第18話:赤根さんは嫉妬させる

♡♡♡


「なるほど。くるみんが『吊り橋効果』に陥って、ガタニ君に恋しちゃったと」

「違うからっ! 単にホラーハウスが怖くてドキドキしただけだから!」

「はいはい。わかりました」

「あ、信じてないでしょ?」

「ううん、信じてるよ。地球は実は自転してるんだってくらい信じてる」

「それはつまり?」

「うん。全然実感がないってこと」

「実感はなくても、それは事実だってことだよね?」

「うんまあ……そだね。うふふ」


 唯香はホントに信じてくれてるのかな?

 いや信じてないでしょ、この意地悪な笑顔は。


「じゃあ次の作戦だよくるみん」

「あ、うん……」

「名づけて『彼を嫉妬させちゃえ作戦』!」


 相変わらず唯香のネーミングセンスは壊滅的だ。

 名づけてとか言いながらそのままじゃん。


「嫉妬は恋愛のスパイスなんだよ。嫉妬すれば恋心は燃え上がるし、他の人に取られたくないって気持ちが行動を加速させる」

「つまり?」

「つまりガタニ君に嫉妬させれば、くるみんをより好きになるし、告白したくなるってわけ」

「なるほど!」


 今まで恋愛経験のない私にはよくわからないけど、それはとてもいい作戦のように思える。


「……で、具体的には私は何をすれば?」

「くるみんが他の男子からアプローチされてることを、彼に伝えるんだよ」

「私別に他の男子からアプローチなんてされてないけど?」

「いいんだよ。そういうフリをすんの!」

「えぇ……ガタニ君を騙すの? なんかヤダなぁ」

「んもう、くるみんは真面目すぎるんだってば! そんなに酷い嘘はつかなくていいから大丈夫だよ!」


 唯香にそう言われて、私はガタニ君に嫉妬させる作戦を、明日の昼休みに決行することにした。



 翌日の教室。今日はお昼に作戦決行するのだと考えたら気になって、朝から何度もガタニ君のことをチラチラと見てしまってる。


 うん、落ち着け私。

 大丈夫。きっと大丈夫。


 ガタニ君を嫉妬させる。

 きっと彼は嫉妬する。


 2時間目が終わった休み時間。

 廊下で珍しくガタニ君が女子と立ち話をしてるのが目に入った。


 あれは月ヶ瀬つきがせヒカリさん。

 スレンダーなクール美人で、クラスでも評判の女の子。以前数寄屋君と二人で校舎裏に現れた子だ。


 何を話してるんだろ?

 教室内から窓越しだから、姿は見えるけど声は聞こえない。


 ちょ、二人の距離近くない?

 近すぎでしょ。

 いや別にいいんだけど。


 そう言えば前にガタニ君に好きな女性のタイプを聞いたら、私とは全然違う『クールなタイプ』って言ってたよね?

 いや別にいいんだけど。


 なんかモヤる。

 なんでだろ?

 いや別にいいんだけどさ。



 昼休み。いつものように校舎裏のベンチで、二人並んでお弁当を食べた。

 食べ終わって、アニメの話とか雑談になる。


「赤根さん知ってる?」

「なにを?」

「普通一学期末テストが終わったら、世間の高校では短縮授業ってやつになるらしい」

「そうなんだ。ウチの高校は終業式まで普通に授業だよね」

「しかも終業式までまだ3週間も授業あるし。どんだけ教育熱心なんだよ。選ぶ高校間違えたな。失敗だ」


 短縮授業がないおかげでこうやってガタニ君とお昼を過ごせるし。この高校を選んだおかげでガタニ君と知り合えたし。

 私はこれでもいいけどね。


 そんなことより──

 さあいよいよ作戦開始だ。


「あ、あのさガタニ君」

「ん? なに?」


 唯香から伝授された、ガタニ君を嫉妬させるための嘘話をする。がんばれ私!


「男子にね、一緒に映画に行かないかって誘われちゃってさ」

「えっ……?」


 ガタニ君、驚いた顔で絶句してる。

 嫉妬してる……のかな?

