商品達が溢れている。


「あっ、このマグカップ可愛い!」


 商品棚に、二つのマグカップが並んでいる。

 可愛いウサギのイラストが描かれたペアカップだ。


 あ、このウサギ、なんとなくガタニ君みたい。

 いつも唯香と行くカフェのラテアートに描かれているウサギのイラストによく似てる。


 イラストは、一つはブルーでもう一つはピンク。

 このウサギさん達、男の子と女の子かなぁ。


 しかもハートマークが半分ずつ描かれている。

 カップを横に並べたら、合わせて一つのハートになるやつ。


 いかにもカップル専用ってデザイン。

 可愛い。可愛すぎる!

 うーむむむ、めっちゃ欲しい!


「赤根さん、それ気に入ったの?」

「うん。買おっかなぁ」

「可愛いよね」

「ガタニ君も買う?」

「いや、だってそれ。同居してるカップル用っぽいし……」

「どどど、同居っ!?」


 た、確かに。一緒に住んで、キッチンに並べて置くからこそのデザインだよね。


 ……ガタニ君と同居?

 そんなことが頭に浮かんで、顔からボッと炎が出た。


「べ、別にガタニ君と同居したいってことじゃないからねっ!」

「あはは、そんなことわかってるよ」


 あわわ。『バカだな』的な生温かい眼差しで見られた。恥ずかしすぎる。顔中に血液が流れるのがわかるくらい、更に火照る。


「買うのやめとく……」

「あ、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないよ」

「わかってるって。でもなんとなく恥ずかしくなっちゃったし、買うならまた今度ね」


 すごく好みのデザインだし、ウサギのイラストはガタニ君に似てるし、めちゃくちゃ可愛いから残念だけど仕方ない。

 今この状況で買えるほど、私のメンタルははがねじゃない。


「お客様〜! それ、めちゃくちゃ人気で品薄なんですよぉ!」


 ──え?


 振り返ると、お店の制服を着たお姉さんが立っていた。


「そうなんですか?」

「はい! すぐに売り切れちゃうんで、ぜひお買い上げを〜」


 売り切れちゃう……。

 それは困る。


「じゃあやっぱり買おうかな」


 手を伸ばし、棚からピンクのマグカップを手にした。

 後に一つ残されたブルー君がちょっと寂しそう。


 チラッと横目で見たら、ガタニ君はブルーのマグカップをじっと見つめていた。


 ガタニ君に買って欲しいなぁ。

 ガタニ君にも買って欲しいなぁ。


 カップル専用のカップをお互いに持つなんて、同居してなくても嬉しすぎない!?


 でも彼は、すっと商品から目をそらした。

 さすがに、これを買うなんて言わないよね。うーん残念。


「ほらほら、彼氏さんもどうぞ〜!」


 店員さんが棚からブルーのカップを取って、ガタニ君に渡した。反射的に受け取るガタニ君。


「俺、彼氏じゃ……」

「めちゃくちゃ可愛いでしょ! これ大人気ですから、今買わないと!」

「あ、はい……」


 店員さんの勢いに気圧けおされて、うなずいちゃったよガタニ君。


 ナイスアシストだよ店員さん!

 こんなにグイグイ売り込む店員さんは普段ならウザいけど、今日に限っては表彰状を差し上げたい気分です。


「いいの……かな?」


 でもガタニ君は、私とペアの物を買うのに遠慮してる様子だ。申し訳なさげに私を見た。


「うん、もちろん! これ可愛いもんね。そりゃあ欲しくなるよね!」


 ペアだからどうこうということよりも、このマグカップが素敵なのだというところに焦点を当てて、彼の購買意欲を高める作戦だ。どうよ、策士な私。


「そ、そうだね。よし、買うよ」


 やった! 作戦大成功!

 ペアカップ成立だ!


「お買い上げありがとうございますぅ〜!」


 立ち去り際に店員さんが、チラと私を見た。

 私にだけ見えるようにウインクしてる。


 どうやら私がガタニ君に買って欲しそうにしてるのを見抜かれてたみたいだ。


 普段ならウザいなんて言ってごめんなさい。

 あなたはとってもいい人でした。


***


 とりあえず二人でそれぞれマグカップの精算を済ませてから、アクセサリ売り場に来た。

 平台ひらだいに整然と並べられたアクセサリの中から、イヤリングを探す。

 この店の商品は全体的にお手頃価格で、高校生のお財布にも優しくて嬉しい。


「うーん、どれがいいかなぁ」


 腰の高さほどの台にずらりと並ぶ商品を、腰を屈めて覗き込む。

 あれもこれも可愛くていいなぁ。うーん、迷う!


「あ、これいい!」


 小さなチェーンの先に水玉のようなキラキラした石がぶら下げるデザインのイヤリング。

 しかもチェーンの途中に、可愛い猫の顔が付いてる!


 めちゃくちゃ可愛いし、しかもガタニ君は猫が好きだし、これ絶対にいいよね!


 石の色はコバルトブルーかピンクの2種類。

 どっちにしようか。うーん、どっちも捨てがたいな。でもやっぱりブルーの方がいいかな。


 ──あっ、そうだ。


「ねえ、どっちがいいと思う?」


 顔を上げて振り向いたら、彼は二、三歩離れた所で手持ち無沙汰に立っていた。


「え? どれ?」

「これ。猫が付いてるんだよ。すごく可愛いでしょ!」

「おお、猫か」

「うん。青いのとピンクがあるんだけど、ガタニ君はどっがいい?」


 イヤリングを指で差すと、彼は私の横に来て、二人して商品を覗き込んだ。


「このブルーのやつ、めっちゃ綺麗だよな。こっちがいいな」

「でしょ! このコバルトブルーめっちゃ綺麗だよねっ!」


 おんなじ意見だったのが嬉しくて、ぐわって感じに横に顔を向けた。


 ──うっわ、近っっっ!!


 ほんの数センチ先に、こちらを向いたガタニ君の顔があった。


「うわっ」


 お互いに声を上げて、慌てて離れた。


 やっば! 危うくキスするところだった!

 彼の吐息が鼻にかかったもん。

 胸がドキドキしてる。


「ご、ごめん」

「こちらこそごめんなさい」


 今日の一番の目的はガタニ君にちゅーすることだ。

 だけど同じするならこんな感じじゃなくて、もう少し雰囲気がある方がいい。


 ──って、私はなに言ってんの?


 最終的な目的は、ちゅーすることで、彼に私を意識させて、好きになってもらうことなのに。

 だったらさっきのシチュエーションでキスしたとしても、その目的はたぶん達成できたのに。


 いつの間にか、目的が『私がキスしたい』になってない?

 ダメだダメだ。気をつけないと。


「私もブルーがいいと思うし、こっちを買うね」

「うん。俺、ブルーって好きなんだよ」


 とても優しい笑顔でうなずいてくれた。

 そっか。ガタニ君もブルーが好きなのか。

 私と同じでよかった。


 しかも今日の私の服装。ブルーのミニスカートだよ。

 大正解じゃん。むふふ。


 ニヤつく顔を抑えながらレジに向かうと、さっきのお姉さんが精算をしてくれた。

 商品を小さな紙袋に入れて、差し出しながら「がんばってね」と、こちらも優しい笑顔を向けてくれた。


 なにをがんばるのかいまいち不明だけど、「はい」と素直に返事した。


 ──うん、がんばらないとね。


 色々と。

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