第29話:赤根さんは砂だらけ

 息を切らせながら公園に着いた。

 中に足を踏み入れる。

 ジャリっという砂の音が足に響く。


 ──いた!


 ベンチに赤根さんが座ってるのが目に入った。

 なぜか彼女の目の前に男が一人立っている。

 私服姿だし、ウチの生徒じゃない。


 誰だアイツ?


 焦って駆け寄る。

 近づくと、ベンチに座る赤根さんの制服が砂で汚れているのに気づいた。顔にも砂がついてる。


「くるみちゃーん!」


 男は赤根さんの目の前で顔を近づけて、迫ろうとしてる!

 怯えた表情の赤根さん。


 ヤバい!

 襲われてる!


「こらこらこらぁ! 待てお前ぇぇぇ!」


 気がつけば俺は大声を上げて走り出していた。

 普段の俺なら、こんなシーンを見ても足がすくんで動けない。

 助けに行くべきかどうか迷ってウジウジしてただろう。


 だけど今は考えるより先に身体が動いてた。


「赤根さんになにをしたぁーっ!」

「あっ、ガタニ君っ!」


 両手で男の襟につかみかかる。

 男は怯んだ表情を見せて「ひぇっ……」と小さく叫んだ。


「あわわ、ごめんなさい〜」


 俺の手を振り払って男が逃げる。


「待てこいつっ!!」

「待ってガタニ君!」

「……え?」


 追いかけようとした俺のシャツの裾を後ろからつかまれた。

 振り向くと、ちょっと情け無い顔をした赤根さんが、首を何度か横に振った。


「違うの」

「なにが?」

「私、襲われたわけじゃないんだ。これは自分でブランコに乗って、転んで砂だらけになったの」

「は……?」


 ──アカネサン、ナニイッテルノ?




 落ち着いて話を聞いた。

 さっき俺と電話で話す前のこと。

 赤根さんはなぜかブランコで『遠飛び』をしたらしい。


 大きくこいで、バーンとできるだけ遠くまで飛ぶやつ。


 それ、小学生がやるやつ?

 なんでそんなことしたの?


「そしたら転んじゃって、足首を捻挫しちゃった。あはは」


 あははじゃないっての。

 なにやってんだよ赤根さん。


「それでこのベンチに座ってたら、あの人に声をかけられた」

「でもあいつ、赤根さんの名前を呼んでたよね」

「中学の時にテレビ番組に出て、その影響で私の写真と名前がSNSで拡散したことがあってさ。それで私のことを知ってたんだって。あの人、そう言って近づいてきた」

「そうなんだ。俺、てっきり赤根さんがあいつに襲われてるのかと勘違いした」

「んもう、ガタニ君ってば、そそっかしいんだから」

「ごめん」

「ううん。あの状況見たら、勘違いするのも仕方ないよね。それに迫られてやっぱり怖かったし」

「だよな」

「ガタニ君……」

「うん?」


 赤根さんはベンチに座ったまま、前に立つ俺を上目遣いに見上げた。くりんと大きな目が可愛い。


「私を助けてくれてありがとう。ホントにありがとう」


 頬を赤らめて、恥ずかしげに礼を言った。


 ──あ。今の赤根さん、めっちゃ可愛い。


「ん……いや、どういたしまして」

「ところでガタニ君。わざわざ電話してくるなんて珍しいね。何か用?」

「いや特に用事はないんだけどさ。明日から夏休みだし、しばらく会えないからね。元気でねって言いたかっただけ」

「そう……なんだ。ありがとう」


 ホントはもっといっぱい話したいことはある。

 最近避けてない?とか、俺なにか悪いことした?とか。


 だけど赤根さん本人を目の前にしたら、なかなか言い出せない。


「うん、それだけ。じゃあ帰ろうか」

「そうだね」


 そう言って赤根さんがベンチから立ち上がった瞬間。


「あ痛っ!」


 屈んで足首を手で押さえ、そのままベンチに座りこんだ。


「大丈夫か!?」

「大丈夫……だって思ってたけど。立ち上がったら痛いや」

「歩けそう?」

「んんん……ちょっと休んでから帰る。ガタニ君は先に帰っていいよ」

「そんなわけにいかないよ。誰か迎えに来てもらえないのか?」

「お父さんは仕事。お母さんは1時間くらいしたらパートが終わるから、それから連絡してみる」


 赤根さんは顔をしかめてる。

 相当痛いんだろう。

 どうしたらいいんだ。


 ──あ。そう言えば近くに整形外科の医院があったな。


「赤根さん。医者に行こう」

「あ、いいよ。大したことないし」


「ダメだよ! そんな痛そうな顔して、なに言ってんだ。近くだから、俺がおぶっていく」


 赤根さんの前に、背中を向けてしゃがんだ。

 でも彼女は立ち上がろうとしない。


「座ってたら治る」

「そんな簡単に治らないだろ」

「ガタニ君がそこまでする必要ないし」


 赤根さんは突き放したように言った。

 俺は、やっぱり嫌がられてる?


 いや、そうじゃないと思う。

 性格のいい赤根さんのことだ。

 俺に負担をかけまいとしてるに違いない。


「遠慮すんなって! 赤根さんにとっちゃ俺なんか必要ないかもしれない。だけど心配なんだよ! 必要ないとか言わないでくれ! 俺は……赤根さんに必要とされたい」


 俺の言葉に、彼女が一瞬息を飲んだ。

 そして少しの沈黙の後──


「ガタニ君……。必要ないなんて言ってごめん。心配してくれてありがとう」


 赤根さんは泣きそうな顔してる。

 俺は……この子の役に立ちたい。

 困ってる時は助けたい。

 ただそれだけだ。


「ほら! 遠慮すんなって!」

「あ、……うん」


 ようやく赤根さんが俺の背中に体重をかけた。

 二人分の通学鞄を両肩にかけて立ち上がる。

 今日は終業式だから荷物が軽くて助かった。


 近くの医院に向かって歩く。

 赤根さん、華奢で軽い。

 女の子の身体ってこんなに細いのか。


 とは言え、人間を一人おぶって歩くのは、運動不足の俺にはちょっと辛い。

 だけどつらそうな顔したら赤根さんが遠慮してしまう。

 だからまったく平気な顔をしなくちゃな。


「ごめんねガタニ君。重いでしょ?」

「いや、びっくりするくらい軽い!」

「そ……そう?」

「うん。全然平気だ。羽毛かと思うくらい軽い」

「なにそれ!? うふふ……ありがとうガタニ君」


 ようやく笑ってくれた。よかった。


 背中に密着する赤根さんの体温が伝わる。

 この暑さの中では不快なはずの温度。

 実際に背中は汗ばみ、湿った感覚が背中を覆う。

 だけど不思議と嫌な感じじゃない。


 赤根さんの身体、柔らかい。

 この感触って、おっぱいの柔らかさ?

 うっ、下半身がヤバい。


 ……いやいや。こんな時になにを考えてるんだ。

 アホか俺は。彼女はケガをしてるんだぞ。


 赤根さんも無言になってる。

 頬を俺の肩に預けてる感触がする。肩も温かい。


 二人とも無言のまま、赤根さんをおぶって整形外科まで歩いた。

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