第16話:赤根さんはもっと好きにさせる

♡♡♡


 一学期末テストの準備期間であるはずなのに。

 私と唯香は学校帰りに、いつものお気に入りのカフェに寄った。作戦会議である。


 この前の『好きだと言わせる作戦』が失敗に終わった今、新たな作戦を授けると唯香が行ってきたのだ。


 取りあえず注文を済ませる。

 私の注文はいつものラテアート。


「ところでさくるみん。昨日のカラオケ行く前の教室でのできごと」

「うん?」

「ガタニ君はそんな人じゃないからー! ってカッコよかったよ」

「あははー、今思い返したらちょっとハズいけどね」

「ガタニ君にもっと好きになってもらうためにわざとああいうこと言ったのかな?」

「ううん。彼があんなこと言われてるのに腹が立って、つい言っちゃった」


 そう言えば、ガタニ君にもっと好きになってもらいたいとか、そんなことは一切考えてなかったなぁ。


「やっぱりね。くるみんはそんなあざといことできる子じゃないわ。カラオケでガタニ君のために熱唱したのもきっとそうだよね」

「ん、そだね」


 ガタニ君のために熱唱したってのもバレてた。

 そしてそれも、彼に好きになってもらいたいという気持ちがあったわけじゃない。単に彼を励ましたかっただけだ。

 唯香ってば、鋭すぎでしょ。


「でもくるみん。今日君に伝授する作戦は『もっと好きにさせる作戦』だからね」

「え? なにそれ……」

「覚悟して聞き給えよ赤根隊員!」


 ここで注文した飲み物が運ばれて来た。

 うさぎ着ぐるみの男の子のラテアート。

 相変わらずガタニ君にちょっと似てて可愛い。


「なににやけてんのくるみん?」

「あ、なんでもない」

「じゃあ作戦の具体的な内容を教えるよ」

「はい、軍師様。よろしくお願いいたします」

「これは自分から告白できないチキンなくるみんのための作戦です!」

「チキンてなによ」


 ホント失礼しちゃう。

 まあ恥ずかしすぎて自分から告白できないのは事実だけど。

 ──って言うか、私はまだガタニ君のことを好きってわけじゃないから!


 これはあくまで、彼から告白してもらうための作戦なんだからね。そこんとこ勘違いしないように。


「心理学のテクニックを使って、彼にもっとくるみんを好きになってもらうのだ」

「心理学のテクニック……? なんか効果ありそう」

「今回ご用意したテクニックは3つあります。今ならなんと! 3つ全てのテクニックをまとめてご紹介して、たったの1,980円!」

「お金……取るの?」

「冗談だってば」


 そこまでニヤニヤしてた唯香はマジ顔になって、人差し指を私の顔にピシッと向けた。


「彼にくるみんをもっと好きになってもらえば、好きって気持ちが膨らめば、告白してもらえるはずなのよ」

「なるほど」


 ガタニ君がもっと私を好きになる……。

 うわ、想像するだけで顔が熱くなる。


「私がネットで『恋愛で使える心理学のテクニック』を調べたからね。これを実行して行こ」

「うん」

「実践するのはこの3つ。ジャジャン!」


 唯香が雰囲気を盛り上げるもんだから、思わず息を飲んで言葉の続きを待つ。


「『さりげないボディタッチ』『吊り橋効果を狙え』『彼を嫉妬させる』!」

「ほぉほぉ」

「でもくるみんはおっちょこちょいだから、いっぺんに全部やろうとしちゃうだめ。一個ずつやってこう。まずはボディタッチね」

「おっちょこちょい言うな」

「失礼。くるみんはポンコツだから」

「悪化してるじゃん」


 ああ、相変わらず唯香にはからかわれてるなぁ。

 まあこれも私が恋愛に関してできない子だから仕方ないか。


 いや私もやればできる子なのだ。

 そうに決まってる。

 そうでも思い込まないと怖くて実践できないもんね。


「ボディタッチはあくまでさりげなくだからね。あんまりベタベタ触っちゃうと変に思われるから」

「うん」

「ガタニ君は女の子慣れしてない感じだから、さりげなくタッチするだけで絶大な効果が見込めるはず」

「うん」

「さあ、早速明日から実践するのだ赤根隊員!」

「らじゃ」


 ピシッと敬礼してみた。

 こうして軍師、唯香プロデュースによる『ガタニ君をもっと好きにさせる作戦』が始まったのであります。



 その日は朝から、ガタニ君は少し機嫌が悪そうだった。

 元々愛想がいいタイプではないけど、今朝はいつもよりも難しい顔をしている。どうしたんだろ?


 今日は昼休みに「さりげないボディタッチ作戦」をする予定なのに、大丈夫かな?


