第28話:赤根さんに話しかけられない
◆◆◆
今日は一学期最終日。終業式の日だ。
明日から楽しい夏休み……のはずなんだけど。
俺には気になってることがある。
なぜか赤根さんが一昨日からよそよそしい。
夏祭りに行った次の日からだ。
俺、夏祭りでなにか失敗したのか?
心当たりと言えば……学校で叫ぶくらい俺が猫好きだってバレたことだ。
あの時赤根さんは、気持ち悪くないって言ってたけど、やっぱりキモかったんだよな。
あの話のあと、赤根さんの態度がぎごちなかったし。
くそっ、数寄屋のせいだぞ。
いや待て。俺の猫好きが気持ち悪がられたってのは、単なる俺の想像だ。
もしかしたらなにか他のことで、赤根さんに嫌がられるようなことをしてしまったのかもしれない。
もしそうなら、ちゃんと謝らないといけない。
でもコミュ障の俺に、ちゃんとできるだろうか。
……いや、そんなこと言ってる場合じゃないな。
だって気まずいまま夏休みに突入するのは嫌だ。
──そう思っていたのだけれども。
今日は終業式だけで学校は終わりだ。
だから赤根さんに話しかけるチャンスが全然なかった。
残された最後のチャンスは下校時。
ホームルームが終わって、帰り際に声をかけよう。
「なあ大和。夏休み、一緒にどっか遊びに行かね?」
教室を出ようとしたら数寄屋に呼び止められた。
「あ、えっと……どっかって?」
「プール行こうぜ。また赤根さんを誘ってさ」
赤根さんを誘ってプール?
それはぜひ行きたい。
だけど今の赤根さんとの状態じゃ、そんなことは到底無理だ。
「ちょっと無理だな」
「え? なんで?」
「まあちょっと事情があってさ」
「事情? 赤根さんとなにかあった?」
「いやまあ、すまん数寄屋。今ちょっと急いでてさ。また連絡する」
そう言い残して教室を飛び出た。
正門まで早足で行ったけど、赤根さんの姿は見えなかった。
もう帰っちゃったんだ。
駅まで走ったら途中で追いつくかな?
でももしも追いつかなかったら……
それにそこまでして赤根さんを追いかけるのか?
女の子を追いかけて走るなんて、それこそキモいやつじゃない?
俺は自分から女の子を追いかけて話しかけるなんて柄じゃない。
自分から連絡をするなんてことも俺の柄じゃない。
そんな恥ずかしいことできない。
──まあ仕方ないか。
また夏休みが明けたらどうせ顔を合わすんだし。
その時に話せばいいや。
うん、それがいい。
そうしよう。
そう考えて駅に向かって歩き始めた。
だけどもやもやする。
──ホントに、それでいいのか?
こんなもやもやした気持ちのまま、長い夏休みを過ごすのか?
夏休みという時間が、赤根さんとの間に深い溝を作りはしないか?
やっぱり今日のうちに話をした方がいい。
自分から女の子を追いかけるなんて柄じゃない?
自分から連絡をすることも俺の柄じゃない?
それってなんだ?
変なプライドか?
自信の無さか?
卑屈さか?
大切なことから逃げてるだけじゃないのか?
コスプレイヤーのお姉さんも言ってた。
『地味だなんてことより、
どうなんだ、俺?
赤根さんに嫌われてもいいのか?
俺にとって赤根さんって、その程度の存在なのか?
どうなんだよ俺!
…………。
俺は……
赤根さんに嫌われたくない。
ギクシャクしたまま、疎遠になんてなりたくない。
だったら!
だったら勇気を出せよ、
──よしっ!
俺は制服のポケットからスマホを取り出した。
自分から女の子に電話をするなんて初めてだ。
この前祭りに誘った時は、数寄屋に無理矢理かけさせられた感じで、自分の意志でかけたわけじゃない。
だからめちゃくちゃドキドキする。
スマホを握る手にぎゅっと力が入る。
電話をかけても赤根さんは出てくれないかもしれない。
電話に出ても、ガタニ君なんてキモいから嫌いだって言われるかもしれない。
それは怖い。怖くて怖くて仕方ない。
だけど──何もしないよりよっぽどマシだ。
俺は赤根さんのアカウントを開き、通話ボタンをタップした。
呼び出し音が鳴る。
わずかな時間がとてつもなく長く感じる。
お願い赤根さん……出てくれっ!
『もしもし。ガタニ君?』
あ……出たっ!
「あ、赤根さん! 今どこ?」
『え? 急にどうしたの?』
「いや、夏休みに入る前に、赤根さんと話をしたいと思って」
『え……? なんで?』
「最近ちゃんと話せてないから。このまま夏休みに入るのは嫌だから」
電話の向こうでしばらく無言が続く。
赤根さんはやっぱり俺と話すのが嫌なんだろうか。
不安が心を支配する。
お願いだ赤根さん。うんって言ってくれ!
『……そっか。わかった。駅の近くに公園があるでしょ。わかる?』
「うん、わかるよ」
『そこにいるから』
「わかった。今すぐ行くよ」
なぜ赤根さんが公園なんかにいるのか不思議だ。
駅の近くなんだから、普通はそのまま電車に乗って帰るだけなのに。
でもそんな理由はどうでもいい。
赤根さんがまだ電車に乗っていなかったおかげで、こうやって話をするチャンスができた。
とにかく、赤根さんに会いに行こう。
俺は駆け足で公園を目指した。
──にしても息が切れて苦しい。脚も絡んで転びそうになる。
カッコ悪りぃ。
悪いか?
オタクは運動が苦手なんだよ。
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