【第二部完結】『勘違いしがちな赤根さん!』 ~飼い猫の名前を叫んだら、なぜか学校一の美少女が迫ってきた

波瀾 紡

【第一部】赤根さんは勘違いしがち

第1話:その日私は彼の衝撃的な言葉を耳にした

♡♡♡


 私は先生に頼まれて、休み時間に視聴覚教室まで荷物を運んだ。


 誰もいない教室。

 カーテンが閉まり、薄暗いまま私は荷物を部屋の隅に置く。


 その時裏庭に面した窓ガラス越しに男子の声が聞こえた。


「お前、ホントに好きなんだなぁ」


 なんだろ? なにが好き?

 窓に顔を寄せて、カーテンの隙間からこっそりと外を覗く。


 同じクラスの男子が二人、視聴覚教室の前を横切って歩いている。その内の一人、地味で真面目そうな男子が真剣な顔で叫んだ。


「ああ、そうだよ。俺はあかねが大好きだ! 悪いか?」


 思わず「はにゃっ?」と変な声が出そうになって、慌てて手で口を塞いだ。


 ──わわわ、私!?


 私の名前は赤根あかね くるみ。

 彼は私のことを好きなの?

 

「別に悪くないよ。ははは」


 そう言ったのはもう一人の男子。クラスでも人気の数寄屋すきやくん。サッカー部所属の爽やかイケメンだ。


 私を好きって言ってくれたのは……なんて名前だったっけか?

 確か……なんとかガタニ君。

 ちゃんと覚えてなくて申し訳ない。


 あまり目立たない子だけど、目が優しいのが印象的だ。

 彼の真剣な眼差しと想いのこもった声に、私はドキドキした。


 彼は……どんな人なんだろう?

 すごく気になって、彼のことを知りたくなった。


◆◆◆


 俺はクラスでも空気みたいな存在だ。

 高校に入学してもう二ヶ月が経った。

 だけどよく話す相手は、未だに中学からの友達である数寄屋一人のみ。


 御稜威ヶ谷みいずがたになんてめちゃくちゃ覚えにくい苗字のせいで、名前すら覚えてもらえてない。


 友達なんて一人いたら充分だ。

 静かに心穏やかに過ごす高校生活こそ、青春と呼べるのだ。うん、間違いない。


 しかし今、そんな平穏な日常がヤバい。

 何がヤバいって、クラスで……いや学校で一番可愛いと評判の女子が、休み時間の今、なぜか教室の向こうの方から俺を睨んでる。


 綺麗な栗色の髪。抜群のスタイル。

 くっきりとした二重の目。

 普通なら誰もが見とれそうな美しい瞳が、射抜くような鋭さで俺を睨んでいる。


 あれは赤根あかねくるみ。

 中3の春。たまたま出たテレビ番組『青春歌うま選手権』で準優勝。

 その可愛らしさで優勝者以上に話題になり、「日本一可愛い中学生」としてSNSで拡散されバズったらしい。

 そのせいで複数の音楽事務所からオファーは来るわ、ファンだという人からのDMは殺到するわ、そりゃもう大変な騒ぎだったらしい。


 以上、クラスのお喋り好きな女子が話していたのを横から聞いた話。


 まあとにかく赤根さんは、それくらい可愛くて、しかも明るい性格。

 だから高校入学二ヶ月にして、既に不動の人気女子の座に君臨している。男子からの熱い視線が今も集まっている。

 しかし特定の男子と仲良くすることはなく、今も女子のグループでご歓談なさっているのだ。


 ──ってなんで敬語なんだ俺。


 俺はもちろん、今まで赤根さんとまともに話したことはない。

 なのにその人気女子が、友達との会話の輪の中から俺を睨んでる。

 こっちは目が合わないようにしてるけど、さっきからずっと睨まれている。


 俺──なにか悪いことしたか?

 スケベな目で見たとか?


 いや、俺には嫁がいる。だからそんなことはしない。……嫁は二次元だけど。


 二次元の嫁なんて寂しいヤツだなんて言うなよ。

 俺には可愛い飼い猫だっている。

 推しキャラと猫がいたら、ちっとも寂しくなんかない。


 ちなみにその猫は『あかね』という名で、もう可愛いのなんのって。筆舌に尽くしがたい可愛さなのですよ。


 さっきの休み時間も、数寄屋に言ってやった。


『ああ、そうだよ。俺は茜が大好きだ! 悪いか?』


 即答するくらい、俺は猫の茜が大好きなんだ。


 ……えっと、まだ俺睨まれてる。こわっ。



 三時間目が終わった休み時間。

 トイレを済ませ、教室に戻ろうとした時。


「ねえ」

「ふわっ!」


 トイレから出たところで突然背後から声をかけられて驚いた。振り向いたら赤根さんが立っていた。


「どうしたの? びっくりしすぎだよ」


 いつも教室では明るい笑顔を振りまいてる彼女が、固い表情で俺を睨んでる。

 うわ、やっぱり何か怒ってるんだ。ヤベ。


「いや別に……じゃあ」

「あ……」


 赤根さんの声を背に、俺は脱兎のごとく教室に戻った。

 いや別に逃げてるわけじゃないぞ。次は体育だから、早く着替えたいだけだ。決してめっちゃ可愛い人気女子に睨まれてビビったわけじゃない。


 それにしても……俺、ホントになにしたんだろ?



 四時間目終了のチャイムが鳴った。ようやく昼休みだ。

 弁当を持ってそそくさと教室を出た。


 俺の唯一の話し相手である数寄屋はサッカー部で、昼休みにはグラウンド整備に行ってる。


 だから俺はいつも、校舎裏にある小さなスペースで一人弁当を食ってる。この方が気楽だし、好きなことができる。


 ここは結構穴場で、周りのベンチにいるのは上級生ばかり。同じ一年生はいない。


 俺はベンチに腰掛け、膝の上に弁当箱を広げる。

 今日は俺の好きな唐揚げ弁当だ。うっまそう。

 茶色いおかずはだいたい旨い。これはこの世の真理だ。


 そしてイヤホンを耳に差し、スマホで動画配信サイトを開く。


 好きなアニメを観ながら弁当を食う。

 これを至福の時と呼ばずしてなんと呼べばいいのだ。


 今ハマってるのは異世界モノの『転生したらゴブリンでした』だ。

 主人公はせっかく異世界転生したのに、その姿は暗くて弱いゴブリン。しかし弱くて陰気だと思われた主人公ゴブリンが実は秘めたる力を持っていて、どんどん強くなり無双する話。


 下剋上感がとても気持ちいいんだよ。

 俺は既にワンクール観終わって、今日からは2周目。うん、楽しみだ。

 それに唐揚げも旨い。やっぱ茶色いおかずはサイコーだよな。


「えっと……隣座っていいかな?」

「うぐっ?」


 急な声かけに驚いて、危うく唐揚げを喉に詰まらせて死ぬとこだった。俺を殺そうとした殺人未遂犯は誰だ?


 スマホ画面から視線を上げると、そこに立っていたのは肩までの栗色の髪をなびかせた美少女。

 まるでアニメの視覚効果のように、身体中からキラキラした光が発して見えるほど輝いている。


 ──赤根さんだった。

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