 そんな心配をしてたけど、2時間目の授業が終わる頃にはいつもどおりのガタニ君だった。だから予定通り作戦を決行することにした。


 だって今日は私も気合を入れて、いつもはしない髪のリボンをサイドに付けてきたんだもん。

 これ、可愛く見えるかな……


 そしていよいよお昼休み。校舎裏に行く。

 いつも通り横に座ってお弁当を開く。


「わあ、ガタニ君のお弁当美味しそうだねー!」


 彼の弁当を覗き込みながら、手のひらでさりげなく二の腕にタッチする。


「ふあっ……」

「ん? どうしたの?」


 手のひらにガタニ君の腕の温かさを感じる。

 思ったよりも筋肉質だ。男の子って感じ。


 やっば。私の方がドキドキしてきた。


「いや、なんでもない。だったら赤根さん、おかずどれか食べる?」

「いいの? ありがと。じゃあ、どれにしよっかなぁ……」


 今度は弁当箱を下から支えるガタニ君の手を、さらに下から私の手で支えた。


「ぐはっ……」

「ん? どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 よしよし。効いてる効いてる。

 きっと今のガタニ君、ドキドキしてるよね。


 ガタニ君のお弁当箱から玉子焼きをひとつ箸でつまんだ。

 お上品に口に入れる。


「ん……美味しいね!」

「だろ。甘すぎないこの玉子焼き好きなんだ」

「そっか」


 ガタニ君は甘すぎない玉子焼きが好き、と。

 ああ、なに頭にインプットしてるのか私。

 でもいいよね。のいい・・・友達・・の食べ物の好みはちゃんと知っとかなくちゃだもんね。


 でもこのボディタッチ作戦。

 かなり効いてる気がする。


 お弁当を食べながら、赤い顔してチラチラ横目で私を見てる。意識してるのは間違いない。照れちゃって可愛い。

 私は気づかないふりをしてるけど、ちゃんとわかってるよ。むふふ。

 ほらほら。なんなら今ここで、私を好きだって告ちゃってもいいんだよ。


 でも──残念ながら、ガタニ君がいきなり告るなんて大イベントは発生しなかった。


 お弁当を食べ終わってしばらく雑談をした。

 その間彼は何度も、何か言いたげに口を開いては飲み込んだ。

 それでもまだ甘い雰囲気は続いている。


 そのうち意を決したようにガタニ君が口を開いた。


「あ、あのさ赤根さん……」

「ん? なに?」


 ガタニ君ったら、ポーっとした顔で私の横顔を見つめてる。


「可愛いね」

「ふぐぉぅっ」


 ヤバ。変な声が出た。

 不意打ちズルいぞガタニ君。


 でも真面目な彼がそんなこと言うなんて今までなかった。きっとボディタッチ作戦が効いてるんだ。


「……そのリボン」

「え……?」


 可愛いのはリボンのことだった。

 私自身のことかと勘違いした。

 うわ、恥ずい。


 でも……リボンのことでも、ガタニ君は女の子に可愛いなんて言う人じゃない。


「あ、ありがとう。でもガタニ君が可愛いって言うなんて珍しいね」

「ごめん。気持ち悪かったかな。つい……。今日の俺はなんか変だ。ホントごめん」

「ううん、謝ることないよ。嬉しい」

「そっか」


 なにこの、さらに甘い雰囲気は?

 これは、ガタニ君から告白……上手くいくんじゃない?


 ──あ。ガタニ君の頬に米粒が付いてる。ちょっと可愛い。取ってあげなきゃ。


 すっと指を伸ばして彼の頬に触れる。

 せっかくだ。米粒を取るだけじゃなくて、この機会に頬に触れちゃえ。


 米を取った勢いで、指先で頬を触る。

 ぷにとして気持ちいい。


「あぎゃっ!」

「え? どうしたの? 大丈夫?」


 ガタニ君が突然変な声を出して、顔をしかめて手で頬を押さえてる。


「奥歯が虫歯みたいで、今朝から痛かったんだ。さっきまで大丈夫だったんだけど」

「あああ、ご、ごめん! 私が指で突いたからだね!」


 ガタニ君は涙目になってる。痛そうだ。ほんっとにごめん。

 ああ……せっかく甘い、いい雰囲気だったのに、一瞬で吹っ飛んだ。


 ホント私っておっちょこちょいだ。

 何もかも水の泡だ。


「大丈夫。気にしないでいいよ。赤根さんが悪いんじゃない」


 痛そうな顔に無理矢理笑顔を浮かべて。

 私に心配をかけないようにして。

 ──ガタニ君ってやっぱり優しい。


 彼のいいとこ、また一つ見つけてしまった。


 そんなことを考えていたら、私の作戦終了を告げるかのように、昼休みが終わる予鈴が鳴った。鳴ってしまったのよ。ぴえん。

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