第4話:俺は彼女のことをこう考える

◆◆◆


 昨日赤根さんは、『明日もアニメの続きを観せてね』と言った。

 でもそれは社交辞令ってやつだよな?


 あんな美少女が横にいたら何を話したらいいのかわからないし、メシの味もわからないくらい緊張するから困る。


 それよりも一人で過ごす昼休みの方が気楽なことは間違いない。


 だからもしも彼女が来たら、お帰りいただくようキッパリと言おう。うん、それがいい。


 ──とか言いながら。


 俺は横に置いたブツ・・を見た。

 携帯折りたたみクッション。

 バルブを回すだけで空気が入る便利な座布団だ。

 しまう時には空気を抜いて、コンパクトに折りたためる優れもの。


 昨日赤根さんはお尻が痛いって言ってたからな。

 家にあったやつを二つ持ってきた。


 俺って、考えてることとやってることが矛盾してる。正直自分でもなにをしたいのかよくわからん。


 そんなことを考えながら、いつものベンチに座って弁当を開いた。


「やっほ!」


 うわ、マジで来た!

 またのんびり過ごせないじゃないか。

 でもどこかでホッとする自分もいる。


「あ、ども」

「隣、座っていいかな?」

「あ、うん。どうぞ」


 それにしても、なんで赤根さんはわざわざこんなところに来るんだ?

 そんなに『転ゴブ』気に入ったのかな。

 それともまさか、俺に会いたいとか?


 ──はい、今の俺、妄想王の称号をもらえました。


 あり得ない妄想だ。死んでしまえ俺。


「あ、ちょっと待って赤根さん。コレ」

「なに?」


 しぼんだクッションの角に付いているバルブを回す。

 すると自動で空気が入ってクッションが膨らんだ。


「うわ、なにこれ! おもしろーい!」


 なんかすっげえワクワクした顔してる。

 やっぱ可愛いな。


 ベンチの上にエアクッションを置いて、チラッと赤根さんを見る。


 どうぞとか、遠慮しないで使ってよとか言えないのかよ俺。このコミュ障め。


「使っていいの?」

「ああ。俺のも持ってきたし」

「やったぁ! じゃあ遠慮なく〜」


 赤根さんはバンザイしてから、ぴょこんとベンチに座る。

 動きがいちいち可愛いな。


「ガタニ君って優しいね!」

「いや別に。普通……だろ」

「いやいや。私のためにわざわざクッション待ってくるなんて優しいよー ありがとっ!」


 やめろ。照れる。照れすぎて死ぬ。

 それよりも俺に気を遣ってこんなに大げさに喜んでくれるなんて、赤根さんの方が優しいだろ。

 また赤根さんのいいところを見つけてしまった。


 学校一の人気美少女で、多くの男の告白を断ったって噂を聞いた。だからプライドが高くて偉そうなヤツかと思ってたけど全然違う。

 そりゃこんだけ可愛くて、さらに性格も良けりゃモテるよなぁ。 


 赤根さんは俺の隣で弁当箱を開いてもぐもぐ食べ始めた。小動物ぽいな。


「あのさ。ガタニ君ってアニメ好きなの?」


 ご飯を口に入れながら話しかけるのはやめてくれ。

 リスみたいに膨らんだほっぺが可愛いくて落ち着かない。


 しかも今の質問。『そうだよ』って答えたら、『暗〜い』とか言われるヤツだろ?

 でも俺はそんなことは気にしない。もしそう言われたら、『だから何!?』って返してやる。


「ん……まあね。す、好きだよ」

「私アニメはあんまり知らないんだよねぇ。他にどんなのがあるの? おすすめは?」


 リアクションが思ったのと違う!

 うわ、どうしよう。なんて答えよう?


「えっと……ラブコメの『三人姉妹に恋をした』だな」


 しまった!

 ガリガリに男子の妄想てんこ盛りのラブコメを答えてしまった。女子には絶対キモいって思われるヤツ。


 いや、この作品は俺のイチ推しなんだ。

 特にメインヒロインである長女イチハさんは、俺の推しキャラ。そう。俺の二次元の嫁だ。


 キモいと思うなら思えばいい。

 あえて白い目に耐えてみせてやる。


「へぇ! どんなお話なの?」


 え? なんかやたらと食いついてくるな。

 ホントに楽しそうに訊いてくる。


「えっと……クールな長女、泣き虫の次女、明るく活発な三女がヒロインのラブコメだ」

「うんうん、それで?」

「メインヒロインの長女、イチハさんは妹たちや主人公に冷たく接することが多いんだけど、実は責任感と愛に溢れ、知らないところでみんなのためにすごく努力する優しい人なんだよ。それにすっごく美人だ」

「ふんふん」


 ──あ。しまった。


 赤根さんが笑顔で相づち打つもんだから、調子に乗ってつい熱く語ってしまった。口数多いぞ俺。

 ラブコメをクラスの女子に熱く語るなんて、超絶キモ男子の完成だ。


「なるほどー 面白そうだね」

「え……? そ、そうかな?」

「うん。ガタニ君がすっごく楽しそうに説明するからさ。コレきっと面白いんだって思った」


 ちょっと待って。

 もしかして赤根さんって、オタクに優しい女子ってやつ?

