第32話:今日も今日とて赤根さんの勘違い <旧最終話>

◆◆◆


 一日中プールを堪能して、二人で帰路に着いた。

 二人並んで自転車を漕ぐ。


 運動不足なのに急にしこたま泳いだものだから、身体中が筋肉痛だ。日焼けした肌が痛い。


 赤根さんも焼けて顔が真っ赤になってテカっている。

 だけど髪が風になびく姿、そして白い服とのコントラスト。美しいとしか形容のしようがない。

 そんな彼女がニコニコしながら話しかけてくる。


「いやあ〜楽しかったぁ!」


 うん、確かにすごく楽しかった。

 あまりに楽しすぎて、この時間よ永遠に、なんて願うほどに。


 弾ける笑顔の赤根さん。

 やっぱ可愛いな。


「ガタニ君も楽しかった?」

「ああ。だって、あのう……すっごく可愛い女の子がいたからね」

──あ。あまりに可愛すぎる赤根さんを一日中目の当たりにしてたもんだから、思わずそんな言葉が口をついて出た。恥ずかしい。


「……え?」


 あれ? どうしたの?

 赤根さんが急に青ざめて絶句した。そして唇を尖らせ、俺を睨む。

 俺に可愛いって言われて怒ってる?

 キモいって思われた?


 胸の奥がぎゅっと痛む。

 軽はずみなこと、言わなければよかった。


「あのさ、ガタニ君。その可愛い女の子って、どんな子? どこにいた子なの?」


 ──あれ? まさか、他の女の子のことだって勘違いしてる?


 そう言えば、怒ると言うより拗ねてる顔だ。


「いや、あの。可愛い女の子って赤根さんのことだから」

「……へ?」


 きょとんとしてる。

 間抜けな顔も可愛いな。


「あああ、そそそ、そうなんだー、私のことか。ありがとう! あはは、私勘違いしちゃったよー」

「そ、そっか」


 やっぱり勘違いだった。

 今の話の流れで、普通そんな勘違いするか?

 いや、相手は赤根さんだ。充分あり得る。


「私、いつもはそんな勘違いなんてしないんだけどねぇ〜 今日は調子が悪いのかなぁー、あはは」


 いや今日はって言うか、至って平常運転な気がしますけど?

 そもそも今日、プールに行ったのは赤根さんの勘違いきっかけだけどね。もしかして忘れてる?

 

 まあそんな赤根さんだから俺も気楽に付き合えるし、そういうところがとても可愛いんだけど。


 それにしても今日の俺、『赤根さん可愛い』ばっかだな。

 頭がおかしくなってるのか?


 でも夏休みで会えないと諦めてた赤根さんと、こんな濃密な時間を過ごせるなんて。


 ──嬉しい。


 やべ。なぜか急にドキドキしてきた。

 赤根さんの存在を意識すればするほど、一緒に過ごしているのだと実感が湧いてくる。


 やっぱ俺、赤根さんが好きだ。

 この気持ちを伝えたい。

 そんな想いが急速に膨らむ。


 彼女は俺のこと、どう思ってるんだろう。


 少なくとも好意を持ってくれてるのはわかる。

 でもそれが異性としてのものなのか、単なる友達としてなのか……


 彼女がどう思ってるのか知りたい!

 知りたくて仕方ない!


 そしてもしも赤根さんも俺を好きでいてくれたなら、この夏休み、また一緒に過ごせるかもしれない。


 今ってなんかいい雰囲気だよな。お互いに自転車で走ってるってシチュエーションもいい。

 この感じだったら、もしかしたらさりげなく気持ちを伝えられるかもしれない。伝えたい。


「黙り込んでどーしたの?」

「あ、いや……」


 不審がられた!

 どうしよう。


「ホントはあんまり楽しくなかった?」

「いやいや。めっちゃ楽しかったよ」

「そっか、よかった」

「うん、そうだよ。だって俺……」


 がんばれ俺!

 清水の舞台から飛び降りろ!


 俺は赤根さんのことが──


「好き……」


 ああ、小声になってしまった。

 でもちゃんと聞こえたかな……?


「えっ……」


 驚いたように、赤根さんが自転車を漕ぎながら俺をじっと見た。

 さっきの言葉、赤根さんに伝わったかな。

 いや、伝わっていてほしい。


 でもドキドキして、赤根さんの視線に耐えられない。俺はつい視線を前に向けて空を見上げた。


 つられて彼女も空を見る。


「あっ、ホントだ。月! まだ明るいのに月が出てる」


 赤根さんはまた俺を見て、ニッコリと微笑んだ。


 ──ああ〜っ、しまった!

 はっきりと言えなかったせいで、勘違いされた!

 『好き』と『月』を聞き間違えたんだ。


 うわ、どうしよう。

 もう一度はっきりと『好き』と言いたい。


 でも、そんな勇気はもう持てない。

 どうしよう。またの機会にちゃんと告白しようか……


 などとウジウジ考えてる間に、スイスイと自転車は進む。


「じょあねガタニ君! また遊ぼう!」

「あ、うん。また遊ぼう」


 結局言いたいことを言い出せないまま、赤根さんと別れた。

 仕方ない。また次の機会に気持ちを伝えよう。




【赤根くるみ】

♡ ♡ ♡


 あ〜楽しかったぁ!


 日焼けして火照った顔に、風が当たるのが気持ちいい。


 私は軽やかに自転車を漕ぎながら思い返した。


 睡眠とスイミングを聞き間違えるなんて、私ってなんておっちょこちょいなのかー!?

 でもそのおかげでガタニ君とプールに行けたんだから……うん、まあ良しとしよう。


 私の勘違いのせいで急にプールに行くことになったのに、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。

 ホントに彼は優しくていい人だ。


 唯香が言ってたように、私に好意を持ってくれてるって気がする。


 そして私は──やっぱり彼のことが大好きだ。

 あんなに優しい人を好きになってよかった。


 夏休みに入って何日か会えなかっただけで、会いたくて会いたくてしかたなかった。


 また夏休み中に、遊びに誘いたいな。


 そして私は、これからどうしたらいいのか?

 自分から告白……?


 いやいやいや!

 恥ずかしすぎて、すぐには無理ぃ〜!


 やっぱりガタニ君の方から告白してくれないかなぁ。好きだって言ってほしいなぁ。


 それにしても……ガタニ君はいつになったら告白してくれるんだろうか。


 そんなことを思いながらも、私はとても幸せな気分に浸っていた。


──────


 ──そう。今日も今日とて赤根さんの勘違いは続く。


【第一部 完】

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