第17話:赤根さんは吊り橋効果を狙う
♡♡♡
「次の作戦は『吊り橋効果を狙え!』だよ」
ボディタッチ作戦の失敗を受けて、唯香が次の作戦を詳しく説明してくれた。
『吊り橋効果』とは、恐怖や緊張からくるドキドキ感を、一緒にいる異性への恋と勘違いするという心理効果らしい。
だからガタニ君と一緒にドキドキする体験をすればいいと唯香は言う。
「一緒にドキドキって、そんな都合いいシチュなんてないよ唯香」
「まっかせなさい。そんなこともあろうかと、ちゃんと調べてあるから。ほらこれ」
唯香がこちらにスマホの画面を向けた。
私はそれを覗き込む。
「ホラーハウス?」
「そ。お化け屋敷。市内のショッピングモールで期間限定でやってるんだって。ちょうど今日で期末テストも終わりだし、今度の休みにでもガタニ君と行っといで。彼、こういうの弱そうだし。くるみんはお化け屋敷なんか怖くないって言ってたでしょ?」
唯香はここまで調べてくれたんだ。
なにこの、至れり尽くせりなところ。頼りになりすぎでしょ。
「なるほど。そしたらドキドキ体験できるね。さっすが唯香!」
お化け屋敷か。
ガタニ君と二人で行けばいいんだね。
……え? それって……?
「も、もしかしてデートォっ!? ガタニ君とデートするのっ?」
「ま、そゆことだね」
「無理無理無理ぃ! 恥ずくて誘えないしっ!」
「大丈夫だよ。この前くるみん、彼とLINE交換したじゃん。文字でなら簡単に誘えるっしょ」
確かにそうかもしれない。それなら大丈夫だ。
いや、ホントに大丈夫!?
うーん……作戦のためにはやらなきゃいけない。
勇気を出して誘ってみよう。
ガタニ君にメッセージを送ると、ぜひ行きたいと返事をくれた。
スマホを握りしめてホッとした。手のひらが汗びっしょりだ。
こうして次の日曜日。
彼と二人でホラーハウスに行くことになった。
*
市内の大型ショッピングモール。
そこは様々な専門店がたくさん入居している、私たちの街で最大の商業施設。
その3階にイベントフロアがあり、そこに期間限定のホラーハウスができていた。
その受付の前で待ち合わせをしている。
今日は私の持ってる服の中でも、一番のお気に入りを着てきた。
ガーリーなデザインのピンク色のワンピース。
これで可愛く見えるはず。
あ、これは決して私がガタニ君のことが好きで可愛く見られたいってことじゃないからね。
あくまで作戦の一環なんだから。
なんてことを考えながら現地に着いたら、ガタニ君は既に来て待っていた。
「お待たせガタニ君」
「あ、うん。じゃあ入ろうか。ホラーハウス楽しみすぎる」
あれ?
なんか反応が薄くない?
せっかくお洒落してきたのに?
私よりもホラーハウスの方が楽しみみたいだし。
え? ガタニ君って私を好きなんだよね?
……ホントに好きなの?
いや、本番はこれからだ。
彼って気が弱いところがあるから、きっとホラーハウスで怖がるに違いない。
中に入ってガタニ君が怖がってドキドキしたら、吊り橋効果で私を好きだってことをさらに自覚する。
そしたら私に告白したくなるはず。
私はお化け屋敷なんて、子供の頃からあまり怖くなかった。だから怖がる彼を優しく励ましてあげるの。
さあガタニ君!
平気な顔をしてるのも今のうちだよ。
せいぜい怖がるんだよ!
*
「ぎゃあああ〜っ!」
施設内に悲鳴が響いた。
「大丈夫か赤根さん?」
「うううう……だだだ大丈夫……だから」
悲鳴は私の声。ガタニ君は平気な顔してる。
なにこのお化け屋敷。
子供の頃によく行ったのと全然違う。
受付で渡されたワイヤレスのヘッドフォンを付けて、やけにリアルな廃病院風のセットの中を歩く。
ヘッドフォンからは病院で亡くなった人の恨みがましいうめき声が聞こえる。
しかもホントに耳元で囁かれてるようにリアル。
脳みそがジンジン痺れる感じがする。
子供の頃に体験したお化け屋敷とは比べ物にならないくらい怖すぎるっ!
「これ、バイノーラル録音って言ってさ。鼓膜に直接届く状態で音を記録するんだって。ステレオヘッドフォンで聴くとその場に居合わせたかのような臨場感を再現できるんだ」
そそそ、そんな豆知識はいいから!
なんでそんなに冷静なの?
でもガタニ君って、意外と頼りになるタイプなんだ。
ああっ、脳みそを吸い出されるような「ズズズ」って音が耳元で響いて怖すぎる!
ふぇん。涙が出そう!
『お前の脳みそ、うまそおだぁ〜っ!!』
「ひゃぁんっ!」
いやん! 泣く! ホントに私泣いちゃう!
思わず隣を歩くガタニ君の腕にしがみついた。
それだけじゃまだ不安で、彼の胸に顔を埋める。
温かい胸板に頬を押しつけると、すごく安心する。
「赤根さん。大丈夫だよ」
「あああ、ががガタニ君! お願い! 離れちゃダメだからねっ!」
耳元で彼の落ち着いた声が聞こえて、我慢できずにさらに腕に力をこめてぎゅっと抱きつく。
「だ、大丈夫だ。離れないから」
おどろおどろしい不快な効果音を押し退けるように、ガタニ君の優しい声が耳の中に流れ込む。
私はガタニ君の胸から顔を上げた。すぐ目の前に彼の顔がある。
包み込むような眼差し。
あ、頼り甲斐があってなんだかカッコいい。
ドキドキする。
ガタニ君の顔を見てこんなにドキドキするなんて。
これってもしかして、私、恋してるの?
これが恋?
「うん。離れないでね」
思わず可愛く言ってしまった。
彼はホラーハウスの出口まで私を導いてくれた。
*
「なるほど。彼を吊り橋効果にはめる計画が、くるみんがはまっちゃったわけね」
翌日学校で昨日の報告をしたら、唯香は呆れたような顔をした。
いや違う。まるで小さな子供を見守るような、微笑ましい顔とでも言ったらいいのか。
「いや、あの……違うから」
ガタニ君にしがみついて彼の顔を見上げた時、あんなにドキドキしたのは──
あれはやっぱり吊り橋効果なんだろうか。
それとも……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます