第31話:赤根さんは夏休みも勘違いする

◆◆◆


 赤根さんを家まで送って行ったあの時、彼女は何を言いたかったんだろうか。

 なんとなく俺に対する好意のようなものを感じたけど、はっきりしないからそんなことを思い込むわけにはいかない。

 気にはなっているけど、夏休みに入って連絡を取る勇気もないまま、数日が経った。


 アニメを観たりゲームに興じたり猫の茜と戯れたり、ダラダラと過ごす。

 夜遅くまで遊んでるせいで寝不足ってとこまでセットで、俺の夏休みは平常運転だ。


「ねえ大和やまと。これ、お姉さんちに届けてくれない?」


 ある日の昼過ぎ。

 母に頼まれごとをされた。


 お姉さんってのは母の姉。つまり俺の伯母さん。

 自転車で15分くらいのところに家がある。

 もらい物をお届けしたいってことらしい。


 暑い中自転車を走らせるのもダルいし、なにより寝不足で眠い。

 だけど断ると怖いから、俺は素直にうなずいた。

 帰って来てから、たっぷり睡眠を取ろう。


 

 軽快に自転車を走らせ、伯母さんちに無事に届け物を済ませた。

 暑い中、身体を動かしてもやっぱりまだ眠い。

 早く帰って寝よ。睡眠が俺を待っている。


 帰路を自転車で走っていたら、ズボンのポケットに入れてあるスマホが振動した。


 なんだよ。まさか母親から追加の用事か?

 勘弁してくれよ。


 気づかないフリをしようとしたけど、気になってスマホを取り出した。

 んんん……俺ってなんて真面目なんだ。自分でも呆れる。


 ──あ、赤根さんから着信だ。


 確認してよかった。

 赤根さんと話せるのは嬉しい。

 ちょっとドキドキした。


 慌てて自転車を停めて電話に出る。


『もしもしガタニ君? 今いい?』

「ああ、いいよ」

『今どこにいるの?』


 ……ここどこだ?

 周りを見ると、ちょうど市民プールが目の前にある。


「市民プールの前だ」

『今からなにすんの?』

「睡眠」

『えっと……私今からそっち行く! 待っててね!』


 そう言って通話が切れた。


 ……え?

 赤根さんが今からここまで来る?

 なんで?


 俺と一緒に寝るとか?


 男女が一緒に寝る……いやいや、そうじゃない。

 なに妄想を突っ走らせてんだ。


 確かめるために電話しようかと思ったけど……

 赤根さんと会えるのは嬉しい。

 だから変に、何しに来るのかなんて無粋な連絡を入れるのはやめにした。


 街路樹の下に日陰を探して待つこと30分。

 白いノースリーブシャツに白いミニスカートという、やけに夏らしい格好の美少女が、栗色の髪を風になびかせながら自転車で現れた。


 久しぶりに見る赤根さん。全身の白色が妖精を思わせる。そしてアイドル顔負けの整った顔。

 やっぱ相当可愛いな。


 数日会わなかっただけなのに、長い期間会ってなかったような気分。

 渇ききった喉に流し込む一服の清涼剤のように、渇きを癒やしてくれる赤根さんという存在。


 なにをしに来たかなんて、もうどうでもよくなっていた。

 だけど赤根さんは、そんな俺に再び疑問を抱かせるようなことを口にした。


「お待たせガタニ君! さあ行こっか」

「どこに?」

「どこにって、プールでしょ?」

「ええぇ……?」


 よくよく聞くと、赤根さんは──


 俺が言った『睡眠』を『スイミング』と聞き間違えたらしい。


「だって市民プールの前で『スイミン』って言ったら、泳ぐのかと思うでしょ!」


 ──ちょっと待ってよ赤根さん!


 そんないきなり『スイミング』なんて英語使ったりしないよ!


