第14話:赤根さんは歌う①
◆◆◆
カラオケルームで受け付けを済ませ、部屋に入る前にみんなでフリードリンクコーナーに行った。
それぞれが好きなドリンクをグラスに注いで、自分たちのルームに向かう。
えっと……なににしようか。迷う。
スポーツドリンクがいいかな。
いやスポーツをしない俺が飲んではいけない飲み物なのでは?
などとしょうもないことで悩んでるうちに、気がついたらみんなはもうルームの方に行ってしまってた。
ドリンクコーナーに残されたのは俺……と、もう一人、秋星さんがいた。この子、赤根さんと仲良いんだよな。
「やっほ」
小柄な身体なのに元気な子だな。
まあまあ美人だけど気が強そうなところがちょっと苦手だ。
なんか文句を言われそうで怖い。
「ど……ども」
「ども、ってなに? ウケる」
ウケませんけど?
別にギャグじゃありませんけど?
悲しいコミュ障の
陽キャに突然話しかけられたら身構えてしまう。
「何を飲むか迷ってたら遅くなっちゃった。あたしって案外優柔不断な人でしょ?」
知らんがな。
話すのは初めてだよ。
「こうやってガタニ君と話すの、初めてだね」
「そ、そうだね」
秋星さんもガタニ君って呼ぶの?
なんで?
「まあそう固くならないでよ。同級生なんだし」
そうは言われましても。
「くるみん……いや赤根さんから、ガタニ君ってとてもいい人だって聞いてるよ」
「え?」
赤根さん、友達に俺のこと話してるんだ。
どんな話をしてるんだろ。
……不安しかない。
「ねえガタニ君。くるみんと仲良くしてくれてサンキュ」
いや。それを言うなら、赤根さんが仲良くしてくれて俺がサンキュだろ。
「別に。赤根さんなら仲良くできる友達なんて山ほどいるだろし」
「ん〜 それが案外そうでもないんだよねぇ。ああ見えてあの子ウブだからさ」
えぇ……言ってる意味がよくわからない。
ウブであっても仲のいい友達はできるよな。
「まあ、これからもくるみんのことをよろしくね、ガタニ君っ!」
「あ、ああ。わかった」
「じゃあ私たちもルームに行こ」
肩をポンと叩かれた。
怖い人かと思ってたけど、案外フレンドリーなんだな秋星さん。
*
「あぁ〜 やられた」
ルームのドアを開けた途端、秋星さんが呟いた。
「何が?」
「ほら」
秋星さんがあごで指し示した先を見ると、ソファに座る赤根さんの左右を男子二人が固めてる。そして数寄屋の座る左右には女子二人。
さすが男女人気一位の二人だ。
秋星さんが苦笑いした。
「あはは。ガタニ君、一緒に座ろうか」
「うん」
席に移動する間に赤根さんと目が合った。
苦笑いを浮かべてる。
数寄屋とも目が合った。
コイツも苦笑い。
うん。このルーム内は今、苦笑いの大セール中だな。
俺も苦笑いを返しとこう。
「じゃあ早速歌おうー!」
言い出しっぺのバスケ部員高橋がマイクを高々と掲げてる。元気なヤツだ。
「赤根さん歌ってよ!」
いや、自分が歌うんじゃないのかよ。
まあでも、中学の時にうたうま番組で準優勝したという赤根さんの歌。確かに俺も聴きたい。
「いいぞー赤根さん!」
「がんばれー!」
男子達二人は、やんややんやの大盛り上がりだな。
赤根さんはマイクを握って、チラッと俺を見てから歌い始めた。イントロからして、しっとりとしたバラードだ。
あんまり歌を知らない俺だけど、この曲は聴いたことがある。なにかテレビドラマの主題歌だったよな。
赤根さんの歌が始まったとたん、騒いでいた男子達が静かになった。
その声は優しくて美しい。
そしてビブラートと言うのか、細やかに震え、切なさを表現する声。
そこにいる全員が息を飲んで、ただ静かに聴き入っている。
やっぱめっちゃ上手いじゃん!
びっくりした!
そして歌い終わった瞬間、割れるような拍手と「すげぇぇーっっ!」「めちゃ上手い!」の声が上がる。
赤根さんはまた俺にチラリと視線を寄越してからソファに腰掛けた。
何度もこちらを見るのは、きっとコミュ障の俺が困ってないか、気にかけてくれてるんだろう。
「いやあ、赤根さんの後だと歌いにくいなぁ」
なんて言いながら、高橋が次の曲を入れてる。
陽キャ恐るべし。やっぱメンタル強いな。
俺なら絶対に、あんなに上手い赤根さんの後には歌えない。
そうこうしてるうちに俺以外の全員が一曲ずつ歌い終わった。
そしてみんなは2曲目、3曲目と歌っていく。
その間俺は置物と化して、みんなの歌を聞いた。
時々横から秋星さんが話しかけてくれた。
秋星さんって怖い子かと思ってたけど、気遣いしてくれるいい子だな。
「そろそろガタニ君も歌いなよ! 全然歌ってないじゃん!」
「あ、いや……」
みんなに聞こえる声でそんなこと言わないでよ秋星さん。
秋星さんって、やっぱり悪い子だ……
「そうだそうだ、歌えよ
あ、高橋が名前を憶えてくれてた。
なんだかちょっと嬉しい。
そして赤根さん。そんなに期待に満ちた目で見ないでくれ。
赤根さんにそんな顔されたら断れないじゃないか。
「ほらガタニ君。がんばって!」
横に座る秋星さんが励ましてくれた。
歌いたいのはやまやまだけど、俺に歌える歌なんてほとんどない。
どうしたらいいんだ?
仕方ない。できるだけみんなが知ってる歌を入れるか。
あ、そうだ! コレ。
アニソンだけど、劇場版が大ヒットしたアニメの主題歌。
これならみんなもわかるだろう。
俺はマイクを握って立ち上がった。
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