第30話:赤根さんのお母さん

◆◆◆


 整形外科で治療をしてもらった後、赤根さんを家まで送って行くことにした。


 足首を包帯で固めてもらったおかげで、なんとか歩けるらしい。それと松葉杖を貸してくれた。

 だから一人で帰れると赤根さんは言ったけど、それでもやっぱり心配だ。


「家まで送るから」


 俺が力強く言うと、赤根さんは今度は意外に素直に「うん」と答えた。

 頼ってくれてるようで嬉しい。


 同じ電車に乗って、赤根さんの最寄り駅まで行く。

 駅から家まで10分だって前に言ってたけど、今日はゆっくり歩くからもう少しかかる。


「ところで赤根さん。なんでブランコで遠飛びなんかしたの?」

「え? あ……えっと……ちょっとむしゃくしゃすることがあってさ。だから気分転換」

「いつも明るい赤根さんでも、むしゃくしゃするんだ」

「そ、そりゃあ……たまにはそういうこともあるよ」


 恥ずかしそうにと言うか、拗ねたようにと言うか。

 赤根さんはちょっと視線を外した。


「そっか。そりゃそうだよな」


 一瞬黙り込んだ赤根さんだったけど、横を歩く俺を向いた。そしてニコリと笑った。


「でもガタニ君のおかげで、ちょっと気が晴れたよ」

「え? 俺、特に何もしてないけど?」

「ううん。男の人から守ってくれたし、病院までおぶってくれたし、今もこうやって家まで送ってくれてる」

「あ、うん。まあそれくらいなら……」

「それくらいだなんて言うレベルのことじゃないよ。ホントにありがと。でも好きでもない女の子のためにこんなことしちゃダメだよ」


 え? 好きでもない女の子のため?

 どういう意味だろ。


「えっと……迷惑だったかな?」

「そうじゃなくて……女の子は勘違いしちゃうじゃん」


 え?

 赤根さんが勘違いする?

 俺が赤根さんを好きだって、勘違いするってこと?


 それは勘違いなんかじゃなくて俺は赤根さんが好き……

 いやいや、なに言おうとしてんだ。

 そんなこと勇気がなくて言えない。

 でもこの気持ちの何分の一でもいいから伝えたい。


「だって赤根さんは俺にとって大切な友達だから」


 本心を微妙に隠した表現をしてしまった。

 でも大切な友達だと思っているのは嘘じゃない。


 赤根さんが真剣な顏で、俺をじっと見てる。

 何かを言いたそうだけど、何を言おうとしてるのかわからない。


「そっかぁ。ガタニ君にとってわたしは、友達として大切な存在なんだぁ」


 急に明るく笑顔を浮かべた。

 そしてニヤリと笑っておどけた口調になる。


「今日のところは、それで許してあげようぞ」

「え? 何を許すの?」


 ちょっと意味がわからない。


「今は内緒。また機会があったら言うから」

「機会? なんの?」

「私にとってもガタニ君は大切な友達だからね!」


 なんか話をはぐらかされてる気がする。

 赤根さんがホントに言いたいことってなんだろう。


「あ、私の家ここ」


 何を許すのかも、なんの機会があったら言ってくれるのかも、はっきりと答えてくれていない。

 答えを聞く前に、赤根さんの家に着いてしまった。


 こぢんまりとした洒落たデザインの一戸建て。

 玄関ドアの前に女の人がいて、ちょうど鍵をガチャリと開けていた。


「あっおかえり、くるみ……って、あなたその姿どうしたのっ!?」

「あ、ママ。やっちゃった、えへへ」


 赤根さんのお母さんか!

 ちょうど今、パート先から帰って来たんだ。

 そりゃ娘がいきなり松葉杖をついていたら驚くよな。


「やっちゃったか!」


 え? なにそのリアクション。赤根さんもたいがい明るいけど、お母さんも負けてないな。

 そして、やっぱり、すごく、美人だ。


「えっと……あなたは?」

「あ、はい。ははは、はじめまして」


 ヤバ。噛み噛みだ。

 赤根さんのお母さんてだけで緊張マックス。


「彼はクラスメイトのガタニ君。私のケガを心配して、病院に連れて行ってくれたんだよ」

「あらまあ、そうなの!? ありがとうね! ホントにくるみはそそっかしい子でごめんなさいねぇ!」

「あ、いえ。大丈夫です」


 なにが大丈夫なのかわからないけど、ドギマギしてそんなことしか言えない。


「ねえ君。お礼に夕飯食べて行かない?」

「あ、いえ。お気遣いなく! 家に帰ったら晩ご飯ありますから。ででで、では失礼します!」


 家に上がってお母さんも一緒に飯を食うなんて。

 そんなシチュエーション、緊張しすぎて死んでしまう。

 何が何でもそれは避けたい。


 だから俺は赤根さんに手を振った。


「ありがとう」


 赤根さんはまたお礼を言って、満面の笑顔で手を振り返してくれた。やべ、可愛い。


 俺は踵を返して帰路につく。


「すっごくいい子だね」

「そうだよ。彼、すっごくいい子なんだよ」


 背後で母子おやこのそんな会話が聞こえた。

 照れ臭くて背中がムズムズした。

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