 いや、それよりも……


「俺、泳ぎ苦手だし」

「だから練習して上手くなればいいじゃん。チャンスチャンス!」

「水着持ってないし」

「売店で売ってる!」

「ううう……」


 すべて論破された。


「せっかく私、水着持ってここまで来たんだから。ね、入ろうよプール!」


 赤根さんの水着姿……頭の中にそれがぽわんと現れた。

 ちょっと待て。眠気がすべて吹っ飛んだ。


「じゃ、じゃあ……入ろうか」

「うんっ!」


 プールに入ることを決めたのは、決してスケベな気持ちが理由じゃないからな。

 せっかく水着を持ってここまで来てくれた赤根さんの労力を無駄にしないためだからな。彼女への心遣いなんだからな。


 ……ごめん、自分の心に嘘ついた。

 赤根さんの水着姿、めっちゃ見たい。



 売店で買った水着に着替えて、更衣室を出たところで赤根さんを待っていた。


「ガタニ君、お待たせー!」


 …………。

 名前のとおり赤いチェック柄のビキニ。

 まず最初に豊かな膨らみに目が行った。

 男なら当たり前だ。

 朝起きたらおはようって言うのと同じくらいな。


 それにしても胸、大きいな。

 今までも大きいとは思っていた。だけど服に隠されていた暴れん坊が、縛るものがなくなって自由を謳歌してると言うか。

 とにかく形が良くて柔らかそうで……素晴らしい。

 これがオタク男子を瞬殺する凶器ってやつか。


 そして下は短いスカートがついてるタイプで、そこから伸びる長い脚。

 程よい肉付きで色白で肌がスベスベしていて。

 眩しすぎて目が眩む。


 お腹も腕も全部白くて柔らかそうで、全部が全部赤根さんで……


 ヤバい。ヤバすぎる。

 倒れそうだ。


「ガタニ君」

「へ?」

「見とれすぎ」

「ほあわぅっ!」


 バレてた。

 赤根さんの顔、真っ赤だ。

 ヤバい。変態だと思われる。


「あのさガタニ君。行こっか!」

「お、おう。そうだね」


 赤根さんがプールの方を指差すから、照れ隠しに笑って一緒に歩きだした。


 隣を歩く赤根さんの水着姿が気になりすぎるっ!

 たわわなバストが上下に揺れとるじゃないかっ!

 重力さんありがとう!


 ──いや俺、なに言ってんだ。アホか。


 そんなこんなで煩悩の塊と化した俺は、赤根さんと一緒にプールに入った。


 いや赤根さん。準備運動なしに飛び込んじゃダメだよ。監視員が睨んでるじゃないか。

 でも赤根さんが頭を下げて笑いかけたら、あの監視員、真っ赤な顔でニヤついて下を向いた。ちゃんと仕事しろよ。


 ほら赤根さん。あまりにはしゃぐもんだから、プールの底で足を滑らして頭まで水中に入っちゃったよ。

「ぷわふぅっ、がががガタニ君助けてっ!」

 慌てて手を伸ばしたら、あわあわしながら俺の腕にぎゅっとしがみついて来た。相変わらずおっちょこちょいなんだから。


「あ、ありがと」


 濡れた髪。濡れた顔。そして濡れたようなうるうるした瞳。

 そんな姿を間近で見せられたら、いつも以上にドキドキしていまう。

 顔中濡らして慌てている赤根さんには悪いけど、こういうおっちょこちょいなところもすごく可愛い。


 って言うか赤根さん。俺の腕に胸が押しつけられて、すごく柔らかな感触なんですけど?


 俺の意識の方が溺れてしまいそうだ。


 水着姿の赤根さんが可愛い。

 濡れた髪の赤根さんも可愛い。

 キャッキャと騒ぐ赤根さんも可愛い。

 とにもかくにも赤根さんが可愛い。


 俺やべえな。

 なんで頭の中に、こんなに『赤根さん可愛い』が溢れてるんだ。



 ──ひとしきりプールで泳いだ後。

 売店で焼きそばと飲み物を買って、昼メシにした。


 テーブルの向かい側でもぐもぐと焼きそばを頬張る赤根さん。

 またほっぺがリスのように膨らんでる。超可愛い。


「ねえ赤根さん」

「なに?」

「夏休みだね」

「そうだね」


 なに、俺は当たり前のことを言ってるんだか。


「ところで、なんで俺たちプールに来てるんだったっけ?」

「ガタニ君がどうしても行きたいって言ったからでしょ」

「いや、言ってない」


 赤根さん、わかってて言ってるな。

 ニヤリと笑ってるし。


「じゃあ、ガタニ君が勘違いするからだよ」

「えぇっ……勘違いしたのは赤根さんでしょ?」

「あははっ。そうだったっけ?」


 まあ俺としては、勘違いしてもらって超ラッキーだったわけだけど。


 それにしても水着姿の赤根さん。

 やっぱ超絶可愛いな。


 そんなことばかり考えていた。

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