第20話:赤根さんはドキドキする

♡♡♡


「んーどれにしよっかなぁ……。ガタニ君はどれする?」


 私はドーナツ店の陳列棚の前で悩んでる。

 モチモチのリングも大好きだし、期間限定のフルーツジャムタルトも捨てがたい。でも二つも食べる気にはならない。


「そうだね。モチモチリングにしようかな」

「そうなんだ! 美味しいよね、それ!」

「赤根さんも好きなの?」

「うん、大好き」

「じゃあ同じのにする?」

「ん〜……でもこのフルーツジャムタルトも食べてみたいんだよねぇ……」


 優柔不断すぎでしょ私。

 でも迷うんだよねぇ……


「じゃあそれぞれ一個ずつ買って半分こしようか?」


 なるほど!

 その手があった!

 名案だよガタニ君。


「うん! 賛成!」


 彼の提案どおりドーナツを買い、それぞれ飲み物も買った。


「俺持つよ」

「あ、ありがと……」


 二人分の商品を載せたトレーをガタニ君が持って、テーブル席まで先導してくれる。

 彼の背中を見ながらついて行く私。


 うわ、これぞデート! って感じじゃない?

 ヤバい。なんか嬉しいしドキドキしてきた。

 ガタニ君も私とデートできて喜んでくれてるかな?


 喜んでくれてるよね?

 だってガタニ君は私を好き……なんだもんね?


 テーブルに向かい合わせに座る。

 すぐ目の前にガタニ君の顔。

 両手でモチモチドーナツを半分に割ってくれる。


「はい、できた」


 うわ、顔を上げたガタニ君と目が合った。

 じっと彼の動作を見つめていたのがバレたかも。


「あ……ごめんね赤根さん」

「ん? どうしたの?」

「いや、俺……赤根さんが食べる分まで素手でドーナツ触っちゃったよ。気持ち悪いよね。もう一個買ってくる」


 そんなことを言って、両手にドーナツを持ったまま立ちあがろうとするガタニ君。


「ちょっと待って!」


 思わず彼の手首をつかんで止めた。


「全然気持ち悪くなんかないから! それどころかガタニ君の優しさ詰まってる気がして、きっと一層美味しいよ!」

「へ?」


 私、何言ってんの?

 自分でもよくわかんないけど、彼が割ってくれたドーナツを食べたいって気持ちは間違いない。


 彼の片手からサッとドーナツを取り、パクリとひと口かじりついた。


「うん! やっぱり美味しい!」

「赤根さん……」


 ガタニ君が呆然と私を見つめている。

 変な女の子だって呆れられたかな。


「ありがとう。やっぱ赤根さんってすっげえ優しいな」

「ううん。優しいとかじゃなくて、美味しいのは事実だから」

「そっか。じゃあもう一つも」


 タルトの方も彼が二つに分けてくれた。

 私はそれも口に入れる。


「こっちも美味しい!」


 なんでガタニ君が割ってくれたら、いつもよりもっと美味しくなるんだろう。不思議だ。


「そうか。よかった」


 ガタニ君がすごく嬉しそうに笑う。

 そんなはにかんだ笑顔を見ると、私も幸せな気持ちになった。

 そして──なぜか胸の奥がキュンとした。


 それからひとしきり、さっき観た映画の話題で盛り上がった。

 今までデートの経験がないからよくわからないけど、これぞデートだなぁって感じがする。


 楽しい。デートってこんなに楽しいんだ。

 初めての感覚。


「あのさ赤根さん。ちょっと質問していいかな?」


 テーブルの向こう側から、突然ガタニ君がちょっと言いにくそうに口を開いた。


「ん? なに? なんでも訊いて」

「前からずっと疑問に思ってたんだけど。なんで赤根さんみたいな高嶺の花が、俺なんかとこうやって仲良く友達でいてくれてるのかなぁ……なんて」

「えっ?」

「あ、変なこと訊いてごめん!」


 そんな申し訳なさそうな顔しないでいいよ。

 ガタニ君が気になることはなんでも訊いてほしい。


「大丈夫だよ。だけどそもそも私は高嶺の花なんかじゃないし」

「だって大勢の男子から好かれて、でもみんな断ってるんだから高嶺の花だよ」

「あ、あれは……私は女子とは平気で喋れるけど、男子と話すのが苦手なコミュ障だから……」


 ガタニ君はきょとんとしてる。

 こんな言い方したら、ガタニ君を男子と見てないように思われるかも。


「でもガタニ君は男子の中でも安心できるって言うか、信頼できるって言うか……と、とにかく他の男子と違うんだよ!」

「あ、ありがとう……」


 彼はちょっと驚いたような顔してる。

 言いたいことはちゃんと伝わったかな。

 伝わっていますように。


「それにさ。ガタニ君と話すのは楽しいんだ。自分の知らない世界を見せてくれるし」

「そっか。そう言ってもらえてホッとした」


 ガタニ君は今までそんな気持ちを持っていたんだ。

 初めて気がついた。


 そうか。だからホントは私のことを好きなのに、ぐいぐい来ることも、告白してくることもなかったのか。


 いいんだよ。もっと好きという気持ちを全面に出したり、なんなら告白してくれていいんだよ。


 ──いや、いい加減、もうそろそろ告白してよ!


 そんな気持ちを内心に抱きながら、ガタニ君との楽しいデートのひとときを過ごした。



 デートを終え、帰宅して自室でベッドに寝転んだ。

 天井を見つめながら今日のできごとを思い返していた。


 頭の中には幾度もガタニ君の顔が浮かぶ。

 その度に心臓はドキドキするし顔が熱い。


 なんか私、変だ。

 こんな気持ちは初めてだ。


 頼むよガタニ君。いい加減告白してよ!

 そんなことがまた頭に浮かぶ。

 ああ、どうしちゃったんだろ私。


 これってやっぱり私、彼に恋してる……んだろうか?



「それはやっぱり、くるみんは彼に恋してるんだよね」


 電話で唯香に今日のことを報告したら速攻断言された。


「え? 違うと思うよ」

「恋を知らないくるみんがとうとう恋を知ったか」

「だから違うって」

「はいはい。まあそういうことにしとこ」


 ──しとこじゃなくて、そうなんだよ……と言いたかったけど、唯香には信じてもらえそうにないからその言葉は飲み込んだ。

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