 きっとしてるよね。だってガタニ君は私を好きなんだから。


「なんの映画? 今ならちょうど『劇場版・三人姉妹に恋をした』が公開されたばっかだよな!」


 そっち!?

 男子に誘われちゃった部分はスルー?


 いや、気にならないフリをしてるだけよね?

 あえて意図的にそこスルーしてるんだよね?


 あ、そっか。『三人姉妹』は私も動画で観せてもらったガタニ君イチオシのラブコメアニメだ。

 だからそこが気になるんだよね。

 そうだ。そうに決まってる。


 だってガタニ君は、ヒロインのイチハさんが大好きだもん。イチハさんはクールな美人で……


 クールな美人?

 ガタニ君の好きな女性のタイプは『クールなタイプ』だよね。

 そして今日仲良さげに話してた月ヶ瀬ヒカリさんはクールな美人。


 ……ん、偶然だよ。

 単なる偶然だよね。


 その時、ピロリンと着信音が鳴った。ガタニ君のスマホだ。メッセージが届いたようで、画面を見つめてる。何だろ?


 気になって横から彼の手元を覗いた。そこに表示されてたのは──


『『三人姉妹に恋をした』のチケット買ったよ』


 ガタニ君は嬉しそうに「おっ、やった!」なんて呟いてる。


 ──え? 誰からのメッセージ?


 えっと差出人は……『ひかり』!?

 月ヶ瀬さん!?


 なんで彼女がそんなメッセージを送ってくんの!?

 え? え? え?

 もしかして二人で映画観に行くの?

 ガタニ君と月ヶ瀬さんってどういう関係!?


 なんだかモヤモヤして胸が痛い。


 なにこれ? なんで胸が痛むの?

 ドキドキして身体がぶるぶる震える。


「あ……あの……ガタニ君?」

「あ、話の途中でごめん」


 そんな優しい目で見ないで。

 なぜかとてもつらい。

 気にしないフリをしようと思うけど、そんなこと無理だ。


「月ヶ瀬さんと……映画……観に行くの?」


 ガタニ君と月ヶ瀬さんが二人で映画行くなんてヤダ。これって……これが嫉妬ってやつ?


「え? 月ヶ瀬さん? なんで?」

「だってそのメッセージ、月ヶ瀬さんからでしょ?」

「ん? 違うよ。妹から」

「い、妹……さん?」

「うん。御稜威ヶ谷みいずがたにひかり。俺の妹。中学2年」

「ガタニ君、妹さんいたんだ。初めて聞いた」

「妹いるよ。初めて言った」

「妹さんと映画行くの?」

「いや、俺一人の分。今日はあいつの学校創立記念日で休みでさ。コンビニに映画の券買いに行くから、俺のもついでに買ってくれるって話になってたんだ」


 そう……だったんだ。

 そう言えばメッセージの差出人は『ひかり』だけど、月ヶ瀬さんは確かカタカナで『ヒカリ』だった。

 ってことは、私の完全な勘違い?


 ……っつつ、ははは恥ずかしいーっ!

 うわ、顔熱い!


「そっか。いいなぁ。『三人姉妹』の劇場版かぁ……」

「もしかして赤根さんも観たいの?」

「そりゃもう!」


 あのアニメ、スマホで観て面白かったし、それにガタニ君と一緒に観れるならそりゃもう観たいに決まってる。


「じゃあ……一緒に行く?」

「え……?」

「あ、ごめん! 映画に誘うなんて俺どうかしてる。気にしないでくれ」

「行くよ! 行きたいよ! 一緒に行こ!」

「あ、そう? じゃあ一緒に行こうか」


 ガタニ君は意外な顔してる。


「うん」


 こうして、思いもよらずガタニ君と一緒に映画を観に行くことになった。


 私が映画に誘われた男子の話は、「もちろん断わるからね」とに伝えた。

 ガタニ君が嬉しそうな顔をして見えたのは、私の勘違いだろうか。

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