 俺に気を遣ってそんなこと言ってくれてんのかな。


「また観てみるよ」

「お、おう」

「それよりも今は……」


 気がつけば彼女は弁当を食べ終わり、じっと俺を見てる。


「ほら、『転ゴブ』の続き見せて!」

「あ、うん」


 スマホとイヤホンを制服のポケットから出して、動画を表示させる。


「また借りるね」


 赤根さんが片方のイヤピースを取って耳に入れた。

 えっと……もう片方は、俺が使っていいのかな?


 ──って、俺のイヤホンなんだけど?

 なんで俺が気をつかってんの?


「ほら、ガタニ君も」

「あ……う、うん」


 赤根さんが俺の耳にイヤホンを突っ込んだ。

 彼女の指が耳たぶに触れてくすぐったい。

 やべ。ゾクっとした。


 動画が始まると、赤根さんは食い入るように観ている。

 繋がったイヤホンのせいで顔が近いっ!

 相変わらず整った美しい顔。なんだかいい香りがする!

 いかん。動画の内容がさっぱり入ってこない。


 などと俺がおろおろしてる間も、赤根さんはアニメを観ている。

 時々ギャグの場面でクスっと笑ったりして楽しそうだ。


 そうだよな。彼女がここに来た理由。

 転ゴブを気に入って、続きを観たかったんだよな。

 ただそれだけのことだ。


 でも……入学以来ずっと一人で過ごしていた昼休みに変化ができた。

 多くを望むわけじゃない。だけどたまにはこういうのもいいかもな。


 ちょっとくらい、そんなふうに思ってもいいよな。

 ごめんねイチハさん。二次元の俺の嫁。



 その日の夜。リビングのソファでくつろいでいたら、飼い猫のあかねが足元にやって来た。

 俺の足に身体をすりすり擦りつけてる。


 おわっ、やっぱ可愛い!

 よしよし、オヤツをやるからな。


 普段はツンとして相手にしてくれないんだけど、たまにこうやって甘えてくる。


 そこがまた可愛いんだよなぁ。

 うん、俺は茜が大好きだ。


 ──あ、そう言えば。


 赤根さんと茜って、おんが同じだな。


 そんなことをふと思いついた。

 まあどうでもいいことだけど。



 それからも毎日のように赤根さんは校舎裏のベンチのところにやってきた。俺は毎回赤根さんのためにエアクッションを用意した。

 結局二人で『転生したらゴブリンでした』のワンクール全部観てしまった。


 何度も会ううちに俺も慣れてきて、今ではあまりどもらずに話せるようになってる。


 だけど相変わらず教室ではほとんど関わりはない。


 つまりあれだ。

 やっぱり赤根さんは俺と喋りたいわけじゃなくて、『転ゴブ』を観たくて俺と一緒に昼飯を食ってるってことだ。


 まあそんなことは最初からわかっていたよ。

 学校一の人気美少女が、俺と話したくてわざわざ校舎裏にまで来てるなんて。

 俺はそんな勘違いをする人間じゃない。


 そして昨日ワンクールを観終わった。

 2期はまだ放映されていないことは、昨日彼女に説明した。


 つまり──

 今日からはまた一人で昼飯を食う、平穏な日々が戻ってくるってことだ。


 それでいい。

 ……いや、それがいい。


 なんて考えながら、横に置いたエアクッションを眺める。


 あ〜あ。いつものクセで持ってきてしまったよ。

 もう赤根さんが来るはずもないのに。

 決して、期待してエアクッションを持ってきたわけじゃないからな。


 俺が弁当を食べ始めた今も赤根さんは現れない。

 いつもなら、もう来てる時間だ。


 ようこそ平穏。

 これが俺の平常運転だ。

 これでいいんだ。


 座る者のいないクッションが一つ、寂しく鎮座ましましてるのはご愛嬌だ。




「あーん、遅くなっちゃった」


 ──え?


 もはや聞き慣れた可愛い声が聞こえて顔を上げたら──


 息を切らした赤根さんがなぜかそこに立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る